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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.05.31 Thu » 『黒いプロメテウス』

 例によって蔵書自慢。ものは Black Prometheus: A Critical Study of Karl Edward Wagner (Gothic Press, 2007) である。

2008-5-4(Black Prometheus)

 副題どおり、カール・エドワード・ワグナーの人と作品に関する研究書。一応ISBNはついているが、ファン出版に毛が生えたような代物で、ホチキス製本、本文76ページの薄っぺらいパンフレットである。

 編者はベンジャミン・スズムスキーという人だが、ロバート・E・ハワードやフリッツ・ライバーの研究書を編んでいることしか知らない。

 さて内容だが、ワグナーの長年の友人だったジョン・F・メイヤーの前書き(表紙絵を描いたのもこの人。ヴァイキングに扮したワグナー像である)、編者スズムスキーの序文のほか、6篇のエッセイがおさめられている。

 そのうち1篇は、ワグナー本人が年間ホラー傑作選の編者に就任したときに書いたと思われるエッセイ。あとは、主にワグナーのホラー短篇に焦点をあてた評論である。

 正直いって評論の水準は高くない。いずれもプロット要約の域にとどまっていて、膝を打ちたくなるような洞察に欠けている。強いていえば、ワグナーといっしょにファンジンを作っていたゲイリー・ホッペンスタンドの文章が情報として有益なくらい。批評研究としては不満足な出来だが、まあ、こういう本が出たこと自体を寿ぐべきなのだろう。
 しかし、メイヤーの前書きは一読の価値があるので、ワグナー・ファンとしては、やはり手に入れてよかったと思ったのであった。(2008年5月13日)

【追記】
 ワグナーの話は、まだいくらでもつづけられるが、月も変わることだし、この研究書を橋わたしにして話題を変える。乞御期待。

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2012.05.30 Wed » 『悪魔祓いと恍惚』

 例によって蔵書自慢。ものはスティーヴン・ジョーンズが編んだカール・エドワード・ワグナー最後の作品集 Exorcism and Ecstasies (Fedogan & Bremer, 1997)だ。

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 版元はミネアポリスの小出版社。限定版100部、普及版2000部の豪華本で、いまやコレクターズ・アイテムとなり、かなりの高値がついている。当方が持っているのは、もちろん普及版だが、たしか100ドルくらいした。

 とはいえ、それだけの値打ちはある本だ。ハードカヴァーで460ページを超える大著。94年に亡くなったワグナーを追悼するために編まれた本で、単行本未収録だった作品を(未発表の習作や、未完の草稿までふくめて)32篇集め、生前ゆかりのあった8人の追悼文を載せている。さらに編者ジョーンズの序文、C・ブルース・ハンターによるあとがき、詳細なワグナー書誌が付き、別刷りでワグナーの写真が16ページにわたって掲載されている。まさに完璧な出来映えで、編者ジョーンズの手腕には感服するしかない。
 ちなみに「淫夢の女」「ロケットのなかの欲望」「プラン10フロム・インナー・スペース」「キラー」(D・ドレイクと共作)は邦訳がある(追記参照)。

 もっとも、この本を読むのはつらいのだ。才能に恵まれた作家が、才能を活かしきれず、どんどん駄目になっていく過程が、端々から浮かびあがってくるから。
 執筆がうまくいかず、酒に溺れ、年上の親友(マンリー・ウェイド・ウェルマン)を亡くし、妻に去られ、ますます酒に溺れ、健康を害し、こんどは父親を亡くし、ますます酒に溺れ、吐血をくり返し、それでも医者にかかるのを拒否し、最後にはバスルームで倒れる……。それは緩慢な自殺であった。
 だから、ジェニー・キャンベル(ラムジー・キャンベル夫人)は「わたしはカールに怒りをおぼえた。彼を愛する人が大勢いるにもかかわらず、自分を死神にゆずりわたしたのだから」と怒りをあらわにするし、親友デイヴィッド・ドレイクは「カールがいなくなって筆舌に尽くせないほど寂しい。だが、わたしの最愛のカールは、とっくのむかしに死んでいたのだ」といい切る。しかし、口当たりのいい言葉でなく、こういう本音が出てくるのは、ワグナーがいかに愛されていたかの証左だろう。

 ウェルマンの未亡人フランシスと、兄のジェイムズが、ワグナーの良い面を伝えるすばらしい文章を寄せている。どちらも涙なくして読めないが、後者に出てくる印象的なエピソードを紹介する。

 ワグナーは4人兄弟の末っ子だった。83歳の母親は、心臓病を患って介護センターに入所していた。姉と兄たちが意を決してワグナー死亡のニュースを伝えに行くと、老母は泣いたけれど、知らせを信じなかった。昨日かおとつい、カールが病室の入口に立っているのを見たというのだ。彼はなにもいわず、しばらくそこに立っていたが、母親が声をかけるとにっこりして、手をふるような仕草をし、廊下を去っていったという。(2007年1月12日)

【追記】
 この後、短篇「最後の一刀」が〈ミステリマガジン〉2009年12月号に拙訳で掲載された。この号は「メディカル・ミステリ処方箋」という特集を組んでおり、ワグナーのほか、ビル・プロンジーニ、チェット・ウィリアムスン、ビリー・スー・マジモン、トマス・F・モンテレオーニ、F・ポール・ウィルスンの作品を訳載している。ホラー・ファンとしても気になる面々なので、お見逃しなきように。

2012.05.29 Tue » 『きみとぼくも例外じゃない』

 昨日ワグナーをくさすようなことを書いたので、ワグナーの名誉回復を図って、第二ホラー短篇集 Why Not You And I ? (Tor, 1987) を紹介しておく。これが秀作ぞろいのすばらしい作品集なのだ。

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 風変わりな題名は、古いフォークソングの歌詞から採ったもの。The best of friends must part someday, So why not you and I ? が元の歌詞だそうだ。デイヴィッド・J・スコウの証言によれば、ワグナーはヴァージョンちがいの歌詞 They say all good friends must part someday, So why not you and I ? も意識していたらしい。当時の心境であろうか。

 さて、同書には長短とりまぜ9篇がおさめられている。残念ながら邦訳はひとつもない。
 集中ベストは “Neither Brute Nor Human” だが、これは前に紹介したことがあるので割愛。

 それにつづくのが甲乙つけがたい三篇だが、収録順にまずは “Old Loves”。ワグナーが50年代、60年代のポップカルチャーに造詣が深く、いっそのことオタクといったほうがいいのは、邦訳もされたC級モンスター映画パロディ小説「プラン10・フロム・インナー・スペース」でご存じの向きもあるだろう。これもその路線で、60年代に人気を誇った(とされる架空の)スパイ・アクションTVシリーズの主演女優に入れあげたオタクの話。架空のディテールが詳細きわまりなく、にやにやさせられっぱなし。
 つぎの “More Sinned Against” は、題材が危険すぎるという理由で出版社から突き返されたという、いわくつきの作品。映画スターをめざす見てくれだけのサイテー男のために、身も心も捧げつくしてボロボロになっていく大部屋女優の物語。その転落ぶりが凄絶な筆致で描かれていて、たしかに気の弱い読者向きではない。最後にホラー的な大逆転があって、一種のハッピーエンドで終わるのだけが救い。
 つぎの “The Last Wolf” は集中の異色作。だれも本を読まなくなった時代まで生き残った最後の作家の肖像。その荒涼とした内面の風景にはぞっとさせられる。もはや絵空事でもなんでもなくなっているが、これが1975年に発表されていたというのだから驚く。

 この調子で書いていると切りがないので、最後にひとつだけ。
 集中最長の “Sign of the Salamander” は、非常に手のこんだ作品。パルプ雑誌にヒーロー・パルプというジャンルがあったのはご存じだろうが、そのむかしカーティス・ストライカーという作家が書いた《オカルト探偵ジョン・チャンス》シリーズというのがあったことにして、その研究と復刻を模して書かれているのだ。
 パルプ研究家としても名をなしたワグナーだけあって、設定の作りこみは完璧で、ストーリーもじつにそれらしい。のびのびした筆致がワグナーにはめずらしく、書いている本人が楽しんでいることが伝わってくる。(2009年2月3日)


2012.05.28 Mon » 〈ウィアード・テールズ〉294号

 例によって蔵書自慢。

〈ウィアード・テールズ〉といえば、アメリカ幻想怪奇文学に黄金時代をもたらした伝説の怪奇パルプ雑誌。同誌が1954年9月号(通巻279号)をもって、いったんその歴史を閉じたことはよく知られている。
 その後、何度も復刊の動きがあり、紆余曲折の末、現在ではワイルドサイド・プレスを版元に刊行がつづいている。最新刊は通巻352号を数えるとのこと(追記1参照)。
 こうした復刊版〈ウィアード・テールズ〉は、短命に終わったものが多く、質的にも一枚落ちるものとして、評価は芳しくない。

 そんななかで例外といえるのが、ジョージ・H・シザーズが編集長を務めたターミナス出版時代の〈ウィアード・テールズ〉である。通巻290号(1987年春季)から308号(1994年春季)に当たる。

 このターミナス版が成功したのは、過去の〈ウィアード・テールズ〉の再現をめざしたのではなく、〈ウィアード・テールズ〉の精神を継承して現在にふさわしい雑誌を作ろうとした点にあった。つまり、黄金時代の作家の未発表作やら新作を載せるのではなく、現役バリバリの作家を登用したのである。
 しかも、毎号作家特集を組み、ひとりのイラストレーターに1冊すべてのイラストをまかせるという形をとった。このユニークな編集方針が、ユニークな雑誌を生みだしたのだった。

 さて、今回ご紹介するのは、作家カール・エドワード・ワグナーと画家J・K・ポッターをフィーチュアーした294号(1989年秋季)である。

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 特集外の内容を先に書いておくと、小説10篇、詩5篇が掲載されており、顔ぶれはジョナサン・キャロル、ニナ・キリキ・ホフマン、ブライアン・ラムリーなど。このうちキャロルの掌篇「フローリアン」だけは邦訳がある。
 これに名物であるお便り欄(ロバート・ブロックとラムリーの投書もあり)、書評欄、作家インタヴュー(ハリー・タートルダヴ)、ポッターのイラスト集などがつく。

 さて、肝心の特集だが、じつは特集というほどのものではない。ワグナーの畏友デイヴィッド・ドレイクの短い紹介文と、ワグナーの新作 “At First Just Ghostly” が載っているだけ。ほかの特集の充実ぶりを知っているだけに、ちょっとがっかりであった。

 ワグナーの新作は邦訳して145枚ほどのノヴェラ。代表作《ケイン》シリーズの1篇である。といっても、〈剣と魔法〉ではなく、現代を舞台にしたホラー。前に書いたとおり、ケインは不死身なので、現在まで生きのびて、あいかわらず暗躍しているのである。

 簡単に紹介すると、アメリカ人のホラー作家が、世界SF大会に出席するためイギリスにわたり、そこでケインと名乗る謎の男と、ゾンビをあやつる女の暗闘に巻きこまれるという話。本物のサタンが出てきたり、ケインの娘が出てきたりと、いくらでも面白くなりそうな題材だが、文章にいつもの緊迫感がなく、構成にも破綻が見られて、ワグナーとしてはいまひとつの感は否めない。

 このころワグナーは、精神的な父親ともいうべきマンリー・ウェイド・ウェルマンを亡くした上に、妻に離婚されて精神的どん底の状態にあった。そして立ち直ることなく、5年後に死を迎えるのである。
 アル中だったのは有名だが、どうやら薬物中毒でもあったらしい。そうした状況が、作品にはっきり刻印されている。

 ちなみに、スティーヴン・ジョーンズによれば、主人公の作家はワグナー自身、その友人の作家はデニス・エチスンをモデルにしているとのこと。さらにいえば、マイク・カースンというイラストレーターが登場するのだが、デイヴ・カースンをモデルにしているのだと思う。ラヴクラフトの作品のイラストで、英国ホラー界では有名な人である。学研M文庫から邦訳の出た『インスマス年代記』にこの人の絵が載っているので、ご存じの向きもあるかもしれない。

 このころのワグナーとエチスンがいっしょに写っている写真があるので、参考までに載せておく(追記2参照)。

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 1986年10月2日にロンドンで撮影されたもの。向かって左からクライヴ・バーカー、エチスン、ワグナー、チャールズ・L・グラントである。みんな若いなあ。(2009年2月2日)

【追記1】
 この後またしても版元が変わり、2012年2月に出た359号からは Nth Dimension Media 発行となっている。

【追記2】
 ワグナーの短編集 Exorcism And Ecstasies (1997) より。

2012.05.27 Sun » 『朝陽を浴びてもたじろがない』

 カール・エドワード・ワグナーのサイン本はもう二冊持っていて、その片方が Author's Choice Monthly Issue 2 Unthreatned by the Morning Light (Pulphouse, 1989) だ。著者自選の短編を集めて薄い本を作ろうという企画の一冊で、版元はユニークな活動で知られていた小出版社である。

2005-7-27 (Morning Light 1)2005-7-27 (Morning Light 2)

 クロス装限定版300部のうち131番。このほか特別革装限定版50部と、紙装普及版がある。

 変わった表題は、おそらくピンク・フロイドの「幻の翼」という曲の歌詞からとったものだろう。作者がじっさいに見た夢を下敷きにした作品を集めているというから。
 ホラー中篇を3篇収録しているが、残念ながらすべて未訳。
 
 うち “Neither Brute Nor Human” (1983) は、ファンタシー大会のプログラム・ブックに掲載された作品。ワグナー本人とスティーヴン・キングをモデルにしたらしい作家同士の交友が描かれる。楽屋落ち的な色彩が濃く、非常に面白い。
 巻末の “The River of Night's Dreaming” (1981) は、ロバート・W・チェンバーズの『黄衣の王』に材をとったエロティック・ホラー。世界幻想文学賞候補も納得の力作である。ちなみにリドリー&トニーのスコット兄弟企画のTV映画になっており、DVDは簡単に手にはいる(追記参照)。
 残る “Endless Night” (1987) は凡作。(2005年7月28日)

【追記】
 オムニバス・ホラーTVドラマ・シリーズ《ザ・ハンガー》の一話で、邦題は「ナイト・ドリーム」。DVD『ザ・ハンガー 6』(東芝、1997)に収録されている(VHS版もあるようだが、未見)。

2012.05.23 Wed » 『寂しい場所で』

【承前】
 〈ミステリマガジン〉8月号にカール・エドワード・ワグナーの「棒」という短篇を訳出した。それが念願だったことは前に記したとおりだが、その過程でちょっと面白いことがあったので書いておく。

 じつは翻訳テキストには短篇集収録ヴァージョンを使い、編集部には図版に使ってもらおうと思って、リー・ブラウン・コイのイラストの載っているアンソロジー収録ヴァージョンをわたしておいたのだが、両者に一箇所だけちがいがあったのだ。短篇集ヴァージョンでは「Pages looked great.」となっている文章が、アンソロジー・ヴァージョンでは「The proofs looked great.」となっていたのである。

 短篇集のほうがあとに出たので、作者が書き直したのだろうと思ったが、念のため、それ以後に出たアンソロジー収録ヴァージョンを調べたら、すべて後者になっていた。文脈からいうと、それが正しいように思える。とすれば、短篇集のほうが誤り、あるいは気の迷いだったのだろう。
 けっきょく「校正刷り」としたが、下手をしたら「版面」と訳したままだったかもしれない。優秀な編集者のおかげで凡ミスが未然に防がれたのであった。

 さて、問題の短篇集が In a Lonely Place (Warner, 1983) である。

2008-7-13(Lonely Places)

 ワグナーにとっては初のホラー短篇集で、ピーター・ストラウブの序文つき。ペーパーバック・オリジナルで出たが、翌年スクリーム/プレスから1篇を増補した豪華版ハードカヴァーが出た。つまり、それだけの値打ちのある本なのだ(ちなみに、当方が持っているのはペーパーバック版である)。

 じっさい、収録作品のレヴェルは恐ろしく高い。ラムジー・キャンベルがお気に入りの一冊にあげているが、それもうなずける出来である。当方の採点つき(5点満点)で目次を書き写しておこう――

1 In the Pines 4
2 夏の終るところ 3
3 棒 5
4 エリート 3
5 .220 Swift 4
6 The River of Night's Dreaming 4
7 Beyond Any Measure 4

 未訳作品について説明しておくと、1は幽霊屋敷をテーマにしたホラーで、初期のスティーヴン・キング作品と似た味わいがある。5はアメリカ南部の山地を舞台に矮人伝説をあつかった作品で、アーサー・マッケンの現代版といった趣。2の山岳版といえるかもしれない。6はロバート・W・チェンバーズ/アンブローズ・ビアスの系譜を引くエロティック・ホラー(追記参照)。7は一種の吸血鬼譚だが、おぞましさは格別である。

 短いもので90枚、長いものだと150枚くらいあるので雑誌に載せるのはむずかしいが、そのうちどこかに紹介したいものだ。もっとも、また18年かかるのかもしれないが。(2008年7月13日)

【追記】
 この作品は、ホラー&ダーク・ファンタシー専門誌〈ナイトランド〉3号に訳載できることになった。秋に予定されている刊行を楽しみにお待ちいただきたい。

2012.05.22 Tue » 「棒」のこと

【前書き】
 以下は2008年4月18日に記したものである。誤解なきように。


 〈ミステリマガジン〉8月号(追記参照)にカール・エドワード・ワグナーの “Sticks” (1974) というホラー短篇を訳出する。じつはここまで18年かかった。

 この短篇は、ワグナーの代表的作品であると同時に《クトゥルー神話》史においても重要な作品とされている。その証拠に英国幻想文学賞を受けているし、アーカム・ハウスから出た決定版《クトゥルー神話》アンソロジー Tales of the Cthulhu Mythos (1990) にも収録されている。

 当方は20年以上も前にこの佳作を読んで、なんとか紹介したいものだと思っていた。
 そのチャンスは割合早く訪れた。F社がホラー史を概観した大部のアンソロジーを邦訳刊行することになり、ワグナー・ファンを公言していた当方のところに、同書収録の本篇を訳出する話がまわってきたのだ。
 もちろんふたつ返事で引き受けて、1990年3月20日に訳稿をあげた。
 ところが、このアンソロジーの話が立ち消えになってしまったのである。

 いつまでたっても話が進展しないのに業を煮やし、編集部にかけあって本が出ないことを確認し、この訳稿をほかで使ってもいいという言質をとったのが10年後。それ以来、つきあいのあるいくつかの出版社に訳稿を見せ、いちどは某社が刊行を企画している日本オリジナル編集《クトゥルー神話》アンソロジーに収録したいという言葉をもらったのだが、けっきょく今日まで陽の目を見ずにきた。それをとうとう世に出せるのだから、喜びもひとしおである。

 この短篇はホラー出版の世界を舞台にしていて、H・P・ラヴクラフトとオーガスト・ダーレスを思わせる人物が登場するが、主人公にもモデルがいる。〈ウィアード・テールズ〉の常連画家だったリー・ブラウン・コイである。

 コイの絵には、ときどき棒を組みあわせた妙なものが描きこまれていて無気味な効果をあげているが、この棒はコイが実見したものだという。
 カーコサという小出版社を経営して、コイと親しくしていたワグナーは、この話を聞いて大がかりな妄想を発動させた。つまり、太古から邪教を奉ずるカルト集団がいて、この棒はその秘密言語であるというのだ。
 それがラヴクラフトやダーレスをモデルにした人物とどうからんでくるかは、現物を読んでのお楽しみ。

 参考までにコイの描いた棒の絵を載せておく。

2008-4-18(Coy)

 カーコサから出たヒュー・B・ケイヴの短篇集 Murgunstruum & Others (1977) に描きおろされたものである。(2008年4月18日)

【追記】
〈ミステリマガジン〉2008年8月号のこと。当方は「幻想と怪奇 作家の受難」という特集の企画を担当し、作品の選定のほか、解説や翻訳をおこなった。サブタイトルにあるように、作家がひどい目にあう幻想怪奇短篇ばかりを集めており、キム・ニューマン、ハーラン・エリスン、フリッツ・ライバー、ジョー・R・ランズデール、上記カール・エドワード・ワグナーの作品が訳載されている。

2012.05.21 Mon » 『怪奇小説の巨匠たち カール・エドワード・ワグナー』

 うれしい本が届いた。Masters of the Weird Tales: Karl Edward Wagner (Centipede Press, 2011) である。

2011-11-21(Masters of Horror)

 怪奇小説専門の小出版社から出たカール・エドワード・ワグナーのホラー短篇傑作集。収録作はすべて既存の短篇集にはいっているので、この本を買う目的は所有のみ。となれば、限定200部の豪華版を買うしかない。

 というわけで、清水の舞台から飛び降りるつもりで注文したら、送料50ドルといわれてめまいがした。だが、届いた荷物を見たら、送料は55ドル60セントになっている。差額は出版社が負担してくれたのだ。ありがたいことである。

 送料から察しがつくように、かなりの巨大本。函入りで、大判ハードカヴァー、750ページを超える。立派な百科事典を想像してもらえばよい(日本郵便の人が運んできたのだが、最初は箱の大きさから本だとは思わなかった)。

 スティーヴン・ジョーンズが編纂しているので、内容は完璧。選りすぐりの38篇に加えて、ジョーンズの「前書き」とレアード・バロンの「あとがき」が書き下ろしでつき、さらにピーター・ストラウブ、デイヴィッド・ドレイク、ワグナー自身のエッセイを再録している。
 しかも一部がカラー印刷で、ワグナーの写真が大量にカラーで掲載されているほか、J・K・ポッターの1ページ大の挿し絵が13枚収録されている(そのうちの1枚は、細部が拡大されてべつの1ページになっている)。

 さらに関係者のバロン、ドレイク、ジョーンズ、ポッター、ストラウブの署名入り。限定200部のうちの191番である。

 面白いことに、目次に小さなミスがある。ノンブルが「409」ではなく、「4409」になっているのだ。

 収録作のうち、邦訳があるのはつぎのとおり――

「棒」「夏の終るところ」「エリート」「淫夢の女」「ロケットのなかの欲望」「空隙」「プラン10・フロム・インナー・スペース」「最後の一刀」

 さて、いつもならスキャンして書影を掲げるところだが、本が大きすぎてうちのスキャナーではうまくいかない。函は真っ黒なので、スキャンしても仕方がない。

 苦肉の策で、版元のホームページから画像を拾ってきた。上掲画像の左本文が表紙、右半分が中扉である(37 stories となっているが、これはダミーで、現物は 38 stories に訂正されている)。
 
 ついでにホームページをリンクしておく。ポッターのイラストが見られるので、ご参考までに。(2011年12月21日)
http://www.centipedepress.com/masters/wagnermwt.html

【追記】
 のちに同じ版元から普及版が2分冊で出た。Where the Summer Ends と Walk on the Wild Side である。




2012.05.20 Sun » ナイト・シェイド版ケイン

 カール・エドワード・ワグナーの代表作といえば、不死身の悪漢剣士を主人公にした《ケイン》シリーズだが、現在では全作品が2冊にまとまっている。
 版元はホラー系の小出版社ナイト・シェイド・ブックス。1冊めの Gods in Darkness (2002) は長篇3作の合本。このうち『闇がつむぐあまたの影』は、拙訳が出たことがある(追記参照)。

2006-2-8(Gods in)

2冊めの Midnight Sun (2003) は短篇集成という構成。このうち「引き波」と「空隙」は邦訳がある(追記参照)。

2006-2-8(Midnight)

 これは文字通りの全集で、関連エッセイや未完の草稿はもちろんのこと、ある作品の初期ヴァージョン(イタリアのファンジンに掲載されたもの)まで収録されている。

 ちなみに、後者には〈剣と魔法〉だけでなく、現代を舞台にしたホラー作品もおさめられている。じつはケインは不死身なので現在まで生きのびており、そのエピソードはモダンホラーの形式で語られているのだ。

 さて、この Midnight Sun に序文を寄せているのがスティーヴン・ジョーンズ。ワグナーは頻繁にロンドンを訪れ、地元のファンと交流していたらしく、ジョーンズとも親交があったらしい。そういうわけで、ジョーンズは故人への敬意をにじませながら、ワグナーの業績を簡潔に記している。当方もワグナー・ファンなので、ジョーンズの言葉にいちいちうなずくのであった。

 ところで、このナイト・シェイド版は、堅牢なハードカヴァーで、ケン・ケリーの表紙絵も麗しいのだが、ひとつだけ欠点がある。じつは版型がちがっていて、並べても縦横がそろわないのである。(2006年2月8日)

【追記】
 書誌データを付せば、順に――

『闇がつむぐあまたの影』 中村融訳(創元推理文庫、1991)
「引き波」 福井淳子訳、スティーヴン・ジョーンズ編『フランケンシュタイン伝説』(ジャストシステム、1996)所収
「空隙」 中村融訳、デニス・エチスン編『カッティング・エッジ』(新潮文庫、1993)所収

となる。

 文中、スティーヴン・ジョーンズの名前がやや唐突に出てくるが、ジョーンズは当方がもっとも敬愛する編集者で、もとの日記にはたびたび登場する。その業績は、おいおい紹介していくつもりだ。


 

2012.05.19 Sat » 『ケインの書』

 蔵書自慢をする。ものはカール・エドワード・ワグナーの The Book of Kane (Donald M. Grant, 1985)だ。呪われた不死身の剣士を主人公にしたヒロイック・ファンタシー、《ケイン》シリーズの中短篇を5本収録した作品集である(残念ながら、すべて未訳)。

2005-7-20 (Book of Kane)

 箱入の大判ハードカヴァー。著者とイラストレーター(ジェフリー・ジョーンズ)のサイン入り豪華本。限定425部(販売は400部)のうち40番である。大枚はたいてアメリカの古書店から取り寄せたのだが、サインの鑑定書がついていた。長いこと本を買っているが、鑑定書がついていたのはこのときが最初で最後である。もっとも、その鑑定書はコーヒーをこぼしたので捨ててしまったが。

2005-7-20(Kane 2)

 イラストレーターのサインが入っていることからも察せられるように、カラーイラストが別刷りで4葉ついているほか、随所に白黒のイラストが配されている。持っているだけで嬉しくなる本だ。
 ちなみに、ジェフ・ジョーンズのサインは鉛筆書き。いまにも擦れて消えそうである。弱った。

 収録作のなかでは “Raven's Eyrie”というノヴェラ(邦訳して155枚くらい)が抜群に面白い。一軒の宿屋を舞台に悪人同士が入り乱れるマカロニ・ウェスタンみたいな話で、剣戟あり、魔術あり、大魔王の登場あり、果てはケインの娘まで登場する。これぞ〈剣と魔法〉だ。

 世間の人はどう思っているか知らないが、当方は根っからのヒロイック・ファンタシー・ファン。西洋チャンバラが好きで好きでしかたがない。ハミルトンの『反対進化』(創元SF文庫)に入れたら悪評サクサクの「アンタレスの星のもとに」だって面白いと思っているのだ。もう世間の無理解と闘う気力はないので、こういう本は自分だけで楽しむことにしよう。(2005年7月20日)

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