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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.07.07 Sun » 『ヴァルハラの行進者たち』

 天使の贈り物その11。つまり、代島正樹さんにいただいた本である。

 ロバート・E・ハワード Marchers of Valhalla (Donald M. Grant, 1972) は、本文121ページの小型ハードカヴァー。これは初版で、限定1654部。のちに1篇を増補した普及版が出たそうだ。

2012-11-8 (Valhara)

 初版にはロバート・ブルース・アチスンという人の白黒イラストが6枚はいっているが、悲しくなる出来なので紹介しない。

 内容のほうはというと、ハワードの生前には未発表だった小説2篇のカップリング。ともに本書が初出であり、前世の記憶をあつかっている点で共通している。

 表題作は、ジェイムズ・アリスンという不具の現代人が、前世を回想するという形式で書かれている。その記憶のなかの彼はヒアルマーという名の戦士であり、超古代に北欧ノルドハイムから北米へ流れてきた部族の一員である。この放浪の戦士団が、いまのテキサスに当たる地でレムリア人の子孫が築いた都市ケミュに遭遇し、いったんは闘いになるが、和議が成立する。というのも、ケミュ側は、敵対する蛮族との闘いにノルドハイム人の力を借りたいからだ。
 いっぽうヒアルマーは、女神イシュタルに仕える巫女で、北欧人のアルーナという女に惹かれていく……。

 本篇は1933年に〈マジック・カーペット〉誌に投稿されたが、没になったという。まあ、東洋歴史冒険小説専門を標榜する雑誌のカラーにはまったく合わないので、没もしかたないだろう。
 一種の枠物語になっていて、その枠がいかにもぎこちないが、全体としては、それほど悪い出来ではない。特に戦闘シーンは圧巻。

 さて、ジェイムズ・アリスンの名前でピンときた人もいるだろうが、傑作「妖虫の谷」に先立つ作品である。この作品が没になったので、ハワードは同じ形式でべつの物語を紡ぎあげたわけだ。もっとも、部族の放浪の歴史など、一部の要素を流用しているが。

 ちなみに、そのあと「恐怖の庭」が発表されたので、《ジェイムズ・アリスン》ものは完成作が3作ということになる(ほかに未完の断片が5つある)。
 
 もうひとつの作品は“The Thunder-Rider”と題されている。
 こちらはコマンチ族の血を引くジョン・ガーフィールドという現代人が語り手。白人社会に溶けこみ、白人と変わらぬ暮らしを送っているが、ときおりインディアンの血、戦士の血が騒ぎだす。放っておくと犯罪者になりそうなので、コマンチ族の治療師の指導のもと、前世を思いだし、その人生を生きなおす儀式に臨む、というのが外枠。

 いまガーフィールドとなっている魂は、輪廻転生をくり返しており、何人分もの記憶がよみがえってくる。そのなかでひときわ強烈なのが、16世紀に生きたアイアン・ハートという戦士の記憶だった。ポーニー族と闘っていた彼は、そのさなか、突如としてあらわれた男たちに敵ともども捕らわれてしまう。謎の男たちはアステカの血を引いているらしく、非常に残忍な性質を帯びていた……。

 この簡単な要約からもわかるとおり、《ジェイムズ・アリスン》ものを徹底的にアメリカ化(西部劇化)した作品といえる。使われているタイプ用紙の種類から、ハワードの死の直前に書かれたものと判明している。このころハワードは、怪奇幻想小説の執筆をやめ、ウェスタン一本で行くと決めていたが、それでもこういう作品を書かずにはいられなかったわけだ。
 ハワードは輪廻転生を本気で信じていたそうだが、それもうなずける。

 残念なのは、一応完成しているものの、明らかに未定稿である点。外枠であるべき部分が長すぎるのに対し、最後のほうは駆け足もいいところで、シノプシスに近くなっている。ハワードが本篇をもっと肉付けしていたら、幻想ウェスタンの秀作が生まれていたはずなので、惜しいというほかない。(2012年11月8日)


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2013.07.06 Sat » 『給料日』

 天使の贈り物その10は、ロバート・E・ハワードのパンフレット Pay Day (Cryptic Publication, 1986) だ。

2012-7-8 (Pay Day)

 これもISBNのついていない私家版で、表紙を入れて全24ページ。版元クリプティック、編集ロバート・M・プライス、表紙絵スティーヴ・フェビアンという点は昨日紹介したパンフレットとおなじである。ちなみに、目次ページにロバート・M・プライスの署名がはいっている。

 さて、本書には完成した短篇が8篇収録されている。ペラペラの小冊子に8篇だから、ひとつひとつが極端に短いのは容易に想像がつくだろう。いちばん長いもので4ページ、残りはすべて2ページ以下だ。

 これも半ページしかないプライスの序文によると、これらは「実話」と銘打った短篇を載せるパルプ誌向けに書かれたものとのこと。当方も現物を見たことはないのだが、「事実は小説より奇なり」タイプの「実話」を満載した娯楽雑誌はかなり人気があったらしい。まあ、わが国におけるコンビニ本の隆盛を見れば、うなずける話ではある。

 では、その「実話」とはどういうものなのか。2ページしかない表題作を紹介しよう。

 ビル・クラットはうだつのあがらない中年男。だが、今日ばかりは喜ぶ理由があった。給料があがったのだ。これで苦労をかけている妻にピアノを買ってやれる。あるいは、車だって購入できるかもしれない。
 妻のアガサは家計をささえるため、速記者として働いている。彼女のボス、ジョー・スネックは権力も金もあるタイプで、ビル・クラットとしては、スネックがアガサにちょっかいを出すのではないか、と内心おだやかではない。
 さて、喜び勇んでクラットが家に帰ると、アガサがベッドに横たわって泣いている。そして「ジョー・スネックに辱められたの! 彼に……辱め……られたの……あんなやつ……憎い……」
 頭に血が昇ったクラットは、スネックのオフィスに乗りこむ。
「おまえは金持ちだから、罪のない女を辱めてもお咎めなしだと思っているんだろう。そうはいくか!」
 問答無用で鉛の弾丸をお見舞いし、居合わせた簿記係に「おれの住所は知っているな。逃げも隠れもしないぞ」と捨て台詞を残し、クラットは意気揚々と帰宅する。
「アガサ、ところでジョーになにをされたんだ?」
「わたしが書いた詩を読まれたの。あの男、笑い死にしそうだといって……こんなゴミを書いている暇があったら仕事しろ、さもないとクビだぞですって」

 もうすこしましな話もあるが、わざわざ紹介する気はおきない。まあ、こういう水準の「実話」が載っていると思ってください。

 収録作すべてがハワードの生前は未発表に終わった。が、うち2作は1970年代なかばにファンジンに掲載された。そういうわけで、6篇が本書に初出である。(2012年7月8日)

2013.07.05 Fri » 『腕っぷし自慢の探偵』

 天使の贈り物その9は、ロバート・E・ハワードのパンフレット Two-Fisted Detective (Cryptic Pub., 1984) だ。

2012-7-7 (Two-Fisted)

 これもISBNのない私家版で、限定500部。四六判で、表紙をふくめ全76ページ。表紙絵はスティーヴ・フェビアンが描いている。

 版元は編集にあたっているロバート・M・プライスのプライヴェート・プレス。《ザ・クロムレック・シリーズ》第2巻と書いてある。
 ロバート・E・ハワード関連ファンジンで〈クロムレック〉というのがあり、スタッフの顔ぶれを見れば、両者に関係があるのは明らかだが、くわしいことは不明。詳細をご存じの方がいたら教えてください。

 さて、本書は表題からわかるとおり、ハワードの探偵小説を集めたもの。それも頭脳よりは腕力にものをいわせるタイプで、当時流行していた通俗ハードボイルド小説の線をねらったものだ。

 ハワードが探偵小説に手を染めたのは、純粋に経済的理由からだった。大恐慌のあおりでパルプ雑誌がバタバタとつぶれたり、刊行ペースを落とすようになったりして、ハワードの収入は激減した。そこでハワードは、エージェントを雇って、これまで縁のなかった市場に売りこみを図ることにした。そのエージェントがパルプ小説家あがりのO・A・クラインで、クラインは探偵小説やお色気ものの執筆をハワードに薦めた。

 その結果、ハワードのタイプライターから生まれたのが、ウィアード・メナス(残虐味の強いサスペンス小説。いまでいうスプラッタ・ホラーに近い)、スパイシー(お色気もの)、探偵小説といったジャンルに属す作品だった。

 だが、ハワードは探偵小説を嫌っており、書くのも不得手だった。当然ながら売れ行きは芳しくなく、ハワードはすぐにこのジャンルに見切りをつけた。のちに「読むのも耐えられないのだから、ましてや書くなんて」と吐き捨てている。
 
 というわけで、本書にはマーク・C・セラシーニとチャールズ・ホフマンによる序文のほか、ハワードの生前には未発表に終わった作品3篇と、未完成作品の梗概1篇がおさめられている。すべて本書が初出である。

 そのうちの2篇と梗概は、タフガイ探偵スティーヴ・ハリスンを主人公とするシリーズもの。ハリスンは、名前の明らかにされない港町を根城にする探偵で、荒っぽい捜査で知られている。最大の敵は、謎の中国人が指揮する犯罪組織だ。

 と書けばおわかりのとおり、当時絶大な人気を誇ったサックス・ローマーの《フー・マンチュー》シリーズの亜流。ハワードの名誉のために、こういうにとどめよう――すなわち、ハリスンの行く先々で死体がころがり、事件を解決したいのか、大きくしたいのかよくわからない、と。

 残る1篇は、ブッチ・ゴーマンとブレント・カービイという探偵コンビが主人公。ゴーマンはテキサス出身の大男で、カービイは中肉中背のアーバン・ボーイ。なんだか《ファファード&グレイ・マウザー》シリーズみたいだ。
 もっとも、主人公がちがうだけで、話の中身は《スティーヴ・ハリスンン》ものと大同小異。エジプト帰りの謎の大富豪、彼をつけねらうイギリス人、アフリカから来た暗殺団といった連中が登場し、数十年前の秘密が暴かれる。もちろん、死人がつぎつぎと出る。

 ちなみに、おなじコンビが活躍する小説はもう1篇あるが、こちらも売れ口がなかったそうだ。(2012年7月7日)

2013.07.04 Thu » 『フランスに捧げる剣』

 天使の贈り物その8は、ロバート・E・ハワードの Blades for France (George Hamilton, 1975) だ。これも新しく譲ってくださったパンフレットのうちの一冊。

2012-7-6 (Blade 1)

 やはり短篇1本を小冊子にしたもので、ISBNのない私家版だが、この前紹介したパンフレットよりは、だいぶ本格的なものになっている。

 というのも、表紙カヴァーがついており、生前のハワードと親交のあったE・ホフマン・プライスが序文を寄せているからだ。ちなみに、スティーヴ・フェビアンが表紙をふくめ3枚のイラストを描いており、これも素人臭さを感じさせない要因となっている。資料によると、限定300部らしい。

2012-7-6 (Blade 2)
2012-7-6 (Blade 3)

 A5判よりちょっと大きいサイズで、全36ページ。そのうちプライスの序文は2ページで、残りはハワードの短篇(邦訳して60枚くらい)。女剣士《ダーク・アグネス》シリーズの第2作で、ハワードの生前には未発表に終わり、これが初出となった。

 ずいぶんむかしに別の本で読んだきりなので、内容は忘却の彼方だが、相棒エティエンヌ(男の剣士で犯罪者すれすれの無頼漢)と旅をつづけるアグネスが、フランス国王を標的にした陰謀に巻きこまれる話だったと思う。超自然の要素はまったくない歴史冒険小説である。

 余談だが、ハワードは強い女剣士が、強い男の剣士と同格でパートナーになるという設定を好んだ。ヴァレリアとコナンがそうだし、トルコ軍のウィーン包囲を背景にした歴史冒険小説“The Shadow of the Vulture”の主人公コンビ、赤毛のソーニャとゴットフリート・フォン・カルムバッハがそうだ。
 病弱の母親がいたから、その補償作用だという説もあるが、ハワードの胸中はいかなるものだったのか。興味深いところだ。

 さらに余談だが、マーヴェル・コミックス版《コナン》シリーズの人気キャラクターで、ブリジッド・ニールセン主演の映画まで作られた女剣士レッド・ソーニャ(Red Sonja) は、上記の赤毛のソーニャ(Red Sonya) とはまったくの別人。
 前者は《コナン》シリーズに出てくるヴァレリアとベーリトを混ぜあわせたうえに、シリーズ外の作品から名前を借用してできあがったコミックス版オリジナルのキャラクターなのだ。この点を誤解している人が多いので、注意をうながしておく。(2012年7月6日)

2013.07.03 Wed » 『失われた者たちの谷』

【前書き】
 以下は2012年6月30日と7月5日に書いた記事を編集したものである。


 代島正樹さんから荷物がとどいた。
 中身は、なんとロバート・E・ハワード作品の私家版ブックレットが4冊。いずれも発行部数が3桁の稀覯本で、そのうち2冊はこれまで書影すら見たことがなかったというしろもの。こんなものを譲ってくださるとは、なんという太っ腹。ひたすら感謝あるのみだ。
 
 そのちのパンフレットの一冊が、Valley of the Lost (Charles Miller, 1975)である。

2012-7-5 (Valley 1)

 ISBNのついていない私家版で、表紙を入れて四六判全24ページの小冊子。限定777部とのことで、710番になっており、イラストを担当したボット・ローダという人のサインがはいっている。

 中身は、〈ナイトランド〉2号に訳載したロバート・E・ハワードの短篇「失われた者たちの谷」だけ(追記参照)。西部劇仕立てのコズミック・ホラーである。
 表紙はそっけないが、タイトル・ページをふくめ、イラストが6枚はいっている。あまり上手な絵ではないが、2枚ほどスキャンしたのでご覧ください。

2012-7-5 (Valley 2)2012-7-5 (Valley 3)

(2012年6月30日+7月5日)

【追記】
 邦訳の掲載時に不幸な事故があった。その件については2012年6月27日の記事でとりあげたので、ぜひお読みください。






2013.07.02 Tue » 『影のなかの歌い手』

 ロバート・E・ハワードは典型的なパルプ作家だが、文学青年気質と無縁だったわけではなく、若いころは純文学系の同人誌に参加したり、自伝的な長編小説を書いたりしている。
 それ以上に重要だったのだが詩作で、少年時代から早すぎる晩年まで一貫して詩を書きつづけた。その作家デビューは、1923年に地元の新聞に詩が載ったときという言い方もできるのだ。

 グレン・ロードによれば、ハワードの詩は遺っているものだけで400を優に超え、しかもハワード没後の1943年に詩の草稿が破棄された証拠があり、その数は不明だという。
 ともあれ、ハワードが真剣に詩作に取り組み、詩人として立とうとしていたのはまちがいない。

 たとえば、すでに商業誌に小説が載るようになっていた1928年にはニューヨークの出版社に詩集を投稿し、没にされている。その原稿をロードが発見し、そのままの形で刊行したのが、Singers in the Shadows (Donald M. Grant, 1970) だ。発行部数わずか549。あっというまに稀覯本になったことは、想像に難くない。

 その本を再刊したのが、今回ご紹介する Singers in the Shadows (Science Fiction Graphics, 1977) だ。

2012-3-18 (Singers 1)

 本文60ページのハードカヴァー。マーカス・ボアズという人が、1ページ大のイラスト6枚と、スポット・イラスト7点を寄せている。

2012-3-18 (Singers 2)

 グレン・ロードの序文つき。限定1500部だそうだ。

 収録されている詩は20篇で、ひとことでいえばゴシック調。とはいえ、当方は詩心がまったくないので評価不能である。

 この本も天使の贈り物。代島正樹さんに改めて感謝。(2012年3月18日)

2013.06.24 Mon » 『夕べはかならずやって来る』

 グレン・ロードは、ハワード書誌学の基礎を築いた偉人であり、ハワードの遺産管理人として未発表だった原稿を続々と公刊するいっぽうで、改作や模作を量産して金儲けに走ったディ・キャンプ一派と袂を分かち、ハワードの原典を世に出すことに執念を燃やした人であった。

 一読者にすぎなかったロードが、世界一のハワード研究家への道を踏みだしたのは1956年。
 当時カレッジの学生だったロードは、あるときハワードの詩集があったらいいのにと友人にもらした。すると、ないのなら自分たちで作ろうということになり、関係者に連絡をとりはじめると同時に、ハワード作品の渉猟をはじめた。

 さいわい〈ウィアード・テールズ〉はインデックスがあったので、同誌掲載の詩を中心に見つかるかぎりの詩を集め、1957年に Always Comes Evening として上梓した。
 もともとは自費出版するつもりだったのだが、話を聞いたオーガスト・ダーレスが、印刷費をロードがもつなら、自分の経営する出版社から出してもいいといってくれ、ホラー読者には名高いアーカム・ハウスから刊行される運びとなった。部数は636で、売りきるのに7年を要したという。

 その後1960年代後半から爆発的なハワード・ブームが興り、すでに稀覯本と化していた同書が再刊されることになった。それが Always Comes Evening (Underwood-Miller, 1977) だ。

2012-3-17 (Always Comes 1)

 本文110ページの大判ハードカヴァー。京都出身のケイコ・ネルスンという画家がアートワークを担当しており、多数のイラストが配された豪華本となっている(資料によると、1980年にべつの表紙カヴァーをつけた版が出まわったとのこと)。

2012-3-17 (Always Comes 2)

 初版刊行後に見つかった3篇が増補され、配列が全面的に変えられているほか、ロードが新たな序文を書きおろしている。

 独立とした詩として邦訳があるのは、「断章」、「死都アーカム」、「顕ける窓より」の3篇にとどまるが、小説のエピグラムとして掲げられた詩も収録されている。「真紅の城砦」、「黒魔の泉」、「闇の帝王」、「不死鳥の剣」、「黒い海岸の女王」がそれに当たる。

 と知ったようなことを書いてきたが、この本は天使の贈り物。あらためて代島正樹さんに感謝を捧げる。(2012年3月17日)

2013.06.23 Sun » 『ロバート・E・ハワードの書』

【承前】
 ハワードの歴史冒険小説“Red Blades of Black Cathay”は、The Book of Robert E. Howard (Zebra, 1976) という本にはいっている分を読んでいた。当方が持っているのは1980年にバークリーから再発された版で、表紙絵は例によってケン・ケリーである。

2012-3-16 (Book Of)

 これはハワード研究の泰斗だったグレン・ロードが編んだ傑作集。ロードは昨年(追記参照)の12月31日に80歳で惜しくも鬼籍にはいられたので、追悼の意味をこめて、つまみ食いしていた本を今回頭から読んでみたしだい。

 ハワードの多様な作品世界をコンパクトな形で示すという意図で編まれており、小説11篇と詩10篇が収録されている。ただし、容易に入手できる作品はあえて落としているので、コナンやブラン・マクモーンやソロモン・ケインといった人気キャラクターが登場する作品は選ばれていない。各篇の冒頭に丁寧な解説が付されているのが特徴である。

 詩は「キンメリア」しか邦訳がないし、煩雑になるので省略。小説は、簡単な注釈つきで題名をならべてみる(括弧内は推定枚数。《》でくくった部分はシリーズ名)――

1 鳩は地獄から来る  '38 (85) 南部を舞台にした現代怪奇小説
2 The Pit of the Serpent  '29 (45) ユーモア・ボクシング小説 《船乗りコスティガン》
3 Etchings in Ivory  '68 (35) 散文詩
4 Red Blades of Black Cathay  '31 (85) 中央アジアを舞台にした歴史冒険小説
5 Knife, Bullet and Noose  '65 (35) シリアス・ウェスタン(三人称) 《ソノーラ・キッド》
6 Gents on the Lynch  '36 (50) ユーモア・ウェスタン(一人称) 《パイク・ベアフィールド》
7 She Devil  '36 (45) 南洋を舞台にしたお色気もの
8 The Voice of El-lil  '30 (70) 中央アジアを舞台にしたロスト・レースもの
9 Black Wind Blowing  '36 (65) ウィアード・メナスもの
10 The Curse of the Golden Skull  '67 (10) 《キング・カル》外伝
11 Black Talons  '33 (45) 探偵小説

 それまで私家版やファンジン掲載の形でしか発表されていなかった作品が3篇。残りも数十年ぶりにパルプ誌の山から救いだされた作品で、例外は1くらい。まさに渉猟家ロード執念の結晶である。

 とはいえ出来のほうは玉石混淆で、石のほうが多い。ホラーの秀作として、すでに評価の定まっている1を別格とすれば、いちばん面白かったのは2。
 コスティガンというアイルランド系の船乗りが、マニラの港で女をめぐるトラブルに巻きこまれ、〈蛇の穴〉と称される地下ボクシング場で闘うはめになるという物語で、大げさな一人称でユーモアたっぷりに語られる。マーク・トゥエインの系譜を引く作品で、たちまち人気シリーズになったというのもうなずける。

 このパターンを西部劇に持ちこんだのが6だが、一枚落ちる感は否めない。
 2は正直なカウボーイと腹黒い銀行家の闘いを描いたシリアスな西部劇で、フォーミュラの極致。

 3はロードにならって散文詩としたが、じっさいは一人称による夢の記述ともいうべきもの。主に古代ギリシアやローマを舞台にした不可思議なエピソードが5つ並べられている。文学青年が書きそうなスケッチである。

 9は残虐趣味を売りものにしたサスペンス小説で、俗にウィアード・メナスと呼ばれるジャンル(スプラッタ・ホラーの源流のひとつ)に属す。この作品は、邪教集団の暗躍を描いたもので、凄惨な拷問場面が書きこまれている。
 11は探偵小説だが、実態はウィアード・メナスに近い。推理などないに等しく、ハワードがつくづくこのジャンルに向いていないことがわかる。

 7はスパイシーと呼ばれるお色気ものだが、せいぜいヒロインが下着姿になるくらい。アイルランドとラテンの血が混じった美女で、名前はラクエル。当然のごとくラクエル・ウェルチの顔が浮かんできて困った。(2012年3月16日)

【追記】
 2011年のこと。誤解なきように。

2013.06.22 Sat » 『黒い契丹の赤い刃』

 昨日のつづき。
 掲題は「赤と黒」の対比を示すため、意図的に誤訳した。Black Cathay は中央アジアに実在した国カラキタイ(西遼)のことなので、誤解なきように。

 ハワードとの共作に関するテヴィス・クライド・スミスの証言は、Red Blades of Black Cathay (Donald M. Grant, 1971) という本の序文が出典である。

2012-3-11 (Red Blade)

 これはスミスとハワードが共作した歴史冒険小説3篇をおさめたもの。小ぶりのハードカヴァーで、本文125ページの薄い本である。資料によると1091部しか発行されなかったとのこと。デイヴ・カーボニクという人のイラストがはいっているが、たいした絵ではないのでスキャンはしない。

 この本は天使の贈り物その4である。代島正樹氏にあらためて感謝する。

 テヴィス・クライド・スミスは、ハワードがハイスクール最終学年のときに知りあった友人。ハワードと同じく文学と歴史に興味をいだいていたので意気投合し、その友情はハワードの早すぎる死までつづいた。ハワードがスミスに送った膨大な量の書簡は、現在多くが公刊されており、ハワード研究者にとって得がたい資料となっているほか、スミス自身もハワードとの交友を回想したメモワールを著している。
 その本をふくめ、スミスには何冊かの著書があるが、すべて自費出版。例外はこのハワードとの共作だけらしい。

 さて、前述どおり、序文でスミスがハワードとの共作について明かしている。それによると、表題作は「わたしが調査し、ボブが執筆した」。べつの作品は「交互にタイプライターについているうちに、ひとりでにできあがった」。残りの1篇は「わたしが大まかなプロットを作り、ふたりで練ったあと、わたしが執筆した」となる。
 このうち表題作は〈オリエンタル・ストーリーズ〉というパルプ雑誌に掲載されたが、残りの2篇は売れ口がなく、本書が初出となった。

 表題作はハワードの原典に忠実な編集の Lord of Samarcand にも収録されているので、両者をくらべると、雑誌初出時に各章の冒頭にかかげられていたエピグラフが、後年に流布したヴァージョンでは省略されているとわかった。代島さんの名言どおり、「くらべてみないとわからないこともある」ということか。

 表題作は、十字軍に参加したノルマン人戦士が、プレスター・ジョンの国を探せという不可能同然の使命をさずかり東へ向かううち、山賊に襲われていたカラキタイの姫君を助けることになり、その国に滞在していると、チンギス・ハンひきいるモンゴル軍が攻めてきて……という話。
 いきなり戦闘場面からはじまり、85枚ほどの小説の半分は戦闘シーンに費やされているというしろもの。ハワードの冒険小説は、だいたいがこんな感じである。フォーミュラの極致だが、読んでいるあいだは楽しいので、これでいいのだろう。

 白状すると、ほかの2篇は読んでいない。じつは表題作も、べつの短篇集で読んでいたのであった。その本の話は、つぎの岩につづく。(2011年3月11日)


2013.06.21 Fri » 『女剣士その他の歴史冒険小説』

 昨日のつづき。

 ダーク・アグネスもの第3作は、永らくジェラルド・W・ペイジが補筆した形でしか読めなかったが、昨年ついに未完ヴァージョンが公刊された。ハワードの歴史冒険小説を集大成した Sword Woman and Other Historical Adventures (Del Rey, 2011) に収録されたのだ。

2012-3-10 (Sword Woman)

 これはデル・レイから出ている一連のハーワド本の最新刊(第11巻にあたる)。表題通りの内容で、14篇の小説、4篇の詩のほか、付録として9篇の未完成作品、スコット・オーデンの序文、ハワード・アンドリュー・ジョーンズの解説がおさめられている。

 邦訳された作品はひとつもないので題名はあげないが、やはりラスティ・バークの肝いりで出た Lord of Samarcand And Other Adventure Tales of the Old Orient (Bison, 2005) に Sword Woman (Zebra, 1977) を合わせたものといえる。小説を読むだけなら買う必要のない本だが、付録と解説が目当てで購入した。ジョン・ワトキッスという画家のイラストが全篇に配されており、これも魅力的で、持っているだけでうれしい本だ。

 ひとつ面白いのは、これまで親友テヴィス・クライド・スミスとの共作とされていた“Red Blades of Black Cathay”が、ハワード単独名義で収録されて いること。スミスは共作について「自分が調査をし、ハワードが文章を書いた」と証言していたが、草稿のくわしい調査から、スミスの貢献度はゼロと判断したらしい。解説を書いたジョーンズは、「作家志望の親友の名前に箔をつけるための処置ではないか」という説を紹介している。

 もうひとつ面白いのは、付録にハロルド・ラムの小説の梗概がはいっていること。ハワードが作家修業の一環として作ったメモらしい。ハワードに影響をあたえた作家としては、ジャック・ロンドン、エドガー・ライス・バローズ、ラディヤード・キプリングらの名前がとりざたされるが、むしろラムを筆頭にあげるべきかもしれない。

 ところで、デル・レイのハワード本は、もともとワンダリング・スターというイギリスの出版社がはじめたプロジェクトの発展・継承版である。つまり、綿密な校訂を経たハワードの真筆だけを集め、未完成作品や創作メモは付録としてそのままの形でおさめたうえ、全篇にイラストを配し、詳細な解説をつけるというプロジェクトだ。
 ワンダリング・スター版はすばらしい内容の超豪華本だったが、製作費がかかりすぎて完売しても利益が出なかったらしい。それをデル・レイが引き取って、普及版が出るようになったわけだ。

 デル・レイのトレードペーパーは、イラストがカラー印刷でない点をのぞけば、まったく文句がつけようがないが、ワンダリング・スターから予定されていた《コナン》シリーズ第3巻は見たかった気がする。ああ、ファンとはなんと身勝手なものか。(2012年3月10日)