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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.03.21 Thu » 『バケツ一杯の空気』

【承前】
 短篇集 A Pail of Air (1964, Ballantine) は、周知のとおりサンリオSF文庫から邦訳が出た。わが国で出ていた短篇集との重複を避けたので、けっきょく本書の収録作は選ばなかったが、そう決める前に読み返した作品があるので、ついでに紹介しておく。

2008-3-5(A Pail of)

 収録作品はつぎのとおり――
「バケツ一杯の空気」、「ビート村」、「火星のフォックスホール」、「パイプ・ドリーム」、「時間戦士」、「六十四こまの気違い屋敷」、「空飛ぶパン始末記」、「最後の手紙」、「ラン・チチ・チチ・タン」、「性的魅力」、「美女と五人の夫たち」

 表紙絵は「ラン・チチ・チチ・タン」と「ビート村」を題材にしていると思われる。このあと紹介していくが、バランタインの一連のライバー本は、表紙絵がちょっと気味悪い。画家の名前は書かれていないが、おそらくリチャード・パワーズだろう。
 
 集中「バケツ一杯の空気」と「ラン・チチ・チチ・タン」は傑作だと思う。できれば当方の編む傑作集にも入れたかった。(2008年3月5日)


2013.03.20 Wed » 『誘霊灯』

【承前】
 フリッツ・ライバーの傑作集としては The Ghost Light (Berkley, 1984) というすばらしい本がある。もちろん、作品もいいのだが、それ以上に本の造りがいいのだ。

2008-3-4(Ghost 1)

 これは出版プロデューサーのバイロン・プライスが企画した〈SFとファンタシーの傑作〉と題されたシリーズの一冊。トレードペーパーバックの大きな紙面を活かして、ヴィジュアル的にも楽しいものになっている。
 同じ叢書にはいった本としては、かつて邦訳の出たアーサー・C・クラークの『太陽系オデッセイ』(新潮文庫)があるが、ひとりの画家が全作品に挿絵を寄せたアチラとはちがい、この本は作品ごとに画家がちがうという豪華版。しかも、ジョエレン・トリリングという彫刻家が、各作品に出てくる重要な小道具をオブジェにして、その写真を各作品のタイトル・ページに載せている。
 それらの彫刻をある書店のショーウィンドウに飾り、その前でライバー本人がポーズをとっている写真が巻頭に掲げられているのだが、見開きの写真を縮小すると、せっかくのオブジェがよく見えないので、かわりに「跳躍者の時空」に寄せられたオブジェとイラストを載せておく。

2008-3-4(Ghost 2)2008-3-4(Ghost 3)


 収録作品はつぎのとおり――

①The Ghost Light  *書き下ろし
②性的魅力
③A Deskful of Girls  《改変戦争》
④跳躍者の時空  《ガミッチ》
⑤Four Ghosts in Hamlet
⑥骨のダイスを転がそう
⑦珍異の市  《ファファード&グレイ・マウザー》
⑧モーフィー時計の午前零時
⑨Black Glass
⑩Not Much Disorder and Not So Early Sex  *自伝

 例によって未訳作品の説明をしておこう。ただし、既出の③と⑤は省略。
 ①は点灯すると幽霊を集める明かりの話。「誘蛾灯」をもじって「誘霊灯」と造語してみた。非常に自伝的要素の強い作品で、不仲だった息子との関係をゴースト・ストーリーの形で描いている。晩年の作品だけあって、文章や構成にちょっと締まりの欠けるところがあるが、クライマックスの迫力はさすがである。
 ⑨は傑作「あの飛行船をつかまえろ」の姉妹編ともいうべき作品。ニューヨークを訪れた語り手が、知らぬ間に異様な風景の広がる未来にはいりこんでいるのだが、その移行の瞬間がわからないところがミソ。候補がすくなくとも三つあって、タイムスリップ/妄想がいつからはじまったのか判然としないのだ。技巧派の面目躍如である。
 ⑩は単行本1冊の分量は優にある自伝。貴重な写真がたくさん載っている。この自伝を読んで、ライバー作品の秘密がすこし解けたような気がしたものだ。そのあたりは当方の編む傑作集の解説にくわしく書くことにしよう。

 ⑨が秀作なので、これを当方の編む傑作集に採りたかったのだが、最終的に未来を舞台にした作品は除外することにしたので見送り。
 晩年のゴースト・ストーリーとしては“The Button Molder” (1979) という佳作があり、長さも同じ120枚とあって、①とどちらを採るか最後まで迷ったが、父親との関係を象徴的に描いた「二百三十七個の肖像」とテーマ的に対になるので、①を採ることにした(追記参照)。(2008年3月4日)

【追記】
 本が厚くなりすぎるという理由で、けっきょく収録を見送った。
 すでに記したように⑤は「『ハムレット』の四人の亡霊」として『跳躍者の時空』(河出書房新社、2010)に訳出した。



2013.03.18 Mon » 『改変戦争』

【承前】
 ライバーの代表作のひとつが《改変戦争》シリーズであることはまちがいない。スネークとスパイダーという二大勢力が、時空を股にかけて覇権を争っている戦争SF、といっていえないことはないが、じっさいは時間と場所を限定し、その一断面を切りとったニュー・ウェーヴの先駆けのような作品群だ。
 長篇『ビッグ・タイム』と中短篇群(その数には諸説ある)から成るが、後者を(一応)集成したのが Changewar (Ace, 1983) である。

2008-3-3(Change)

 このシリーズに属す作品は、当方の編む傑作集には入れないことにしたので、本書は読み返さなかったが、せっかくなので紹介しておく。

 内容はつぎのとおり。題名のあとに当方の採点を付しておく――

過去を変えようとした男  3
歴戦の勇士  4
Damnation Morning  3+  
変化の風が吹くとき  3
Knight Move  2
A Deskful of Girls  3
No Great Magic  4

 表紙絵はジョー・チオドという人が担当しているが、これは“Knight Move”を題材にしたもの。タイム・トラヴェルに関係していることがひと目でわかるだろう。(2008年3月3日)

【追記】
 《改変戦争》シリーズの集成としては、題名と内容が異なる The Change War (Gregg Press, 1978) という本もある。

2013.03.17 Sun » 『人はみなひとりぼっち』

【承前】
 つぎはちょっと変わり種。You're All Alone (Ace, 1972) は、ショート・ノヴェル1篇に中篇2篇を合わせた作品集だ。

2008-3-2(You're)

 例によって目次を書き写すと――

①You're All Alone (325)
②Four Ghosts in Hamlet (105)
③The Creature from Cleveland Depth (140)

 題名のあとの括弧内の数字は推定枚数である。

 ①は未発表の長篇を雑誌掲載のため短縮したもの。問題の長篇は The Sinful Ones (1953) として刊行されたが、これは出版社によって大幅に改竄されるという不幸な目にあった。このときオリジナル原稿は失われ、のちに一部修復版が出ただけで終わった。
 簡単にいうと「宇宙は大がかりな人形劇場のようなもので、人に自由意思はなく、あらかじめ敷かれたレールにそって活動をつづけているだけ。しかし、そのレールからはずれてしまう人間もいて、彼らは人形たちの目には映らない。したがって、好き放題をしているのだが、こうした者たちのあいだにも権力闘争がある」という話。早い時期に人間疎外をあつかった作品といえる。いまならヴァーチャル・リアリティものになるだろう。

 ②は一種のゴースト・ストーリー。ライバーの父親が高名なシェイクスピア劇の俳優で、若いころは本人も父親の主宰する劇団で役者をやっていたのは有名だが、その体験を基にして書かれている。こうして虚実をないまぜにして、身辺雑記のように超自然的現象を語るというのは、ライバーがもっとも得意とするところで、当方はこれを「偽自伝」と呼んでいる。この作品はその好例である。

 ③は、題名を見るとモンスターの出てくる怪奇小説のように思えるが、じつは典型的な社会諷刺SF。核ミサイルを恐れて国民の多くが地下で暮らす時代。ティンクラーという便利な道具(定められた時間が来ると、振動刺激で着用者にそのことを知らせる機械)が発明される。だが、これが国民をコントロールする手段となって……という超管理社会ものである。

 当方が編む傑作集には、“Four Ghosts in Hamlet” を採ることにした(追記参照)。(2008年3月2日)

【追記】
 「『ハムレット』の四人の亡霊」という題名で無事に『跳躍者の時空』(河出書房新社、2010)に訳出できた。

2013.03.16 Sat » 『精神の蜘蛛その他の短篇』

【承前】
 つぎもSF寄りの短篇集で、The Mind Spider and Other Stories (Ace, 1961) だ。

2008-3-1(Mind Spider)

 目次を書き写すと――

①The Haunted Future  (Tranquility, or Elese! 改題)
②Damnation Morning  《改変戦争》
③歴戦の勇士  《改変戦争》
④鏡の世界の午前0時
⑤獣の数字  《改変戦争》
⑥The Mind Spider

 例によって未訳作品について触れておくと、①は精神分析の発達で国民がつねに平穏状態に置かれ、平和なかわりに進歩のなくなった未来のアメリカを舞台に、あるトリックスターが社会をひっかきまわそうとする話。エリスンなどの作品を先取りしていたわけだ。
 ②は、歴史改変を目的に争っているふたつの勢力が、時間戦争の新兵をリクルートする話。ウルトラ・モダンなゴースト・ストーリーともいえる。アル中の一人称で語られるのだが、ライバー自身がアル中だったせいか、その荒涼とした心情吐露に妙な迫力がある。
 ⑥は採点メモに2点がついているので、読み返さなかった。

 集中ベストは古風な怪奇小説「鏡の世界の午前0時」だろう。だが、この手の怪奇小説は当方が編む傑作集には入れないことにした。次点は「歴戦の勇士」か“Damnation Morning”だろうが、《改変戦争》ものは入れないことにしたので見送り。ちなみに、前者はホラーSFアンソロジー『影が行く』(創元SF文庫)に新訳したことがある。(2008年3月1日)

【追記】
 上記“Damnation Morning”は、いま編んでいるアンソロジーに訳出する。詳細は後日。

2013.03.15 Fri » 『星へ行く船』

【承前】
 最初に手に入れたライバーの原書は、短篇集 Ships to the Stars (Ace, 1964) だった。

2008-2-29(Ships)

 名古屋のさる古本屋の一角に、なぜかアメリカのペーパーバックが申し訳程度にならんでいて、そこに交じっていたのだ。同時にウィリアム・R・バーネットの犯罪小説や、エース・ダブルのウェスタンを買ったのを憶えている。1984年のことだ。
 内容はつぎのとおり――

①Dr.Kometevsky's Day 
②大いなる旅
③The Enchanted Forest
④Deadly Moon
⑤Snowbank Orbit
⑥真夜中の出帆

 未訳作品について触れておくと、①は「地球はじつは異星の巨大宇宙船が擬装したもので、人類はその上に発生した黴菌みたいなものだった」というアイデアに基づくSF。大むかし、SFマガジンが奇想SF特集を組んだとき(追記参照)、監修者の大森望氏に推薦したが、 「つまらない」と却下された。
 ③はシェクリイの作品といっても通りそうな宇宙SF。テーマの一部は後年の長篇『放浪惑星』(創元SF文庫)に引き継がれた。ファンジン翻訳時代、発表のあてもないまま訳してみたことがある。ただし、見返すのがいやで、原稿は捨ててしまったが。
 ④は今回読み返さなかったので、内容は不明。採点メモには5点満点で2点がついているので、たいしたことのない作品なのだろう。
 ⑤は星間戦争をあつかった本格SF。全然ライバーらしくなくて、びっくりしたが、先に雑誌の表紙絵があって、それに合わせて書かれた作品だとあとで知った。

 いろいろと思い出深い本なので、つい長々と書いてしまった。集中ベストは「隣の異星人」を主題にした「真夜中の出帆」だが、同じ傾向の作品をべつに採ることにしたので収録は見送った。(2008年2月29日)

【追記】
〈SFマガジン〉1989年7月号の「狂気の沙汰か、SFか!?――奇想SF特集」のこと。 


2013.03.14 Thu » 『フリッツ・ライバーの第二之書』

 昨日紹介した本が好評だったのか、すぐに続編が出た。The Second Book of Fritz Leiber (DAW、1975) である。

2008-2-28(Second Book)

 造りはまったく同じで、フィクション6篇(うち書き下ろし2篇)、ノンフィクション5篇(うち書き下ろし1篇。大幅増補版1篇)がおさめられている。

 この本はノンフィクションに特筆すべきものがあるので、そちらについて先に記す。
 “Fafard and Me” は、前に触れたとおり、《ファファード&グレイ・マウザー》シリーズの裏話。ファンジンに発表された文章を増補したもので、そちらでは書かれなかった暗黒面についてもくわしく、非常に興味深い。
 「ブラウン・ジェンキンとともに時空を巡る」は、「科学をとり入れることで幻想文学に新生面を切り開いた作家」としてH・P・ラヴクラフトを捉えなおそうとする評論。師匠への敬愛と冷徹な分析が両立している力作で、邦訳はあるが、読んだことのある人はすくないだろう。残念。

 では、小説の題名をならべる――

①The Lion and the Lamb
②Trapped in the Sea of Stars  *《ファファード&グレイ・マウザー》書き下ろし
③ベルゼン急行  *書き下ろし
④Scream Wolf
⑤The Mechanical Bride  *TV台本
⑥A Deffence of Werewolves

 未訳作品について解説すると、①は銀河文明を背景にした宇宙SF。②はファファードとグレイ・マウザーが世にも奇怪な航海をする話。④は作者唯一の殺人ミステリ。⑤は人間そっくりの女性型ロボットをめぐるドタバタ。⑥は“Fantasy on the March”という題名で1948年にアーカム・ハウス発刊のリトル・マガジンに掲載されたもの。ストーリーのある小説ではなく、「幻想文学には、科学時代や機械文明にふさわしいシンボルが必要だ」と主張する演説である(余談だが、このなかに「狂気の山脈」という固有名詞が出てくる。クトゥルー原理主義者は、これも神話作品に入れるのだろうか)。

 ⑤については面白いエピソードがある。
 ライバーは49年に「飢えた目の女」という短篇を発表した。セックス・シンボルの登場を予言した優れた現代怪奇小説である。マーシャル・マクルーハンがこれを読んでいたく感心し、そのメディア論『機械の花嫁』でとりあげて称揚した。「もちろん、わたしはうれしかった。もっとも、マクルーハンの本の書評者たちは、無名作家の作品を引用していることに文句をいっていたが。犬どもめ!」とはライバーの弁である。
 さて、TV時代を迎えて、ライバーのところにも台本執筆の依頼がきた。ライバーはマクルーハンに感謝をこめて、彼の本と同じ題名の台本を書いた。しかし、TVドラマは制作されずに終わったのだった。

 集中ベストは「ベルゼン急行」。無駄なところがまったくない珠玉の短篇であり、最後の最後まで当方の編む傑作集の候補に残した。
 だが、作者が説明を一切しないので、注意深い読者でないと、結末にいたる幻想の論理を読みとれないだろう。ほかの作品との兼ね合いもあり、迷った末に収録は見送った。(2008年2月28日)

2013.03.13 Wed » 『フリッツ・ライバーの書』

【承前】
 またしてもライバーの自選集で、 The Book of Fritz Leiber (DAW, 1974) を紹介する。

2008-2-27(Book of)

 版元はエースを辞めた名編集者ドナルド・A・ウォルハイムが1972年に設立した会社。自分の名前を冠しただけあって、初期は非常に意欲的な本を刊行していた。DAWにとって初のライバー本となった本書は、「著者の多彩な才能を集約する」という方針で編まれており、たいへんユニークな造りになっている。
 というのも、SF、ホラー、〈剣と魔法〉をとりそろえた上、小説のあいだにノンフィクション(エッセイ、科学解説、書評など)を挟む構成になっているのだ。たとえば、宇宙を舞台にしたハードSFのつぎには「熱」に関する科学解説が、師匠H・P・ラヴクラフトにオマージュを捧げたホラーのつぎには、師匠の作品を論じたエッセイが、《ファファード&グレイ・マウザー》シリーズのつぎにはE・R・エディスンとR・E・ハワードの作品をとりあげた書評が来るといった具合だ。

 小説10篇(うち書き下ろし2篇)とノンフィクション9篇(うち書き下ろし1篇)が収録されているが、後者はすべて未訳だし、煩雑になるので小説だけ題名をならべる――

幻影の蜘蛛
A Hitch in Space
幼稚園
Crazy Annaoj
神々の最期
過去ふたたび
Knight to Move  *《改変戦争》
アーカムそして星の世界へ
Beauty and the Stars  *《ファファード&グレイ・マウザー》書き下ろし
猫たちの揺りかご  *《ガミッチ》書き下ろし

 集中ベストは、もっとも早い時期にクローン人間を題材にした「過去ふたたび」だろう。ライバー自身もマイ・フェイヴァリットのひとつにあげているし、当方も個人的に愛着のある作品だが、ちょっと古びた感は否めない。というわけで当方の編む傑作集には、《ガミッチ》もの第三作「猫たちの揺りかご」をとることにした。

 蛇足。表紙絵はジョージ・バーが担当しており、魅力的な猫型異星人女性を描いている。当然これは『放浪惑星』のヒロイン、タイガリシュカだろう。彼女はスフィンクスという名前で「猫たちの揺りかご」出演しているのだ。(2008年2月27日)


2013.03.12 Tue » 『人知れぬ歌』

【承前】
 つぎはイギリスで最初に出たライバー作品集 The Secret Songs (Rupert Hart-Davis, 1968) だ。ただし、当方が持っているのは、例によって75年にパンサーから刊行されたペーパーバック版だが。

2008-2-26(Secret)

 収録作は11篇と小ぶりだが、秀作ばかりを集めており、ライバー入門としては非常にいい選集になっている。序文はジュディス・メリル。
 目次を書き写すと――

冬の蝿
電気と仲よくした男
ラン・チチ・チチ・タン
マリアーナ
性的魅力
緑の月
バケツ一杯の空気
煙のお化け
飢えた目の女
No Great Magic
人知れぬ歌

 集中ベストは筒井康隆も絶賛した前衛劇風の「冬の蝿」。67年に発表されたが、メリルによると、驚くべきことに59年に書かれ、いったんは〈エスクァイア〉に売れたが、掲載されずに終わったのだという。ライバーがニュー・ウェーヴを先取りしていたことがよくわかる。
 次点は未訳の“No Great Magic” 。《改変戦争》シリーズ中の1篇で、あるシェイクスピア劇団の興行を背景に宇宙的/歴史的事件が描かれる。最初は五里霧中だが、徐々に事件の全貌が見えてくる構成がみごと。ただし、シェイクスピア演劇とエリザベス朝イギリスに関する知識が要求される。未訳なので採りたかったが、120枚と長めだし、収録は見送ることにした。この時点で《改変戦争》シリーズはすべて除外することに決定。

 そういうわけで、当方の編む傑作集には「冬の蝿」を採ることにする。(2008年2月26日)

【追記】
 上記「冬の蠅」は、無事に『跳躍者の時空』(河出書房新社、2010)に収録された。

2013.03.11 Mon » 『フリッツ・ライバーの諸世界』

【承前】
 つぎはライバーの自選集 The Worlds of Fritz Leiber (Ace, 1976)。これも22篇収録の分厚い本だ。

2008-2-25(The World of)

 昨日紹介した傑作集を補完する意味あいがあったらしく、作品はひとつも重複していないうえに、ホラーや《ファード&グレイ・マウザー》シリーズにも目配りして、ライバーの幅広い作風を網羅した作りになっている。
 邦訳があるのはつぎのとおり――

「夢の卵」、「美女と五人の夫たち」、「変化の風が吹くとき」、「二百三十七個の肖像」、「パイプ・ドリーム」、「最後の手紙」、「あの飛行船をつかまえろ」、「おわり」。

 傑作集にくらべれば、やや落ちる作品がならんでいる。同じことは未訳作品についてもいえ、どうしても訳したい作品はない。強いていえば、妄想とも現実ともつかぬ形で「隣の異星人」を描いた“Waif”が、アニマ・テーマの作品群に連なるものとして興味深い。

 集中ベストは「あの飛行船をつかまえろ」だが、同じ河出書房新社から出ている年代別アンソロジー『20世紀SF④ 1970年代 接続された女』に入れたので、涙を飲んで見送り。再読して評価のはねあがった「二百三十七個の肖像」を当方の編む傑作集に採ることにする(追記参照)。

 余談だが、本書にはハインラインのジュヴナイルSFにオマージュを捧げた“Our Saucer Vacation”という愉快なパスティーシュがはいっている。ハインラインの文体を模写した明朗快活な宇宙SFだが、構図が逆転しているところがミソ。つまり七本の触手を持つ異星人(オクトパスならぬセプタパス)が、醜い未開人の住む星へ円盤に乗って観光にやって来るのだ。もちろん、その未開の星が地球というわけ。

 アダモヴィッチという地球人に正体がばれそうになったとき、主人公の父親は緑の小人に化けて金星人と名乗り、彼を円盤に乗せて嘘八百を教えこむのだが、そのなかにこんなくだりがある――

 むかしから金星人(あるいは悪い火星人)が地球人に身をやつして活動していた。たとえばプラトン、アリストテレス、クレオパトラ、黒太子、ロジャー・ベーコン、カリオストロ、マダム・ブラヴァツキー、アインシュタイン、エドガー・ライス・バローズ、グレタ・ガルボ、ピーター・ローレ、ベラ・ルゴシ、エドワード・テラー、ジェラルド・ハード、リチャード・シェイヴァー、ヒューゴー・ガーンズバック、マリリン・モンロー。

 一読して大笑い。もっとも、このおかしさは、いまの日本じゃ通用しないだろうな。(2008年2月25日)

【追記】
 残念ながら、本が厚くなりすぎるという理由で割愛を余儀なくされた。