SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.04.09 Tue » 『死者たちが唄う唄』

 ジョージ・R・R・マーティンの Songs the Dead Men Sing (1983) は、マーティンのホラー短篇集。といっても、収録作7篇のうち純粋なホラーは「モンキィ・トリートメント」、「針男」、「忘れえぬメロディ」の3篇だけで、「サンドキングズ」と「ナイトフライヤー」がホラーSF、残りはホラー色の薄いSFである(追記1参照)。

 初版はアメリカのスモール・プレス、ダーク・ハーヴェストから出たもので、このところのマーティン人気のために相場が高騰。100ドルを超える値段がついている。当方が持っているのは1985年にゴランツから出たイギリス版だが、これはこれで珍しく、やはりけっこうなお値段だった。

2005-5-2(Deadman)


 ついでにあと2冊書影を紹介しておこう(追記2参照)。

2005-5-2(Portraits of His Children)

2005-5-2(Omni)

 上はマーティンの短編集 Portraits of His Children (Baen, 1992) 。下はエレン・ダトロウ編のアンソロジー Omni Best Science Fiction Two (Omni Books, 1992) である。後者にはマーティンのブラム・ストーカー賞受賞作“The Pear-Shaped Man” がはいっている。
 マーティンのホラーは後味が悪い作品ばかり。その点、説話調の語り口が妙にユーモラスな「モンキィ・トリートメント」は異彩を放っている。もちろん、どの作品も非常に質は高いのだが。

 なんでこの3冊の書影を並べたか、薄々お察しの方もいるだろう。とりあえず、水面下に動きがあるとだけいっておく。(2005年5月2日)

【追記1】
 河出書房新社《奇想コレクション》の1冊として、ジョージ・R・R・マーティンのホラー傑作集を編もうと思って準備をはじめたころに書いた記事である。この企画はのちに『洋梨形の男』(2009)として実現した。
 本書収録作のうち「モンキィ・トリートメント」と「忘れえぬメロディ」は、それぞれ「モンキー療法」、「思い出のメロディー」として同書に新訳した。「針男」も収録するつもりだったが、本が厚くなりすぎるという理由で断念した。

 Songs the Dead Men Sing に収録されている「ナイトフライヤー」は、4割近く書き足したロング・ヴァージョンなので、厳密にいえば未訳。このヴァージョンについては、近いうちに記事を公開する。

 上に題名のあがっていない収録作を参考までに書いておくと、「…ただ一日の昨日とひきかえに」と“Meathouse Man”である。

【追記2】
 Portraits of His Children からは「成立しないヴァリエーション」、「終業時間」、「子供たちの肖像」を採り、Omini Best Science Fiction Two からは「洋梨形の男」を採った。ただし、翻訳のテキストには、「終業時間」をのぞき、このあと入手したマーティン傑作集に収録のヴァージョンを使用した。加筆訂正が見られたからである。




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2013.04.06 Sat » 〈夜の叫び〉1987年夏季号

【承前】
 〈ファンタシー・テールズ〉と同時期に出ていホラー雑誌に、アメリカの〈ナイト・クライ〉がある。1984年の冬から1987年の秋にかけて11号が出た季刊誌だ。
 ダイジェスト・サイズで本文194ページ。体裁面では〈アシモフズ〉や〈EQMM〉に似ている。

 もともとは映像関係の記事と小説が半々だったホラー雑誌〈ロッド・サーリングズ・ザ・トワイライト・ゾーン〉の再録誌として出発したのだが、ニューススタンドでの売り上げが本誌を凌駕するにいたって、創作中心にシフトしたという経緯がある。T・E・D・クラインから引き継いで3号から編集長を務めたアラン・ロジャーズの手柄だろう。
 短命に終わったのは、ニューススタンドが取り扱い雑誌を半減させたあおりを食らったためで、売れ行きが落ちたわけではないらしい。
 伝統的なホラーだけではなく、スプラッタ・パンクにも好意的で、多くの新人作家を育てた。

 と知ったようなことを書いてきたが、1987年夏季号しか持っていない。

2012-5-20(night cry)


 特筆すべきは、J・K・ポッターがすべてのイラストを担当していること。いま数えたら、挿絵のほかに表紙裏のアート作品をふくめ、全部で12枚描いていた。雑誌のイメージ作りに大いに貢献している。

 小説は新作が12篇(うち連載が1篇)。このうちルイス・シャイナーの「ダンサー」は邦訳がある(追記参照)。あとめぼしい名前をあげれば、F・ポール・ウィルスン、ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター、マーク・レイドロー、J・N・ウィリアムスン(連載)など。

 このほか古典作家にスポットをあてるコーナーがあり、アンブローズ・ビアスの「ジョン・モートンのお葬式」と「右足の中指」を再録したうえで、トマス・E・サンダーズの評伝を合わせている。後者は邦訳して50枚近くありそうな力作で、けっこう読み応えがある。

 あとは詩が2篇、アル・サラントニオによる書評、T・E・D・クラインによる映画評である。(2012年5月20日) 

【追記】
 「特集P・K・ディック以後」を組んだ〈ユリイカ〉1987年11月号に酒井昭伸訳で掲載。

2013.04.05 Fri » 〈幻想譚〉1号

【承前】
 ついでなので、〈ファンタシー・テールズ〉第10巻第1号(1989年秋季号)も紹介しておこう。昨日書き忘れたが、この雑誌は年2回刊だったようだ。

2012-5-19(f tales 1)

 表紙絵はクリス・アキレウスの筆になるもので、『指輪物語』を題材にしていると思しい。絵は裏までつづいているのだが、デザインの関係でせっかくの絵がつぶれてしまっているので、わざわざスキャンはしなかった。

 中身はほとんど読んでいないが、C・L・グラント、リン・カーター、ガイ・N・スミス、C・ブルース・ハンター、J・N・ウィリアムスン、クリス・モーガン、ダレル・シュワイツァー、デイヴィッド・ライリーの小説、クリス・ネイラー、ロバート・E・ハワードの詩が載っており、ほかのお便り欄、表紙画家紹介など。
 ハワードはもちろん、カーターもこの時点では故人になっていた。

 第1号なのにお便り欄があるのは、昨日書いたとおり、17号つづいたセミプロジンを母体にしているから。そういうわけで、前号に対する感想の手紙がたくさん載っている。このあたりがなんとも素人臭いが、デザインはもっと素人臭い。

 その点について、2号にブライアン・ラムリーが手紙を寄せ、「ロゴはどこへいった? これがロゴなのか? なんだ、この箱型の題字スペースは? レイアウトはどへいった? 最高の“ファン”雑誌だった〈ファンタシー・テールズ〉が、なんでこんな素人臭い雑誌になっちまったんだ」と不満を爆発させている。
 参考までに、ラムリーを激怒させた箱型の題字スペースをお目にかける。

2012-5-19 (box)

まあ、気持ちはわからないでもない。(2012年5月19日)


2013.04.04 Thu » 〈幻想譚〉2号

【前書き】
 以下は2012年5月18日に書いた記事である。誤解なきように。


 ホラー界の輝ける新星、ジョー・ヒルの第二長篇『ホーンズ 角』(小学館文庫)を読んだ。訳者の白石朗さんにいただいた本である。深謝。
 
 第一部を読みおわった時点で、「これは大変な傑作になりそうだ」と思ったのだが、残念ながらそのあと失速した。時系列をシャッフルし、視点人物を変えと、構成を複雑にしたのだが裏目に出た感じ。策士策に溺れたといおうか。もっとも、こぢんまりとまとまるよりは、こういう破綻のほうがはるかに好ましい。次作がますます楽しみだ。

 世迷言はともあれ、同書を読んでいるあいだ、当方の頭のなかには下に載せた絵がずっと浮かんでいた。ある日いきなり角が生えて、悪魔になってしまった主人公が、こういうふうにイメージされたのだ。

2012-5-18(f tales 2)

 これはイギリスの幻想怪奇雑誌〈ファンタシー・テールズ〉の第10巻第2号(1989年春季号)の表紙。画家はレス・エドワーズである。

 そのむかし銀座のイエナ書店に、なぜか1号と2号が置いてあったので買ったものだ。

 資料によると、〈ファンタシー・テールズ〉というのは、もともと〈ウィアード・テールズ〉の線をねらったセミプロジンで、1977年から87年にかけて17号が刊行され、その後ロビンスンという出版社からペーパーバック・マガジンの形で7号が刊行されたらしい。第10巻第2号は、ペーパーバック・マガジンの第2号にあたる。

 アチラでいうダイジェスト・サイズよりもちょっと大きく、本文104ページ。イラストもふんだんにはいっているが、紙質の悪さもあって、あまり魅力はない。とにかく、いろいろな意味で素人臭い雑誌だ。誤解を恐れずにいえば、先ごろ創刊号が出たわが国の幻想怪奇専門誌〈ナイトランド〉と似ている。

 中身はほとんど読んでいないが、一応書いておけば、ケン・ブルマー、ウィリアム・F・ノーラン、ジョン・レーン、ブライアン・ラムリー、ウィル・ジョンスンの小説、ニール・ゲイマンの詩のほか、お便り欄、マイク・アシュリーの情報コラム、表紙画家の紹介など。

 あとで気づいたのだが、編集はわが敬愛するスティーヴン・ジョーンズとデイヴィッド・A・サットン。イラストレーターのなかには、デイヴ・カースンやジム・ピッツの名前も見える。のちに英国の幻想怪奇シーンをリードする面々が修業の時期を過ごしていたということか。(2012年5月18日)

 

2013.01.15 Tue » 『吠える男』

【承前】
 おつぎはロジャー・アンカー編のボーモント傑作集 The Howling Man (Tor, 1992) だ。もともとは豪華なハードカヴァー Charles Beaumont: Selected Stories (Dark Harvest, 1988) として出たものだが、例によってペーパーバック版を買った。

2006-6-18(Howling Man)

 ボーモントの傑作集は、死後二度にわたって編まれているが、これはそのうち新しいほう。ひとことでいうと、すばらしい本。関係者の熱意が伝わってきて、読み進むうちに胸が熱くなる。

 まず編者が序文を書いているのだが、これが長文のボーモント伝になっている。興味深い情報満載でじつに面白い。ここに書かれていることを日本の読者にも伝えたくて原稿を書いたら、実質的にこの序文の縮約版になってしまった(追記1参照)。恥知らずといわれそうだが、当方が寝言を書くより、そのほうがはるかにいいと思う。とはいえ、紙数が足りなくて面白いエピソードをたくさん削るはめに。無念。

 つぎにボーモントの長男クリストファーが、亡父を偲んだ文章を寄せている。本人もシナリオライターらしく、短いながらも愛情のこもったいい文章だ。

 そしてボーモントの短篇が29篇、長篇の抜粋が1篇ならべられている(追記2参照)。このうち5篇が未発表作品である。
 これだけでもたいしたものだが、本書のすばらしいのはここから。というのも、収録作のうち16篇にボーモントゆかりの人々が序文を寄稿しているのだ。その面々を順にならべると――

 レイ・ブラッドベリ、ジョン・トマーリン、ハワード・ブラウン、デニス・エチスン、リチャード・マシスン、ハーラン・エリスン、チャールズ・E・フリッチ、ジョージ・クレイトン・ジョンスン、リチャード・クリスチャン・マシスン、レイ・ラッセル、フランク・M・ロビンスン、ソール・デイヴィッド、ロバート・ブロック、ウィリアム・F・ノーラン、ロジャー・コーマン、ジェリー・ソール、チャド・オリヴァー。

 勘のいい人ならおわかりのように、当時のSF/ホラー、男性雑誌、TV、映画の関係者ばかり。じつはこれらの世界にまたがる緊密なネットワークができており、その中心にボーモントがいたのである。各人の文章から、当時の事情が生々しく伝わってくる。

 とにかく、くわしいことを書きはじめると切りがない。この本をこのままの形で邦訳できるといいのだが、それが無理なら次善の策を考えるとしよう。(2006年6月18日)

【追記1】
 新装版《異色作家短篇集》の1冊『夜の旅その他の旅』(早川書房、2006)に当方が付した解説「生き急いだ作家――チャールズ・ボーモントの生涯」のこと。

【追記2】
 邦訳があるのは、当方の知るかぎり、「ロバータ」、「消えたアメリカ人」、「会合場所」、「悪魔が来たりて」、「無料の土」、「淑女のための唄」、「叫ぶ男」、「闇の旋律」、「魔術師」、「フェア・レディ」、「なんだってやれるんだから」、「飢え」、「ジャングル」、「越して来た夫婦」、「夢と偶然と」、「しのび逢い」、「血の兄弟」、「人里離れた死」、「黄色い金管楽器の調べ」、「夜の旅」、「とむらい」、「床屋の予約」と、この記事を書いた時点では未訳だった「ブラック・カントリー」、「ウィリー・ワシントンの犯罪」の24篇。

2012.12.14 Fri » 『ティンダロスの猟犬』

【承前】
 『千の脚を持つ男』関連の話をつづける。

 表題作に選んだフランク・ベルナップ・ロングの作品は、じつをいうと前にホラーSFアンソロジー『影が行く』を編んだときも候補にはいっていた。しかし、あのラインナップでは一枚落ちるし、既訳があるのもマイナスに働いて収録は見送ることにした。それなら未訳で同傾向の作品はないかと思って、ロングの短篇集 The Hounds of Tindalos (Belmomt, 1963) を読んでみた。

2007-10-19(Hounds)

 同書は1946年にアーカム・ハウスから出たロングの第一短篇集のペーパーバック版。元版が大部なので The Dark Beasts と二分冊になったうちの片割れである。といっても、親本を単純に割ったわけではなく、3篇を割愛したうえで配列を変えてある。ロング畢生の名作を表題作にしたこちらの片割れは、結果的に初期ロングのヴェリー・ベストになっている。

 さて、当方は『千の脚を持つ男』の扉裏解説でロングに「怪作王」の称号を奉りたい、と書いた。だが、むしろ「駄作王」、「愚作王」のほうがふさわしい――というのが、同書を読んだ感想である。
 とにかく凡庸な文章で、思いつきをストレートに書いたような作品ばかりなのだ。「ティンダロスの猟犬」や「千の脚を持つ男」は例外中の例外といっていい。

 参考までに同書の目次を当方の採点つきで書き写しておこう。題名のあとが点数で、5点満点である。

Dark Vision 1
The Black Druid 1
怪魔の森(別題 喰らうものども) 2
Grab Bags Are Dangerous 2
Fisherman's Luck 1
The Elemental 2
Golden Child 2
The Peeper 3
ティンダロスの猟犬(別題 ティンダロスの犬) 4

 ご覧のとおり、1点と2点のオンパレード。ちなみに、当方が1点をつけることは稀なので、よっぽどつまらかったらしい(内容はすでに忘却の彼方)。けっきょく前回はロングの作品を選べなかった。
 
 とはいえ、「怪物ホラー」をテーマにした今回は、最初から「千の脚を持つ男」の収録を決めていたし、既訳(追記参照)とは別ヴァージョンの原文テキストが手もとにあったので、それを底本に新訳を起こすことにした。この怪作をふたたび世に出せて、すごくうれしい。(2007年10月19日)

【追記】
 一字ちがいの「千の足を持つ男」堀内静子訳『ウィアード・テールズ2』(国書刊行会、1984)のこと。

2012.12.12 Wed » 『妖異の海を漂流中』

【前書き】
 以下は2006年6月28日に書いた記事である。海つながりで公開する。


 ウィリアム・ホープ・ホジスンの新しい傑作集 Adrift on the Haunted Seas (Cold Spring Press, 2005) を読んだ。

2006-6-28 (Adrift)

 あまり聞いたことのない版元だが、広告を見ると幻想文学関係の面白そうな本をいろいろと出している。ありゃ、1年くらい前に買ったケネス・モリスの Book of the Three Dragons もここの本だったのか。これは要注目のスモール・プレスだな。
 さて、本書だが、ダグラス・A・アンダースンという人の選で、この人の序文とホジスンの小説が18篇、詩が4篇おさめられている。定番をおさえたうえで、マニアックな作品を忍びこませるという意欲的な作りである。
 邦訳があるのは以下の13篇――「夜の声」、「暁に聞こえる呼び声」、「ジャーヴィー号の怪異」、「静寂の海から(第一部)」、「静寂の海から(第二部)、「漂流船」、「海藻の中に潜むもの」、「ランシング号の乗組員」、「グレイケン号の発見」、「熱帯の恐怖」、「漂流船の謎」、「石の船」、「帰り船〈シャムラーケン号〉」。
 
 じつは今度編むモンスター小説アンソロジー(追記参照)に使える作品がないかと思って読んだのだが、残念ながらそういう作品はなかった。
 
 未訳の作品5篇のうち4篇は、超自然の要素のない海洋小説。たとえば“Through the Vortex of a Cyclone”は、海上で巨大な颱風(サイクロン)に遭遇した帆船の話で、ストーリーと呼べるものはなく、ただひたすら嵐の描写がつづく。ほかも同工異曲。
 残る1篇は海洋怪談だが、凡作。
 さらに未訳だと思っていた作品“Demons of the Sea” は、読んでみたら邦訳のある「ランシング号の乗組員」の別ヴァージョンだと判明した。タコ人間が出てくるのですぐにわかったのだ。邦訳は、オーガスト・ダーレスが勝手に書き直したヴァージョンを基にしているのだが、わざわざ新訳するほどの作品でもない。

 収穫は書誌情報。作品の初出について、わが国で流布している情報は、ほとんどが再録を初出と勘違いしていることがわかった。ホジスンは1918年に亡くなっているので、1920年代の雑誌に初出の作品が多いのは、なんか変だと思っていたが、これで腑に落ちた。もっとも、真の初出は不明になってしまったのだが。

 再録時に改竄された劣悪ヴァージョンが、短篇集『海ふかく』(国書刊行会)のテキストであることもわかった。ダーレスは、ホジスン再評価に多大な功績があった人だが、テキスト・クリティックの面では困った人であったようだ。

 だからこそ原テキストを収録した本を出す意義があるのだが、こういう本を喜ぶのは、よっぽど奇特な人間にちがいない(ホジスンのエッセイ集など、限定150部だそうだ)。コアなホジスン・ファンは、世界じゅうに3桁かもしれない。なんか暗澹たる気分になってきた。(2006年6月28日)

【追記】
 怪物ホラー傑作選と銘打った『千の脚を持つ男』(創元推理文庫、2007)のこと。いい機会なので、この本に関する裏話をつづける。

2012.09.30 Sun » 『凶運の月』

 今晩は中秋の名月だという。
 そこで、月にまつわる小説を紹介したい。といっても当方がやることなので、とびっきりの怪作なのだが。アル・サラントニオの Moonbane (Bantam Spectra, 1989) である。

2012-5-7(Moon)

 そのむかし高田馬場にあった洋書店ビブロスでこの本を手にとったとき、ジム・バーンズの筆になる表紙絵を見て、「狼男が不死身になるため、スペースシャトルをハイジャックして月へ行く話だったらバカだよな」と思ったのだが、実物はもっとくだらなかった。

 物語は、ある月明かりの夜にはじまる。父親と幼い息子が星空をながめていると、夜空からつぎつぎと隕石が降ってくる。地上に落下した隕石から人狼が出現し、問答無用で人間を襲いはじめる。人狼に噛まれた人間はその同類と化すので、被害は増すばかり。じつは世界じゅうで同じ事態が起きており、文明は崩壊に追いこまれる。

 主人公の父子は、阿鼻叫喚の地獄のなか、必死の逃避行をつづける。その模様が迫力ある筆致で描かれており、けっこう手に汗握らせる。

 途中、地球に住んでいる狼は、大むかし月から来た人狼と、地球の犬とのあいだに生まれた雑種だという驚愕の真実も明かされる。狼が月に向かって遠吠えするのは、故郷を偲んでいるのだ!

 さて、父子はわずかに残った文明の拠点、ケープ・カナヴェラルへ逃げこむ。そこでは人狼族に復讐するため、月へ水爆を落としにいく準備が着々と進められていた。
 やがてスペースシャトルの打ち上げ。父親はクルーとしてシャトルに乗り組んでいるが、彼の体には小さな傷があった。人狼の牙がかすめたところに……。

 ストーリーだけとれば50年代B級SF映画みたいだが、文章はレイ・ブラッドベリばりの抒情派。なにかが根本的にまちがっているような気がしてならない。

 作者のサラントニオは、新進気鋭のホラー作家として将来を嘱望されていた人だが、けっきょく大成しなかった。わが国では短篇がいくつか訳されているほか、編集した巨大オリジナル・アンソロジー『999』(創元推理文庫・三分冊)が刊行されている。(2012年5月7日)

2012.09.08 Sat » 『サルナスをみまった災厄』

【前書き】
 ハミルトンのある短篇を話題にしたいのだが、元の日記が連想ゲームのようにして書かれているので、その前の日記を読まないと話がつながらない。いい機会なので、以下の記事も公開することにした。

 この記事は2007年12月15日に書いたものだが、竹岡啓氏からご教示を受けたので、それを踏まえて一部を書き改めた。追記の形にすると、かえってわかりにくくなるからである。竹岡氏に改めて感謝する。


 出たばかりの『ラヴクラフト全集 別巻下』(創元推理文庫)を読みおわった。
 国書刊行会から出た『定本ラヴクラフト全集』は、評論篇、詩篇、書簡篇だけを読んだという奇特な読者なので、今回はじめて読む作品が多かったのだが、ケニス・スターリングと共作した「エリュクスの壁のなかで」という作品がちょっと気になった。

 金星を舞台にした典型的なパルプSFで、作品としては可もなく不可もない。では、どうして気になったかというと、出てくる動植物の名前がSF関係者のもじりだと気づいたからだ。

 ラヴクラフトという人は意外にお茶目で、こういう楽屋オチをしばしば作中にとり入れる。僚友クラーク・アシュトン・スミスをもじった「アトランティスの大祭司クラーカシュ=トン」や高弟オーガスト・ダーレスをもじった「ダレット伯爵」といった人名が作中に出てくるのは、ご存じのかたが多いだろう。

 編者大瀧啓裕氏の解題を見たら、楽屋オチの趣向に触れてあったが、もじりらしい固有名詞8つのうち5つしか解説していない。残りが気になったので、元の綴りを確認するため、原文を収録した本を書棚から引っぱり出してきた。

 伝説的なバランタイン〈アダルト・ファンタシー〉シリーズ中の1冊、リン・カーター編の The Doom That Came to Sarnath (Ballantin, 1971) である。表紙絵はジャーヴァシオ・ギャラードー。参考までに裏表紙もスキャンして載せておく。

2007-12-5(Sarnath 2)2007-12-15(Sarnath 1)


 さて、問題の固有名詞だが、まず大瀧氏の解説している分から。原綴り、訳語、正体の順にならべる――

akman アクマン(F・J・アッカーマン)
tukah タカア(ボブ・タッカー、作家名ウィルスン・タッカー)
ugrat ウグラット(ヒューゴー・ガーンズバック)
farnoth-fly ファルノス蝿(ファーンズワース・ライト)
efjeh-weed エフジェイ草(F・J・アッカーマン)

 いずれも気色悪い動植物の名前。ちなみにウグラットは「ドブネズミのヒューゴー」から来ているそうで、これは解題を見るまで気づかなかった。ラヴクラフトはよっぽどガーンズバックが嫌いだったのだろう。

 つぎに解説のなかった分――

skorah スコラア(ウィリアム・S・シコラ)
Daroh ダロウ(ジャック・ダロウ) 
scificligh シフィクライ(サイエンス・フィクション・リーグ)

 上は当時のSFファンダムの大物で、数々の悶着を起こし、敵対関係にあったファングループをつぶしたシコラのことだと思う。「本物の肉食獣」と書かれているのでまちがいないだろう。
 真ん中は、やはり当時の大物SFファンで、下のグループの重鎮だった人。ちなみに、ほんとうの綴りは Darrow。
 下は「シフィクライ」という大瀧表記にまどわされてはいけない。素直に「サイフィックリグ」と読めば、当時のSFファン組織、「サイエンス・フィクション・リーグ」だとわかる。「泥に棲んでいる」動物だそうだ。

 ついでに書いておけば、当時のSFファン活動については、野田昌宏著『「科學小説」神髄』(東京創元社、1995)の第6章に詳しい記述がある。当方はこれを読んでいたので、上の名前に気づいたのだった。

 さらに、余談だが、同書にはリン・カーターが懇切丁寧な解説を付している。この作品に付された部分を見ると、カーターは何度かスターリングと会ったことがあり、夫妻を自宅に招いたこともあるそうだ。
 1970年に開かれたSF大会で、スターリングが若いファンに無視されているのを見てカーターは悲しくなる。そして思うのだ、自分たちと同年代のとき、スターリングがラヴクラフトその人と共作した事実を知ったら、この若いファンたちはどんなに驚くだろうかと、と。(2007年12月15日)

【追記】
 書き忘れていたが、The Doom That Came to Sarnath (1971) は、リン・カーターが編んだH・P・ラヴクラフト作品集で、主に異世界ファンタシー系を集めている。全部で20篇が収録されており、そのうち3篇が共作/代作である。

2012.08.22 Wed » 「ヒルビリー・ジョンの伝説」

 以前マンリー・ウェイド・ウェルマンの《シルヴァー・ジョン》シリーズについて書いた。ギターをかかえてアパラチア山地を放浪する風来坊が、行く先々で出会う怪異をつづったシリーズで、飄々とした味わいが高く評価されている。シルヴァー・ジョンという名前は、そのギターに銀の弦が張ってあることからきており、これが魔物退治に役立つのだ。

 このシリーズは1970年代に映画になったのだが、わが国ではTV放映をふくめて未公開。もちろん当方も見たことがなかったが、今回、添野知生氏のご厚意で見ることができた。先の日記を読んで、わざわざアメリカからヴィデオを取り寄せ、ついでに当方の分もDVDにダヴィングしてくださったのである。まずは感謝するしだい。

 その映画が The Legend of Hillbilly John である。公開を1973年としている資料が多いが、じつは複雑な事情があり、そうとはいいきれない(この点については後述する)。監督ジョン・ニューランド。脚色メルヴィン・レヴィ。出演ヘッジ・ケーパーズ、スーザン・ストラスバーグ、アルフレッド・ライダー他。と資料を書き写しただけで、詳しいことはなにひとつ知らないのだが。

 ウェルマンの原作から発表順で第一話「ヤンドロー山の頂上の小屋」と第二話「おお醜い鳥よ!」を採り、オリジナル・エピソードを加えてオムニバス風に構成した87分の映画。
 正直いって出来のほうはイマひとつで、まあこういう映画もあることさえ憶えておけばいいと思う。
 
 最大の問題は脚本、とりわけオリジナル・エピソードにある。ジョンが銀の弦を作る経緯を描いた冒頭のエピソード、南部の綿花地帯でヴードゥーがらみの事件に書きこまれる最後のエピソード、ともに原作の味わいを殺してしまっている。ジョンは来歴不明の風来坊だから魅力的なのだし、その物語は舞台がアパラチア山中だから説得力を持つのだ。

 もうひとつがっかりしたのはロケーション。アパラチア山地の雄大な風景が見られるかと思ったら、大半は安っぽいセット撮影か、その辺の田舎の風景であった。低予算だから仕方ないにしても、シリーズの大きな魅力が消えてしまっている。
 
 強いて美点をあげれば、オリジナルの挿入歌がなかなかいいのと、怪鳥のぎごちない人形アニメーションに素朴な味わいがあることか。
 あんまり悪口はいいたくないが、原作者のウェルマンが出来を不満に思っていたというのもうなずけるのであった。

蛇足
 問題の製作年について、ウェルマンの書誌から関連の記述を書き写しておく。ご参考までに。

WHO FEARS THE DEVIL [freely adapted from A39 & A142]
film adaptation by Harris/Two's Company, directed by John Newland and starring Susan Strasberg, Denver Pyle and Percy Rodriguez. Release in 1972; re-edited and re-released in 1975 as THE LEGEND OF HILLBILLY JOHN. Also released as MY NAME IS JOHN.

 文中のA39 とA142 は上記シリーズ第一話と第二話をさす。(2009年4月17日)

【追記】
 〈ミステリマガジン〉2007年2月号が「モンスター大集合」という特集を組んだとき、小山正氏が「ミステリ・ファンに捧げるモンスター映画10選」という一文を寄せ、「抒情豊かな民俗派モンスター」としてこの作品をとりあげていた。

 さて、ウェルマンといえば、もうひとつ紹介したいシリーズがあるのだが、元の日記の流れのせいで、すこし遠まわりしなくてはならない。つぎから話題が変わるが、そのうちウェルマンの話になるので、そのつもりでお読みください。


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