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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.12.26 Wed » 『虎よ、虎よ!』

【承前】
 今回はアルフレッド・ベスターの名作『虎よ、虎よ!』をとりあげよう。当方のもっとも愛するSF長篇のひとつである。

 Tiger! Tiger! という題名がウィリアム・ブレイクの詩に由来するのは有名だが、じつはこれ、先に出た英国版の題名で、米国版は The Stars My Destination という。作者がつけた題名は前者だったが、この作品を連載したSF誌〈ギャラクシー〉の編集長ホレス・L・ゴールドが、作中の戯れ歌からとった派手な題名に変えてしまったのだ。したがって、アメリカではいまだに後者の題名が流布している。
 ちなみに最初の邦訳は『わが赴くは星の群』(講談社、1958)という題名で出たので、わが国でも二種類の題が存在することになる。
 ところでこの作品の初出は1956年なので、講談社版はほぼリアル・タイムの邦訳だったわけだ。いろいろな意味ですごい。

 画像は蔵書自慢。
その1 英国ペンギン版3刷(1979)の表紙。ペンギン版は結末近くの文章が一部省略されているのでお勧めしないが、最初に手に入れた『虎よ、虎よ!』の原書なので愛着がある。学生時代、八王子の古本屋になぜか転がっていたのを見つけたのである。

2010-1-8 (tiger 3)

その2 〈ギャラクシー〉1957年1月号、連載最終回の扉絵。画家はエムシュ。

2010-1-8 (tiger 1)

その3 同号より2枚めのイラスト。ガリー・フォイルの顔に刺青が浮きだして虎になっている。

2010-1-8 (tiger 2)

 あと2枚イラストがはいっているが、うまくスキャンできないので割愛。

蛇足
 この本の題名を『虎よ! 虎よ!』と書いている例をよく見かけるが、誤記なのでご注意あれ。「!」マークはひとつが正しい。
 さらにブレイクの詩では Tyger! Tyger! と古形で綴られている。誤解なきよう。(2010年1月8日)

2012.12.25 Tue » 銀河のサンタクロース

 クリスマスがらみで蔵書自慢。雑誌〈ギャラクシー〉1957年1月号である。

 このころ同誌は、毎年クリスマス・シーズンになると、エムシュが描く「銀河のサンタクロース」を表紙絵にして読者を喜ばせていた。シリーズは何作もあるらしいが、当方はこれしか持っていない。

2011-12-19(Galaxy)

 残念ながら、手に入れたときから表紙の一部がちぎれていて、右下の部分が欠けている。もっとも、この時点で50年近く前のものだったし、そのおかげで安く買えたのだから、文句をいったら罰が当たる。

 今回は絵を大きくしたので、細部までじっくり見ていただきたい。芸の細かさは、むかし野田昌宏氏が絶賛したとおりである。
 
 ちなみにアルフレッド・ベスター『わが赴くは星の群』の連載最終回が載っている。こちらのイラストもエムシュで、これはつぎに紹介する。じつはサンタクロースではなく、こちらがお目当てだったのである。

蛇足
 このころイラストレーターはセカンド・ネームだけを名乗るのが流行っていたらしい。この号ではエムシュのほかにフィンレイ、ゴーハンの例がある。有名な人ばかりなので、ファースト・ネームは書くまでもないだろう。もうひとりディック・フランシスという画家もいて、一瞬とまどう。(2011年12月19日)

2012.12.20 Thu » ガードナー・ドゾワのこと

【前書き】
 前回と前々回の記事でとりあげたアンソロジーは、ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワの編になるものだった。片割れのドゾワについて書いた記事があるので公開する。


 山岸真さんが「ガードナー・ドゾワの短編集を日本で出したらどうか(知名度・伝説化の度合いが低すぎてだめか)」という意味のことを日記に書いていらした。
 じつはドゾワは当方のお気に入りの作家のひとりで、出世作を訳して〈SFマガジン〉に載せてもらったこと(追記参照)もあるし、短編集の目次案を練ったこともある。そして、日本で出すのは無理だな、と結論を出したのだった。

 というのも、この人は玄人好みの技巧派作家にして優秀な編集者であり、その意味ではデーモン・ナイトとよく似ている。ナイトの日本での受容具合を参考にすれば、ごく一部の層にしかアピールしないことは容易に想像がつくのだ。

 とにかく、息が長く肌理細かな文章が最大の長所であり、派手なアイデアや起伏の多いプロット作りとは無縁なので、海の向こうでも作家仲間に高く評価されるわりに、一般的人気はさっぱりというタイプなのだ。たぶん日本でも同じだろう。
 サンリオSF文庫で長篇『異星の人』が訳され、水嶋正路氏の翻訳もなかなかみごとだったが、これも忘れられた本になっている。ドゾワの作品を愛する人間は、けっして多くないのだろう。

 ありゃ、短編集のことを書こうと思ったのに、前置きがえらく長くなってしまった。この話、次回につづきます。(2008年11月2日)

【追記】
〈SFマガジン〉1991年7月号に掲載された「特別な朝」のこと。
 なお、Dozois の発音については、ロバート・シルヴァーバーグが Do-zwah に近いと証言しているので、「ドゾワ」とした。

 ドゾワについては、本家「SFスキャナー」で紹介されたことがある。〈SFマガジン〉1975年7月号の「米国有名科学小説新人作家初紹介当分翻訳見込無」がそれで、創刊200号記念で伊藤典夫氏が久々に登板したのだった。

2012.11.27 Tue » 「おなじみの悪魔」のこと

【承前】
 〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉2011年7月号の見本が届いた。特集は「ゲゲゲのミステリ〈幻想と怪奇〉」――なんと、ミステリ(というか英米の怪奇幻想文学)サイドから見た水木しげるの特集である。
 充実した内容については、リンク先を参照してほしい。

http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/711107.html

 さて、当方はカットナーの短篇の翻訳で特集に協力した。じつは作品選びからかかわったのだが、そのあたりの裏話はあまり表に出ることがないので、興味がある人のために書いておこう。

 最初に話があったのは4月1日金曜日。〈ミステリマガジン〉恒例の〈幻想と怪奇〉特集、今年は水木しげる関連で、水木氏が影響を受けた海外作家の短篇を載せる。ついては水木氏がヘンリー・カットナーの名前をあげてきたので、作品選びに知恵を貸してもらえないかというのだ(この時点でマシスンの未訳作品の訳載と、ウェルズ「魔法の店」の再録は決まっており、ページがあればホジスンの作品も再録したいという話だった)。

 カットナーと水木しげるを結びつけて考えたことはなかったが、いわれてみれば作風に共通点があるような気もする。といっても、SFファンにおなじみのユーモアSFではなく、初期の怪奇小説だ。いくつか心あたりがあったので、月曜日まで時間をもらって作品選びをすることにした。できれば未訳作品という注文がついたことはいうまでもない。

 すぐに水木氏の作風に近いと思われる以下の10篇をリストアップして、3日がかりで読破した(括弧内は推定枚数)。

1 The Devil We Know  Unknown '41-8 (70)
2 ヘンショーの吸血鬼  Weird Tales ' 42-5 (40)
3 著者謹呈  Unknown '42-10 (80)
4 幽霊ステーション  Astounding '43-5 (45)
5 Endowment Policy  Astounding '43-8 (45)
6 住宅問題  Charm '44-10 (45)
7 アブサロム  Startling Stories '46-Fall (45)
8 悪魔と呼ぼう  Thrilling Wonder Stories '46-Fall (70)
9 Ex Machina  Astounding '48-4 (100)
10 Home There's No Returning  No Boundaries '55 (75)

 読んでいると、水木しげるの絵で場面が頭に浮かぶ作品があったのには驚いた。われながら、洗脳されやすいなあ。
 基本的に怪奇小説を選んだので、代表作とされる「ボロゴーヴはミムジイ」や《ボグベン一家》シリーズなどは除外してある。それでも、未訳作品ということであえてSFも読んでみた。5、9、10がそれにあたる。このうち9は前回紹介した。

 10については注釈が必要だろう。これはC・L・ムーアとの共作で、珍しく連名で発表された(著者たちの短篇集に書き下ろし)。暴走するロボットの恐怖を描いたサスペンスSFで、水木しげるというよりは手塚治虫の絵で場面が浮かんでくる。いまとなっては完全に時代遅れだが、50年代SF映画そのもののレトロな味わいは捨てがたい。手塚治虫特集のときに推薦しよう。

 さて、10篇を読んでみて、最終的に未訳の1と既訳の6を推薦した。めでたく1が採用され、「おなじみの悪魔」として訳載の運びとなったしだい。
 ほんとうに水木しげるの世界に近いかどうか、ぜひ現物をお読みいただきたい。(2011年5月24日)

2012.11.22 Thu » D・R・ベンセンの小説

【承前】
 〈アンノウン〉傑作選を編んだD・R・ベンセンだが、この人の書いた小説が翻訳されていることに気がついた。『天のさだめを誰が知る』村上博基訳(創元推理文庫SFマーク、奥付1983年1月28日)だ。

2009-2-11(Bensen)

 この人のことを調べたとき、小説も書いていて、And Having Writ... (1978) という長篇が代表作らしいことを知ったのだが、邦題とあまりにもちがうので、そのときは気がつかなかったのだ。しかし、なにか引っかかるものがあって、先ほど本棚を見ていたら、この本にぶつかったというしだい。
 内容はきれいさっぱり忘れているが、一応は読んだ本なのだから、自分の迂闊さに情けなくなる。むかしは、こういうデータは完璧に憶えていたのだが……。年はとりたくないものだ。

 解説を見たら、ベンセンの略歴も書いてあった。解説者はK・Sという頭文字表記になっているが、これは新藤克巳氏だろう。この人の趣味なのか、当時の創元SFマークは、この本とか『死者がUFOでやってくる』とか、変なのが出ていたなあ……と、むかし話をはじめると切りがないので、ここまで。(2009年2月11日)


2012.11.06 Tue » コードウェイナー・バード原作

【承前】
 何年も前に買って一部を見たきり、しまいこんであったDVDを引っぱりだしてきた。「ザ・ハンガー6」(1998、東芝)である。

2012-3-2(Hunger)

 これはリドリー&スコット・トニー製作総指揮で有名なTVシリーズの第6集。いわゆる「トワイライト・ゾーン」タイプのホラー短篇アンソロジーで、3話収録のうち1話(追記参照)を見たくて購入した。今回その1話を見直す必要が生じたので、なぜか見ていなかったほかの話もついでに見ることにした。

 で、予備知識ゼロで見はじめたら、第1話「足音」Footsteps の冒頭でびっくりした。なぜなら「コードウェイナー・バードの短篇小説に基づく」とクレジットが出たからだ。

 コードウェイナー・バードといえば、ハーラン・エリスンのペンネームである。エリスンにはたしかに“Footsteps”という短篇がある。光文社文庫から出たホラー・アンソロジー『震える血』(2000)にはいっている「跫音」がそれだ。

 さて、コードウェイナー・バードというのは、エリスンが自作を意に染まない形で改変されたときに使うペンネーム。よく知られた例としては、TVシリーズ「スターロスト 宇宙船アーク」などがある。
 とすれば、エリスン本人はこのTV版を愚作だといっていることになる。
 
 内容はエロティックな吸血鬼もので、無意味にスタイリッシュなきらいはあるものの、「クソ」とレッテルを貼るほどのものではない。エリスンはどこが気に入らなかったのだろう。原作を読みなおしてみよう(本が出てくればの話だが)。(2012年3月2日)

【追記】
 第3話「ナイト・ドリーム」A River of Night's Dreaming のこと。カール・エドワード・ワグナーの中篇「夜の夢見の川」を映像化したもので、こちらは原作の雰囲気をよく伝えている。9月に出たホラー&ダーク・ファンタジー専門誌〈ナイトランド〉3号に原作が訳載されたのを付記しておく。

2012.10.02 Tue » レム初紹介なりや

 ミステリー文学資料館に行ってきた。目的は、雑誌〈探偵倶楽部〉のバックナンバーに当たること。
 以前この日記に書いたように、同誌は1956年から1957年にかけて集中的にSFを翻訳・紹介した。よほどの目利きがいたらしく、いま見ても納得のラインナップで、のちにべつの形で読めるものになったものばかり。
 常連寄稿者に今日泊亜蘭や都筑道夫がいるので、彼らがブレーンだったのかもしれない。くわしいことをご存じの方がいらっしゃったら、ご教示願いたい。

 つい話がそれた。この雑誌にはロシア/ソヴィエト文学者の袋一平も噛んでいて、ソ連のミステリなどを盛んに紹介していた。その一環としてスタニスワフ・レムの紹介をいち早く行なっているのだ。同誌1958年1月号に短篇「君は生きているのか?」を訳載し、「レムについて」という囲み記事を寄稿しているのである。ちなみに、表記は「スタニスラフ」。レムに関しては、原音表記への移行が成功したといえる。

 この情報は以前から把握していたのだが、現物を見たことがなかった。そこでコピーをとってきたしだい。 

2009-10-18(Lem)

 惹句に「共産圏ポーランドの作家の書いた最も新しい空想科学小説」とあるが、これは掛け値なしの真実。ロシア語からの重訳だが、そのテキストは「技術青年」1957年7月号なので、ほぼリアルタイムの翻訳であったわけだ。

 この作品はのちに〈SFマガジン〉1962年8月号に一字ちがいの「君は生きているか?」の題名で転載された。
 レムはそれ以前に2回同誌に登場しているが、最初がアンケートの回答、つぎがエッセイだったので、小説家としての登場はこの再録が初だった。

 さて、これをレムの本邦初紹介といいたいところだが、ロシア/ソヴィエト文学方面でもっと早く紹介されていた可能性もないではない。しかし、この調査は門外漢の手にあまる。奇特な研究者の出現を待つしかないのであった。(2009年10月18日)

2012.10.01 Mon » 〈探偵倶楽部〉のこと

 あまり知られていないが、〈探偵倶楽部〉という雑誌にエドモンド・ハミルトンの「整形外科手術」というミステリ短篇が載っている(1957年10月号)。ただし作者名が目次では「E・ハミルトン」、じっさいのページでは「エドモンド・スミルトンになっている。したがって、いろいろな調査の目から漏れたのだろう。

2005-12-14(seikei)

 ところで、調査の過程でわかったのだが、じつはこの雑誌がけっこうSFを載せている。もちろん〈SFマガジン〉創刊以前の話である。
 まだ調査中だが、あまり知られていないので、判明したところをリストにしてみる――

56年4月「歪んだ家」ロバート・ハインライン(村西義夫)
56年6月「金剛石のレンズ」F・J・オブライエン(蘭世史)
56年7月増刊「火星放浪記」スタンレー・ワインバウム(村西義夫)
56年8月「噛む者」アンソニイ・バウチア(南町一夫)
57年12月「訪ずれた死体」E・F・ラッセル(福島仲一)
58年1月「君は生きているのか?」スタニスラフ・レム(袋一平)
 同上「レムについて」

 古典ホラーやSF系作家のミステリまで視野に入れればリストはふくれあがり、なかには今日泊亜蘭訳のベンソン「妖虫」やらジェイムズ「銅版画」やらミドルトン「幽霊船」といった興味深い例もあるが、いまは割愛する。

 〈探偵倶楽部〉は50年5月創刊、59年2月廃刊。つまり、後半の一時期に集中してSFが載ったことになる。 
 上のリストをながめればわかるように、なかなかの選択眼。よほど優秀なブレーンがいたのだろう。
 とりわけレムの作品は、おそらく日本初紹介。快挙といっていい(ちなみに、この作品はのちにSFマガジン62年8月号に転載された)。
 それ以外の作品は、すべてのちに新訳されて流布した。

 ともかく、〈SFマガジン〉中華主義の弊害で、こういう業績がなかったことになるのが怖い。よく〈SFマガジン〉に再録が載ることを批判する野暮がいるが、そういう人が〈SFマガジン〉ではじめて読んだ作品が、再録だったケースも多いのである。(2005年12月14日)

【追記】
 念のために書いておけば、エリック・フランク・ラッセルの「訪ずれた死体」は「衝動」あるいは「インパルス」の訳題のほうが知られているだろう(原題は“Impulse”)。あとは流布している訳題とさほどちがわないので、想像がつくはずだ。

2012.09.13 Thu » 類は友を呼ぶ

【前書き】
 以下は2007年2月3日に書いた記事である。


 この前書いた「熱心な読者向けの書誌」シリーズだが、ブラケット&ハミルトンの分をさっそく注文した。夫婦カップリングのリストをムーア&カットナーと並べたいのだ(われながら阿呆)。

 エイブブックスという古書店ネットワークを通じて注文したのだが、そうしたら書店主からメールが来た。
「冊子は明日送ります。ただ、些細な問題がひとつあります。というのは、いまうちのコンピュータが壊れていて、メールを図書館で読んでいる始末です。そういうわけで、更新リストは昨年11月分までになります」
 と書いてある。なんのことだか分からなくて、本のデータをよく見たら、「わたし(書店主)がアップデイトしたデータをおまけに付ける」と書いてあった。なるほど、と納得して「問題ない。冊子が届くのを楽しみにしている」と返事を出した。

 そうしたらまたメールが来て、
「よく考えたら、小説に関してそれ以後の更新データはなかった。でも、コミックスの分は更新があるので、送れるようになりしだい電子メールで送ります」
 と書いてきた。これで書店主の性格が分かるというもの。

 さて、この書店主の名前はマーク・オウイングス。最初から見覚えがあるなあ、と思っていたのだが、気になって調べたら、この人が作ったジェイムズ・ブリッシュの書誌を持っていた。〈F&SF〉誌のブリッシュ特集号に載ったものである(追記1参照)。
 それで「もしやあなたは、ブリッシュの書誌を作った人ではあるまいか。そうだとしたら、あなたの仕事にはたいへん感銘を受けた。誤解だったら謝ります」と返事を出した。

 そうしたらまたメールが来た。
「はい、それがわたしです。〈F&SF〉の作家特集号に書誌を2回載せた人間は、わたしだけなのですよ、えっへん。でも、いまの編集者は、こういうデータは要らないと思っているみたいでねえ……。最後の作家特集はバリー・マルツバーグだったけど、彼にはペンネームで書いた犯罪小説や探偵小説が山ほどあって、みんな知らないんですよ」
 というようなことが書いてある。まさにビブリオファイルの鑑みたいな人だ。まあ、その話についていけるほうもどうかしているが(追記2参照)。

 この人が作った書誌はほかにもあるので、そのうち集めよう。(2007年2月3日)

【追記1】
〈F&SF〉1972年4月号に所載の“James Blish: Bibliography”のこと。

【追記2】
 もうひとつはフレデリック・ポール特集を組んだ〈F&SF〉1973年9月に載ったポール書誌。

 なお、この記事を公開するにあたって調べものをしていたところ、オウイングス氏が2009年12月30日に逝去されていたことを知った。享年64。早すぎる死を悼んで合掌。

2012.08.16 Thu » 『失われた世界』刊行百周年のこと

 世間はシャーロック・ホームズ関連で大いに盛りあがっているようだ。めでたいかぎりだが、作者アーサー・コナン・ドイルの名を聞けば、べつの小説のほうが先に思い浮かぶ当方としては、こんなことをいいたくなる――ひとつ大事なことを忘れていませんか。今年は『失われた世界』刊行百周年なんですよ、と。
 
 『失われた世界』というのは、コナン・ドイルの代表作のひとつ。〈ザ・ストランド・マガジン〉に連載されたのが1912年4月号から11月号なので、今年がちょうど百周年にあたるのだ。

 いまさら説明するまでもないが、南米奥地に周囲とは隔絶した台地があって、いまも恐竜や原人が生き残っているという物語。その後、同工異曲の作品を無数に生みだし、〈ロスト・ワールド〉ものというサブジャンルが成立する原動力のひとつとなった。
 ――古典を読んで、「パターンどおり」と評す人がいるが、これは話が逆。その古典がパターンを作ったのである。以上、蛇足――
 当方はこの小説が子供のころから大好きで、いろいろな翻訳でくり返し読んできた。いつしか同書に関する背景知識も集まってきたので、それを整理する意味もあって一文をしたためたこともある。〈SFマガジン〉1999年1月号に発表した「アマゾン奥地の博物学者」がそれだ。
 自分でいうのもなんだが、同書の秘密にかなり深いところまで分け入れたと思うので、ご興味の向きは探して読まれたい。すくなくとも、たいていの人が知らない事実が発見できるはずだ。たとえば、主役のひとりロクストン卿にはモデルになった人物がいて、その人物の行跡が同書に深い影を落としている事実は、もっと知られたほうがいい。

 ところで1912年といえば、大正元年にあたる。藤元直樹氏作成のドイル邦訳書誌によれば、『失われた世界』の邦訳は、早くも大正4年からはじまっているらしい。

 子供向きのリライトをのぞけば、第二次世界大戦後だけでも8種類の訳本があるとのこと(平成12年の時点で)。当方はそのうちの5種類を持っているとわかった。

 ここを見ている何人かには鼻で笑われそうだが、いまでは珍しくなった本の書影をかけげておく。時代がかったイラストがいい感じだ。

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 上。ハヤカワ・SF・シリーズ版。昭和38年初版だが、当方が持っているのは昭和41年9月15日発行の再版。
 訳者は新匠哲夫。したがって、ハヤカワ文庫SF版の『失われた世界――ロスト・ワールド』(平成8年)や、その元本である『世界SF全集3 ドイル』(昭和45年)におさめられた加島祥造訳とは別物。福島正実が、古色蒼然とした復元図を基にした恐竜図鑑的な解説を書いている。

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 上。角川文庫版。初版は昭和42年1月30日発行で、当方が持っているのは同年6月30日発行の3版。遠藤拓也という画家の挿し絵入り。
 永井淳訳で、ちょっと挑発的なあとがきを書いている。要するに、ホームズばかりがドイルじゃないんだよ、という天の邪鬼的正論。(2012年1月20日)