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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.07.18 Wed » 『タプロバーネの礁脈』

 クラークの海洋ノンフィクションをもう1冊読んだ。The Reefs of Taprobane: Underwater Adventures around Ceylon (Harper, 1957) である。

2009-9-16 (Reefs )

 当方が持っているのは、元図書館本。そのわりにはスタンプや貸し出しカードのポケットもなく、状態は悪くない。昨日紹介した本もそうだが、当方が生まれるより前に出た本だ。そう思うと、ボロい古本にも敬意をいだかざるを得ない。

 表題の「タプロバーネ」は、ヨーロッパ人がつけたスリランカの古名だが、スリランカ島南部に実在する町の名前でもある。もっとも、この本が出たころの国名はセイロンだったので、以下それで通す。
 余談だが、国名が変わったのは、1972年。民族主義的なシンハラ人政権によるものだが、クラークがこの本を書いたのは、ちょうど民族主義的政党が選挙で地滑り的勝利をおさめたころ。お気楽な珍道中の裏にも政治の激動が潜んでおり、本書の端々にそれは表れている。

 さて、内容だが、題名からわかるとおり、セイロンでのダイヴィング体験を中心にした旅行記。このときは5カ月ほどの滞在だったが、その中身はオーストラリアの1年に匹敵するほど濃い。とにかく、アクアラングや水中撮影の草創期なので、草創期ならではの苦労の連続。椿事につぐ椿事で、またしても笑いどおしだった。

 しかし、ここではクラークの親友で、本書に写真を提供しているマイク・ウィルスンについて書く。下の図版の髭を生やしているほうがウィルスンだ。

2009-9-16 (Reef 2)

 ウィルスンはカナダ生まれ。クラークよりだいぶ年下だが、若くして商船員として世界をめぐり、戦時中は空挺部隊員やフロッグメンとして活躍した猛者。クラークをスキューバ・ダイヴィングの道に引きこんだ男である。
 性格は無鉄砲で、慎重居士のクラークとは対照的。典型的な凸凹コンビで、まさに名コンビという感じである。
 イギリスからセイロンへは船でわたったのだが、スエズ運河を航行中、マイクがいろいろな陸標を指さし、述懐する――
「あそこで警察署を爆破したんだ」
「見せたかったねえ、あのカフェでくり広げた喧嘩を」
 英国人が中東でこれほど好かれている理由がわかった気がする、とクラークは述べている。(2009年9月16日)

2012.07.17 Tue » 『珊瑚の海岸』

【前書き】
 以下は2009年9月15日に書いた記事である。誤解なきように。


 10月に出る《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》第3巻『メデューサとの出会い』(ハヤカワ文庫SF)の訳者校正がやっと終わった。当方が担当したのは小説1篇、エッセイ4篇なので、全体の2割ほど。例によって編集者さまが膨大な調べものをしてくれたおかげで、多数の誤訳・悪訳が未然に防がれた。本当に神田のほうには足を向けて寝られない。

 さて、短篇集『10の世界の物語』にはいっていた「憎悪」という短篇を新訳したのだが、これはオーストラリアの真珠採り漁場を舞台にした作品。この前読んだクラークの海洋ノンフィクション The Coast of Coral (Harper, 1956)が、校正にさいして大いに役立った。同書にその辺のことがくわしく書かれていたからだ。

2009-9-15 (Coast 1)

 それによると、小説のなかに書かれている真珠採り潜水夫の生活は、クラークの親友マイク・ウィルスンの実体験に基づいているらしい。
 どういう生活かというと、船の狭苦しい寝棚で眠り、目をさますと、大きなゴキブリに足の指をかじられているような暮らしである。クラーク自身も同地へ赴いたが、調査船に乗ったので、そういう目にはあわずにすんだそうだ。

 それはともかく、これはめっぽう面白い本である。スキューバ・ダイヴィングにかぶれたクラークが、オーストラリアのグレート・バリア・リーフへ潜りに行くのが骨子だが、いまとちがって現地へ行くだけで大変。その珍道中も面白いし、現地での興奮ぶりも愉快。クラークのユーモアは控えめなので、ふだんは口もとがほころぶくらいだが、この本に関しては、何度も笑い声が出た。

 上品なユーモアの一例。
 島から帰ってきて、疲れきったクラークとウィルスンが鉄道で本土を旅行していたときのこと。赤道に近い土地なのに、信じられないくらの寒さで、用意周到の現地の人たちは、車内にストーヴを持ちこんでいるほど。ガタガタ震えるばかりで、眠るどころの騒ぎではない。とうとう停車時間を利用して貨物車まで寝袋をとりに行き、それにくるまることにした。やっと人心地ついたクラークは思う――「寝袋はぬくぬくと暖かく、わたしはこの快適さを一分でも長く味わっていたくて、ひと晩じゅう起きていてもいいと思った」(2009年9月15日)

2012.07.16 Mon » 濁った水

【承前】
 アーサー・C・クラークの「海底牧場」短篇版を訳していたとき〝turgid waters〟という言葉にぶつかったことを前に書いた。当方はこれを〝turbid waters〟の誤植と判断したのだが、〝turgid waters〟である可能性も捨てきれないことを教えていただいた。けっきょく結論は出ず、とりあえず誤植あつかいで「濁った海」と訳しておいたのだが、どうやらそれで正解だったようだ。

 というのも、クラークの海洋ノンフィクション The Coast of Coral (1956) を読んでいたら、つぎのような文章が出てきたからだ――

 water was so turbid that it looked like blue milk.

 ほぼ同じ文脈で〝turbid〟が使われている。「海底牧場」のほうもクラークは〝turbid〟と書いたのだろう。やっぱり「ふくらんだ海」というのはイメージできないからねえ。
 とすると、同じ誤植が50年以上も引き継がれているわけか。世の中、こういう例は多いのだろうなあ。

 ところで、クラークのこの本はものすごく面白かった。先ほど読みおえたので、あらためて紹介したい。(2009年9月9日)

2012.07.15 Sun » 誤植や否や

【前書き】
 以下は2009年5月27日に記したものである。


 アーサー・C・クラーク『海底牧場』の原型短篇を新訳することになって、とりあえず訳しおえたのだが、一個所問題点が残った。つぎのような文章だ――

he swung Sub 5 round so that the camera could search the turgid waters.

 問題は「turgid」という単語。あまり見かけない言葉だが、辞書を引くと「ふくらんだ」とか「腫れた」とかいった意味らしい。しかし「腫れた海」とはなんであろうか?
 こういうときは勘が働くようになっていて、おそらく誤植だろうと見当がついた。「tur」ではじまる言葉を辞書で見ていくと、「turbid」というのがある。これなら「濁った」という意味なので、文脈にピタリとおさまる。そういうわけで「濁った水」と訳した。

 さて、訳了後、参考のため福島正実編『未来ショック』(講談社文庫、昭和50年7月15日第1刷発行、昭和53年5月25日第5刷発行)に収録された高橋泰邦の訳を見たら、当該個所はこうなっていた――「艇を急旋回させて、カメラがふくれあがった海中を探れるようにした」
 
 あれま。
 当方が使用したテキストは最新版の The Collected Stories of Arthur C. Clarke (Tor, 2001) なので、高橋氏が依拠したテキストとは同じわけがない。とすれば、「ふくれあがった海」というものがあるのだろうか、それとも原書の誤植が延々と継承されているのだろうか。果たして真相はいかに? (2009年5月27日)

【追記】
 上記の新訳版「海底牧場」は、当方が編んだ《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》第2巻『90億の神の御名』(ハヤカワ文庫SF、2009)に収録された。
 なお、“turgid water”は“swollen water”と同じ意味で、川の増水などを描写する表現だとご教示いただいた。しかし、この場合は水中なのでやはり疑問が残る。この点に関しては進展があったので、つぎの岩につづく。