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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.02.24 Sun » 『地球の頭脳たち』

 昨日の記事にまちがいがあったので、訂正する。

 ハヤカワ文庫から『ノパルガース』という題名の本が出ると聞いて、単純に Nopalgarth : Three Complete Npvels (DAW, 1980) の翻訳だと思ったのだが、そうではないとのこと。Nopalgarth は短い長篇を三つ収録した合本なのだが、その表題作だけの翻訳だという。

2009-7-12(Nopalgarth)

 じつは Nopalgarth という作品は、この本にはいる前は The Brains of Earth という題名で世に出ていた。初版は1966年に出たエースのダブルだが、あいにく所有していない。当方がほかに持っている版は、短篇集 The Worlds of Jack Vance (Ace, 1973) 収録ヴァージョンだけである。
 やっぱりエース版がほしいなあ。

 下の画像はFantastic fictionから借りてきたもの。1975年にデニス・ドブスンから出たイギリス版ハードカヴァーだそうだ。当方もはじめて見たので貼っておく。この絵の意味は、作品を読むとわかる。

2009-7-12(Brains)

(2009年7月12日)


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2013.02.23 Sat » 『宇宙の食人植物/イスズムの館』

【前書き】
 以下は2009年7月11日に書いた記事である。誤解なきように。


 蔵書自慢。ものはジャック・ヴァンスの Son of the Tree と The Houses of Iszm の合本である。悪名高いエースのダブル・ブックとして1964年に刊行されたもので、F-265 という番号が付いている。表紙絵はジャック・ゴーハンだが、見てのとおり、まったくやる気がない。

2009-7-11(Son of)2009-7-11(House)

 どちらも典型的なヴァンス流スペースオペラ。つまり、西部劇ではなくエスピオナージュ風味が濃厚な点に特徴がある。近く翻訳が出るようなので、内容の紹介は割愛しよう。8月にハヤカワ文庫SFから出る『ノパルガース』に収録されているはずである(追記1参照)。

 ちなみに前者はダン・シモンズ《ハイペリオン》2部作の霊感源のひとつだと思しい。
 このショート・ノヴェルは「宇宙の食人植物」という題名で邦訳されたことがある。久保書店のSFノベルスにジョン・W・キャンベル・ジュニア『太陽系の危機』という本があるのだが、そこにカップリングで収録されているのだ。ただし、表紙や扉にはその旨が記載されていない。
 同様のケースはほかにもあり(追記2参照)、久保書店の編集部はなにを考えていたのか理解に苦しむ。(2009年7月11日)

【追記1】
 これは当方の勘違いだった。『ノパルガース』という本が出ると聞いて、Nopalgarth: Three Complete Novels の翻訳だと思ったのだが、そうではなかったのだ。くわしいことは、つぎの記事で説明する。

【追記2】
 アラン・E・ナース『謎の恒星間航法』にアレグザンダー・ブレイドの「黒い惑星が」、マイクル・コリンズの『ルーカン戦争』にリイ・ブラケットの「アステラーの死のベール」が、それぞれ併録されている。

2013.02.22 Fri » 『緑魔術』

 ヴァンスの傑作集的意味合いの本をもう1冊。Green Magic: The Fantasy Realms of Jack Vance (Underwood-Miller, 1979) がそれだ。ただし、当方が持っているのは、88年にトアから出たペーパーバック版。ロドニー・マシューズの表紙絵が美しいが、愚劣なデザインでだいなしになっているのが惜しい。

2009-7-26(Green)

 ポール・アンダースンの前書き、ジョン・シャーリーの序文つき。
 収録作はつぎのとおり――

1 緑魔術
2 奇跡なす者たち
3 月の蛾
4 The Mitr
5 無因果世界
6 エルンの海
7 The Pilgrims  《滅びゆく地球/キューゲル》
8 The Secret
9 無宿者ライアーン 《滅びゆく地球》

 副題からわかるとおり、ファンタシー傑作選なのだが、見てのとおり、SF傑作選と大差ない。まあ、ヴァンスの場合、本質的にファンタシー作家であり、宇宙船や超能力が出てくるからSFに分類されているだけなので、当然といえば当然だが。
 やっぱり「月の蛾」がはいっている。

 未訳について触れておくと、4は異郷の情景描写だけで構成された実験的な作品(追記参照)。7は《キューゲル》シリーズのなかでも一、二を争う痛快篇。8は南の島を舞台に、不気味な風習を描いた民俗学的ファンタシー。
 これはいい短篇集だ。このまま邦訳を出したいくらい。(2009年7月26日)

【追記】
 のちにヴァンス傑作選『奇跡なす者たち』(国書刊行会、2011)に訳出された。訳題は「ミトル」である。

2013.02.21 Thu » 『ジャック・ヴァンス傑作選』

 ヴァンスの傑作選といえば、そのものズバリの題名の本が出ている。The Best of Jack Vance (Pocket,1976) がそれ。ヴァンスの前書き、バリー・N・マルツバーグの序文つきだが、どちらも短すぎて読み応えはない。ただし、各篇に作者の覚え書きがついていて、そちらは面白い。

2009-7-25(Best of Vance)

 目次はつぎのとおり。例によって発表年と推定枚数を付す――

1 光子帆船25号 '62 (70)
2 Ullward's Retreat '58 (40)
3 最後の城 '66 (170)
4 アバークロンビー・ステーション '52 (180)
5 月の蛾 '61 (100)
6 Rumfuddle '73 (160)

 傑作選とはいいながら、The Worlds of Jack Vance との重複を避けたのか、いまひとつ物足りないラインナップ。
 ジェリー・ヒューエット&ダリル・F・マレットの書誌 The Work of Jack Vance の記述によれば、「ココドの戦士」と“Alfred's Ark”の収録が予定されていたのだが、出版社の意向で割愛されたとのこと。
 それでも「月の蛾」は収録されている。

 未訳作品について触れておくと、2は都市化の弊害をテーマにしたいかにも50年代という風刺SF。Author's Choice という作者自選作アンソロジー・シリーズにヴァンスがこの作品を選んでいて驚いたことがある。というのも、あまりヴァンスらしくないし、出来もよくないからだ。出来の悪い子ほど可愛いのか、それとも、ほかに再録の機会がない作品で稼ごうとしたのか。作者自選というのは、どうも信用が置けない。

 6は、ひょっとするとダン・シモンズ《ハイペリオン》シリーズの霊感源のひとつかもしれない。
 小型の超空間ゲート(要するに「どこでもドア」ですね)が実用化され、人類が宇宙全体に散らばっている未来。主人公ギルバート・デュレイは、自然のままの惑星を私有し、家族4人だけで牧歌的な生活を送っている。あるとき、仕事を終えて地球から自分の星へ帰ろうとすると、すべてのゲートが閉ざされているのに気づく。いったいだれの仕業なのか? 惑星に孤立した妻エリザベスと娘3人は無事なのか?
 というわけで、主人公が右往左往しながら真相を探っていくミステリ仕立てのノヴェラ。超空間ゲートというガジェットがはらむ可能性を追求した本格SFだが、最後に明かされる真相には唖然とする。じつは主人公やその妻の名前が伏線になっているのだが、それに気づく読者はいないだろう。(2009年7月25日)


2013.02.19 Tue » 『幻影と魔法』

 前の記事でとりあげた作品集は、Fantasms and Magics: A Science Fiction Adventure. (Mayflower, 1978) としてイギリス版が出たが、題名から察しのつくとおり、2篇を削除した簡約版である。

2009-7-20(Fantasm)

 収録作品はつぎのとおり――「奇跡なす者たち」、「五つの月が昇るとき」、“Noise”、「新しい元首」、「スフィアーの求道者ガイアル」、「無因果世界」(追記参照)

 さて、この本は思い出深い本である。というのも、当方が最初に手に入れたヴァンスの本だからだ。記憶は定かではないが、神保町の三省堂で買ったのだと思う。
 とはいえ、当時の語学力ではまるっきり歯が立たず、ちゃんと読み通したのは、それから何年もたってからだった。そのころには「奇跡なす者たち」が、酒井昭伸氏の麗訳で読めるようになっていたので、英語で読んだ部分は半分に満たないのだが。

 苦労して読んだのに、当時はまだ邦訳のなかった「新しい元首」などは、さっぱり面白いと思えず失望した。浅倉久志先生と話す機会があったとき、ヴァンスの話題になってこの作品を酷評したら、浅倉先生はお好きだとのことで、大いにあせったものだった。

 ともあれ、ヴァンスの作品を訳したくて、なんとかなりそうな短篇を訳すことにした。それが「五つの月が昇るとき」なのだが、その話はつぎの岩につづく。(2009年7月20日)

【追記】
 前の記事で書いたとおり、“Noise”も「音」として訳出された。

2013.02.18 Mon » 『八つの幻影と魔法』

 ヴァンスがらみの話をつづける。

 ヴァンス傑作集的な意味合いの本に Eight Fantasms and Magics (Macmillan, 1969) というのがある。もっとも、当方が持っているのは、例によって1970年にコリアーから出たペーパーバックだが。

2009-7-18 (Eight)

 短い「まえがき」につづき、以下の作品が収録されている。例によって発表年と推定枚数を付す――

1 奇跡なす者たち '58 (205)
2 五つの月が昇るとき '54 (40)
3 Telek '52 (185)
4 Noise '52 (35)
5 新しい元首 '51 (70)
6 Cil '66 (70) *《滅びゆく地球/キューゲル》
7 スフィアーの求道者ガイアル '50 (120) *《滅びゆく地球》
8 無因果世界 '57 (25)

 未訳のうち3は、分類すれば超能力ものということになるだろう。表題のテレックはテレキネシスの略で、この場合は超能力者を意味する。彼らが貴族階級として君臨している未来を舞台に、その圧政を打破しようとする者たちの活躍が描かれる。
 じつはヴァンスの長篇はこのパターンが多い。つまり、厳格な階級制度が敷かれている未来社会を舞台にした革命の物語。この作品は、それらの原型と考えていいだろう。とはいえ、当方はこの系統にあまり魅力を感じない。

 4は異星に不時着した宇宙船の話。形はSFだが、内容は純然たるフェアリー・テールで、ヴァンスが手の内を見せた感のある短篇(追記参照)。
 6は《キューゲル》ものの痛快篇。

 簡単にいえば、ヴァンス作品のショーケース的な作品集である。内容はかなりいい。(2009年7月18日)

【追記】
 この後ヴァンス傑作集『奇跡なす者たち』(国書刊行会、2011)に本邦初訳作品として収録された。訳題は「音」である。


2013.02.17 Sun » 『ジャック・ヴァンスのいろいろな世界』

【承前】
 ジャック・ヴァンスの短篇集 The Worlds of Jack Vance (Ace, 1973) を紹介しよう。じつは、畏れ多くも浅倉久志氏からいただいた本なのだ。

2009-7-17(Worlds of Vance)

 話は20年ほど前にさかのぼる。あるとき浅倉さんから電話があって、今夜衛星放送でやる映画、ヴィスコンティ監督の「山猫」を録画してくれないかと頼まれた。あとでわかったのだが、浅倉さんは当時ポーリン・ケイルの映画評論集『映画辛口案内』(晶文社)を翻訳されていて、そのなかでこの映画がとりあげられていたのだ。いまとちがってソフトが手にはいりにくかったのだが、浅倉さんは論じられる映画の現物を極力観て(あるいは観直して)おこうとされていたのだった。

 ともあれ、偉大な先輩の役に立つのがうれしくて、録画したVHSテープを翌日お送りしたら、そのお礼ということでこの本をいただいたのだ。もちろん、当方がヴァンス・ファンだと知ってくださっていたからだ。ああ、ヴァンス・ファンでいてよかった。

 目次はつぎのとおり――

保護色
月の蛾
新しい元首
悪魔のいる惑星
無因果世界
ココドの戦士  *《マグナス・リドルフ》
The King of Thieves  *同上
とどめの一撃  *同上
ノパルガース

 一見、ヴァンス傑作選のように思えるが、じつはエースのダブルで出た The World Between and Other Stories (追記参照)と The Brains of Earth を合わせ、宇宙探偵《マグナス・リドルフ》シリーズから3篇選んできて加えただけの安易な編集。本書のための序文もついてないし、手抜きの感は否めない。もっとも、こういう文句をいう読者は当方くらいかもしれないが。

 その代わり質は高くて、いずれもカラフルなヴァンス流宇宙小説。とりわけ「月の蛾」、「新しい元首」、「無因果世界」あたりは、ヴァンス傑作選に指定席を約束されている。国書刊行会から刊行が予定されている作品集『奇跡なす者たち』にもはいると睨んでいるのだが、予想は当たるだろうか(追記2参照)。(2009年7月17日)

【追記】
 このダブル・ブックについては2012年4月18日の記事で紹介した。

【追記2】
 予想どおり「月の蛾」と「無因果世界」は収録された。「保護色」もはいった。
 聞くところによると、「新しい元首」は、ほかの本にはいる予定があったので見送られたとのこと。しかし、その本はまだ出ていない。関係者には猛省をうながしたい。

2013.02.16 Sat » 『ジャック・ヴァンスの作品』

 浅倉久志先生からジャック・ヴァンスの書誌をいただいたことがある。ジェリー・ヒューエット&ダリル・F・マレット編 The Work of Jack Vance (Borgo Press, 1994) という本だが、ちょっとそのことを書きたい。

 あるとき浅倉さんから大きめの書籍小包が届いた。訳者謹呈本なら出版社から届くのがふつうだが、これはご本人から。なんだろうと思って封をあけたら、ヴァンスの書誌がはいっていたのである。

2013-2-14 (Wok)

 浅倉さんのメッセージが添えられていて、それによると「ヴァンス・ファンのみなさまにさしあげようと思って注文した」そうで、わざわざ贈ってくださったのだ。しかも「酒井さんと白石さんにもお送りしました」と書いてある。もちろん、酒井さんは酒井昭伸氏、白石さんは白石朗氏のことだ。

 これを読んで、当方は天にも昇る心地になった。なぜなら、浅倉さんが当方をヴァンス・ファン仲間として認めてくださり、敬愛する先輩方と同列に置いてくれたのだから。うれしくてうれしくて、本を持って部屋のなかを歩きまわったのを思いだす。

 その酒井、白石、当方が国書刊行会の《ヴァンス・コレクション》を担当することになったのは、奇遇というべきか、それとも必然というべきか。浅倉さんの遺志を継ぐといえば烏滸がましいが、この企画を成功させることが浅倉さんへの恩返しになるのだから、あらためて、やる気が湧いてくる。

 おっと、本の紹介を忘れるところだった。
 これはボルゴ・プレスが出していた《現代作家書誌》シリーズの第29巻。大判トレードペーパー(ほかにケースつきの愛蔵版や、ハードカヴァー版があるらしい)で、約300ページ。ロバート・シルヴァーバーグの序文、ティム・アンダーウッドの跋文つきである。

 内容は大きく14部に分かれていて、「書籍」、「短篇」、「詩歌」、「雑文」、「その他のメディア」といった部門ごとに詳細きわまりないデータが羅列される。
 ヴァンスの書誌としては、ダニエル・J・H・レヴァック&デイヴィッド・アイルランド編の Fantasms (Underwood-Miller, 1978) というすごい本があるので、それを補完したうえで、あえて差別化を図った節がある。

 たとえば「地図と素描」というセクションがあって、ヴァンスが創作メモの一環として描いた地図やスケッチがリスト・アップされている。もちろん、未発表のものばかりだ。この一事をもってして、本書がいかにマニアックなものか、おわかりだろう。「誤ってヴァンス作とされた作品」のリストまであり、4作があげられている。

 あるいは、書かれずに終わったミステリ長篇の梗概が付録として載っている。これが粗筋のレヴェルを超えて、会話まで書きこまれた草稿。ちょっと驚いた。

 図版満載のレヴァック&アイルランドの書誌とは対照的に、図版が1枚も載っていない無愛想な本だが、ヴァンス・ファンにとっては宝物庫のような書誌である。この本を贈ってくださった浅倉さんに、あらためて感謝を捧げたい。(2013年2月月14日)

2012.04.26 Thu » 『ジャック・ヴァンスの宝』

 テリー・ダウリング&ジョナサン・ストラハン編 The Jack Vance Treasury (Subterranean, 2007)がとどいた。白石朗さんに教えてもらって、あわてて買った本である。

2007-5-6(Vance Treasury)

 表題どおり、ジャック・ヴァンスの傑作集。大判ハードカヴァーで630ページを超えるヴォリュームに、1950年から1977年にかけての中短篇18篇を集めている。邦訳がある作品は、掲載順につぎのとおり(追記参照)――

「竜を駆る種族」「無宿者ライアン」「光子帆船25号」「海への贈り物」「奇跡なす者たち」「スフィアーの求道者ガイアル」「ココドの戦士」「天界の眼」「無因果世界」「新しい元首」「月の蛾」「最後の城」

 ご覧のとおり、ザ・ベスト・オブ・ベストと呼べる選択(拙訳が2篇はいっているので鼻高々)。未訳の6篇もそれに準ずるので、だれが選んでもこれに近いものになるだろう。したがって新味はない。
 
 だが、それでもファンには必携の1冊である。なにしろ、ヴァンスに私淑するジョージ・R・R・マーティンが賛を寄せ、編者コンビが熱っぽい序文を書いているうえに、ヴァンスが珍しく生い立ちを語ったエッセイが収録されている。おまけに作者自身のコメントをいろんなところから集めてきて、各篇に付しているのだ。このおまけだけで大枚はたく価値はある。オーストラリア人コンビえらい。

 というわけで、付録の部分だけ読んだ。収録作はすべて読んでいるので、もうこの本を読むことは一生ないだろう。それでも、手元には常に置いておくつもり。もちろん、撫でさするためである。(2007年5月6日)

【追記】
 この後「音」と「ミトル」の2篇が『奇跡なす者たち』(国書刊行会)に訳しおろされた。

 さて、ヴァンス・シリーズは、つづけようと思えばあと50回くらいつづけられるのだが、この辺で目先を変えよう。「宝」つながりで、べつのカルト的人気を誇る作家に話題を移す。乞御期待。



 

2012.04.25 Wed » ヴァンス自伝読了

【承前】

 ジャック・ヴァンスの自伝 This Is Me, Jack Vance! (2009) がヒューゴー賞関連書籍部門を受賞したそうだ。
 このめでたいニュースに接して、1年近く前に買ったきり放置してあった同書をあわてて読んだ。

 待望の自伝だが、期待した内容とはちょっとちがった。というのも、作家になるまでの生い立ちと、作家になったあと世界じゅうを旅した思い出話で大半が占められているからだ。創作の裏話のようなものはほとんどない。

 もっとも、内容は面白くて、これまで知られていなかったヴァンスの人となりがよくわかった。
 たとえば、戦時中に徴兵逃れで船員になったが、弱視という欠点がある。視力検査表を暗記して、とりあえず検査にはパスしたが、見張りに立っても役に立たない。何度も船をほかの船に衝突させそうになったという。
 で、見張りのときなにをしていたかというと、コルネットの練習をしていたというのだ。このスチャラカぶり。まるっきりキューゲルではないか。

 この調子で書いているときりがないので、最後にSFファン向けのエピソードを引用しておく。1952年ごろの話だ――

 〈サンタ・ローザ・プレス・デモクラット〉紙の記者がインタヴューにきて、記事が新聞に掲載されたとき、見出しはこうなっていた――「SF作家は空飛ぶ円盤の専門家だ!」
 もちろん、これはばかげていた。なにしろ、空飛ぶ円盤の話などまったくしなかったのだから。記者の名前はフランク・ハーバートといった。(2010年9月7日)