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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.11.30 Fri » 『アトランティスのエラーク』

 パイゾというゲーム系の出版社が《プラネット・ストーリーズ・ライブラリ》という叢書を出している。そのうちの1冊が、ヘンリー・カットナーの Elak of Atlantis (Paizo, 2007) だ。

2008-10-2 (Elak)

 これはうれしい本である。というのも、カットナーは修業時代、ポスト・コナンをねらってヒロイック・ファンタシーに手を染め、ふたつのシリーズを遺したが、本書はその全6作を集大成したものだからだ。この6作が1冊にまとまるのは世界初の快挙である。
 収録作はつぎのとおり――

《アトランティスのエラーク》
暁の雷鳴
ダゴンの末裔
不死鳥の彼方
ドラゴン・ムーン
《レイノル王子》
呪われた城市
暗黒の砦

 じつは《エラーク》シリーズの4篇は、本書と同題の連作集 Elak of Atlantis (Gryphon Books, 1985) として1冊にまとまったことがある。ただし、これはファン出版社が出した500部限定版。稀覯本の類で、当方も入手できずにいた(追記参照)。
 そこへ《レイノル王子》シリーズも合わせた版が出たわけで、これは飛びつくしかない。原文テキストは、各種のアンソロジーに載ったものを所有しているが、これでいちいちアンソロジーを何冊も引っぱりだす面倒が省けるというもの。

 だが、本書には書誌データに誤りがあって、そこが玉に瑕である。というのは、《レイノル王子》シリーズの初出が〈ウィアード・テールズ〉になっているからだ。いうまでもなく、その競合誌〈ストレンジ・ストーリーズ〉が正しい。
 ついでに書いておくと、序文を担当したジョー・R・ランズデイルは〈ストレンジ・テールズ〉と誤記している。混同しやすいが、両者はまったく別物なのである。

 ついケチをつけてしまったが、ランズデイルの序文はSFファン気質まるだしでカットナー再評価を訴えるものであり、少々意外だった。なにか憎めないやつだと思っていたが、なんだ同じ穴の狢だったのか。
 それにしても表紙に Author of THE LAST MIMZY とあるのが、なにか哀れ。(2008年10月2日)

【追記】
 念のために調べたら、《レイノル王子》シリーズ2篇も同じ出版社から Prince Rynor (1987) として500部限定で刊行されていたほか、ボルゴ・プレスからも同年にハードカヴァーが出ていたとわかった。

2012.11.09 Fri » 『影のジャック』

 今回は懺悔の巻。まずはロジャー・ゼラズニイのヒロイック・ファンタシー『影のジャック』(1971)の表紙絵を見てほしい。初版はウォーカーのハードカヴァーだが、これは72年に出たシグネット版ペーパーバックの表紙。

2006-6-14(Jack of Shadows)

 画家の名前の記載はないが、当方はこの絵をディロン夫妻の絵だと思っていた。ところが、今回ちゃんと調べたら、ボブ・ペッパーという画家の作品だと判明した。

 ボブ・ペッパーといえば、これも伝説の叢書、《バランタイン・アダルト・ファンタシー》シリーズの表紙絵をたくさん描いていた画家だ。この人の絵は見慣れていたはずなのに、ちょっと作風が変わっていたので、まったく気づかなかった。「おれの目は節穴か」と恥じ入るばかりだ。
 
 じつは7月29日に公開した記事でも同じ勘違いをやらかしていた。ここにお詫びして訂正するしだい。深謝。

 余談だが、主人公の名前は、偉大な先達、ジャック・ヴァンスへのオマージュだそうだ。もっとも、中身のほうは全然ヴァンスらしくない。いわゆる〈剣と魔法〉だと思っていると、びっくりすること請け合いである。(2006年6月14日+2012年11月5日)

【追記】
書き忘れたが、本書は邦訳がある。荒俣宏訳『影のジャック』(サンリオSF文庫、1980)である。

 ちなみに、岡田英明(鏡明)氏が〈SFマガジン〉1973年6月号の「SFスキャナー」欄で本書をとりあげていた。そのときこのシグネット版と、初出の〈F&SF〉の書影が載っており、色のわからない写真を飽かずに眺めたものである。のちに両方とも手に入れたが、とりわけ本書の色使いには感激した。


2012.11.02 Fri » 『黒衣の旅人』

 前回ジョン・ブラナーの《黒衣の旅人》シリーズについて触れたが、知らない人が多いと思うので紹介しておく。

 ブラナーといえばSF作家の印象が強いが、これは純正ファンタシーの連作。黒衣の旅人という謎の人物が、永劫の時をさすらいながら、混沌/エントロピーと闘い、人間を守護しようとする物語で、舞台となる異世界を造ったのが黒衣の旅人自身だとほのめかされる。
 活劇タイプの〈剣と魔法〉ではないが、ヴァンスの諸作やムアコックの《エターナル・チャンピオン》ものと似た感触がある。黒衣の旅人は人間の味方だが、その愚かさに諦念をいだいており、悪人には容赦がない。そのため、非常にブラックな味わいとなっている。

 シリーズ第一作は1960年に〈サイエンス・ファンタシー〉に発表されたが、シリーズ化は考えていなかったらしく、これだけほかとは毛色がちがう。その6年後に第二作(昨日題名が出た〝Break the Door of Hell〟)が前掲誌の後身〈インパルス〉に発表され、その続編が70年と71年に〈ファンタスティック〉に発表された。この4作をまとめたのが The Traveler in Black (Ace, 1971) というわけだ。クレジットはないが、表紙はディロン夫妻だと思う。

2006-5-28(Traveller)

 この後1986年に1篇を増補した The Compleat Traveller in Black (Bluejay) が出たが、そちらは持っていない。
 というのも、あまり面白くなくて、増補版を買う気は起きないからだ。
 黒衣の旅人自身は基本的に傍観者であり、人間の愚行が延々と列挙される。その羅列のしかたが単調で、盛りあがりに欠けるのだ。リン・カーターが『ファンタジーの歴史――空想世界』(東京創元社)のなかで誉めていたので飛びついたが、期待はずれであった。傑作はそう簡単には見つからないのである。(2006年5月28日)


2012.10.08 Mon » 『最後のコール』

 1993年にサンフランシスコで開かれた世界SF大会に参加したとき、ティム・パワーズのサインをもらった。「あなたの本を訳した者だ」と自己紹介したので(追記1参照)、「おれの本を訳すはめになったとは、ご同情申しあげる」と書いてくれた。
 しかし、本の向きが逆さま。ほかのサインを見てもそうなので、やっぱり変わった人なのだろう。

2005-7-26(Last Call 2)

 パワーズがフリッツ・ライバーのファンだと知っていたので、「サンフランシスコといえば、フリッツ・ライバーの街ですねえ」と話をふったら、明らかにこちらを見る目が変わったのを憶えている。そのあとは楽しく話ができたので、ライバーさまさまである。

 本は当時の最新作 Last Call (Willim Morrow, 1992) のペーパーバック版(Avon, 1993)。いま考えればハードカヴァーでなくて失礼だったと思うが、貧乏なのでハードカヴァーを買うという発想がまるでなかったのだ。

2005-7-26(Last Call)

 表題の call はポーカー用語の「コール」。ラスヴェガスを舞台に放浪のギャンブラーが、何千年も生きている「悪の漁夫王」と戦う話で、パワーズがはじめて現代史に材をとり、のちの路線を拓いた意欲作である(追記2参照)。ちなみに世界幻想文学賞受賞作。

 じつは刊行当時、当方がリーディングを担当し、「面白いことは面白いが、日本ではまず受けないので、邦訳を出すまでもない」という評価を下した。この本を面白がるには、伝説のギャングスター、バグジー・マローンとラスヴェガスの関係、エリオットの詩「荒地」、アーサー王伝説と漁夫王、ポーカーとタロー・カード、ユング派心理学/神話學の知識があったほうがいいからだ。
 上記の判断が間違っていたとは思わないが、それ以後パワーズの邦訳が途絶えたことを考えると、慚愧の念に堪えない。
 ごめん、パワーズさん、おれが悪かった。(2005年7月26日)

【追記1】
 18世紀のカリブ海を舞台にしたファンタシー『幻影の航海』(ハヤカワ文庫FT、1991)のこと。のちに映画化に合わせ『生命{いのち}の泉』(同前、2011)と改題のうえ再刊された。

【追記2】
 続篇 Expiration Date (1995) と Earthquake Weather (1997) が出て三部作となった。続篇は2冊ともローカス賞を受賞しており、この三部作への評価は非常に高い。


2012.10.07 Sun » 『奇妙な旅程』

 せっかくなので、ブレイロックの盟友ティム・パワーズの短篇集 Strange Itineraries (Tachyon, 2005) も紹介しておこう。
 版元は新興のスモール・プレス。ここの本は何冊か持っているが、すべて版型がちがうのが面白い。本書は薄手で大判のペーパーバックである。

2007-1-6(Strange)

 ポール・ディ・フィリポが序文を書いていて、パワーズの中短篇が9篇収録されている。うち3篇はジェイムズ・P・ブレイロックとの共作。パワーズは長篇型なので、短篇はこれですべてらしい(追記参照)。ちなみに「遍歴」と「丘をおりる道」は邦訳がある。

 収録作品のほとんどは、ゴースト・ストーリーといえる。とはいえ、ホラーではない。幽霊は出てくるが、その出現がもたらす恐怖が主眼ではないのだ。
 つまり、確固たる現実に超自然が裂け目を入れるところから生ずる恐怖を描くのがホラーなら、現実の輪郭があやふやで、常にゆらいでいる異界との境目を描くのがパワーズのゴースト・ストーリーなのだ。時間をテーマにした作品が多いので、SFに近い印象がある。版元は本書を「サイエンス・フィクション/ダーク・ファンタシー」に分類しているが、まさにその通りである。

 とはいえ、長篇型の作家だけあって、短篇はいまひとつ。どれも悪くはないが、「これぞ傑作!」と叫びたくなるような作品もない。強いていえば、ブレイロックとの共作“Fifty Cents”がいちばん面白い。時間ループを題材に、ひとりの男の悪夢めいた体験を描いた作品である。
 
 ところで、パワーズの作品には「亡妻オブセッション」とでもいうべきものが存在するが、本書も例外ではない。収録作品のほとんどで、主人公の男は妻と死に別れているのだ。
 93年にパワーズに会ったとき、この点について訊いてみたが、答えをはぐらかされた。隣にいた奥さんを指して、「こちらがあなたの亡くなられた奥さんですか」とジョークをいったら、奥さんが「わたしは死んではいませんよ」と返してくれた。いまでは懐かしい思い出である。(2007年1月6日)

【追記】
 それ以後に書かれた作品は、短篇集 The Bible Repairman and Other Stories (Tachyon, 2011) にまとめられた。


2012.10.06 Sat » 『十三の幻影その他の短篇』

 ジェイムズ・P・ブレイロックの短篇集 13 Phantasms and Other Stories (2000) を読んだ。
 初版はエッジウッド・プレスという小出版社のハードカヴァーだが、2003年にエースからトレード・ペーパーバックが出て、2005年にマスマーケット版が出た。当方が持っているのは、もちろん最後の版である。

2007-1-2(13 Phantoms)

 本書はブレイロックの第一短篇集で、1977年に〈アンアース〉に発表されたデビュー作から1998年発表の近作まで16篇を集めている。うち2篇がティム・パワーズとの共作。
 邦訳があるのは「十三の幻影」、「偶像の目」、「ペーパー・ドラゴン」の3篇。
 ちなみに「偶像の目」は『ホムンクルス』でおなじみのセント・アイヴスが活躍する話であり、同シリーズに属す作品はほかに2篇収録されている。“The Ape-Box Affair”のほうは、オランウータンを宇宙人と勘違いしたことから巻き起こるドタバタ、“Two Views of a Cave Painting”のほうは、原始人が洞窟壁画を描いてる現場を見にいく時間旅行譚。この3篇は、本書のなかでは異彩を放っている。

 というのも、通読してわかったのだが、ブレイロックの本領はノスタルジックなダーク・ファンタシーにあるからだ。誤解を恐れずにいえば、レイ・ブラッドベリに似た資質の持ち主である。ただし、ブラッドベリの心の故郷が1920年代のイリノイ(田園)であるのに対し、ブレイロックの心の故郷は1950年代のカリフォルニア(郊外)。このちがいが意外に大きくて、ブレイロックの作品のほうが深い喪失感と苦みをたたえることになる。荒廃の進み具合が早く、大きいからだ。
 その意味で集中ベストは表題作。次点はトリを飾る“Unidentified Object”だろう。

 前者は発表当時に読んで気に入って、〈SFマガジン〉に邦訳を載せたことがある(追記1参照)。古いSF雑誌が鍵になるジャック・フィニイばりのタイムスリップもの。後者は、街に住む変わり者を中心にした青春小説とでもいおうか。SF的要素はメタファーでしかない現代文学である。

 それにしても、「スチームパンク」というキャッチフレーズは、わが国においてブレイロックに対して不利に働いた。人は小説の内容を読まずにレッテルを読むのだなあ、と思わされることもたびたびだが、ブレイロックはその典型。
 なにしろ、1960年代のカリフォルニアを舞台にした擬似パルプ・マガジン風アドヴェンチャー『リバイアサン』(ハヤカワ文庫FT)すら、たいていの人はヴィクトリア朝イギリスが舞台の「スチームパンク」だと認識しているのだ(追記2参照)。同書が大好きだという人間までが、「ここに出てくる蒸気機関は美しい」とのたまうのを聞いて、あいた口がふさがらなかったことがある。同書に出てくる掘削機械は、反物質を燃料にした反重力エンジン(という名目の魔法)で動くのだよ!(2007年1月20日)

【追記1】
 同誌1998年11月号。この号は当方の企画・監修で「世界幻想文学大賞&ブラム・ストーカー賞特集」を組んだ。「十三の幻影」は、1997年度世界幻想文学賞短篇部門を受賞している。
 
【追記2】
 この後スチームパンクの概念は大幅に拡大したので、いまならスチームパンクで通るだろう。「蒸気」よりは「歯車/時計仕掛け」のほうが大事な要素となったからである。

2012.10.05 Fri » 『ケルヴィン卿の機械』

 元祖スチームパンクについてしゃべるように頼まれたので、いろいろと資料にあたっているところ。
 というわけで、ジェイムズ・P・ブレイロックの Lord kelvin's Machine (1992) を読んだ。初版はアーカム・ハウスから出たハードカヴァーだが、当方が持っているのは、例によって同年にエースから出ペーパーバック版である。

2012-7-15(Lord).jpg

 これは邦訳のある『ホムンクルス』(原著1986/ハヤカワ文庫FT)の姉妹編。同じ人物が登場するが、出来事が数年にまたがっていて、『ホムンクルス』で起きた事件は、そのあいだのどこかに位置するらしい。もちろん、主な舞台は19世紀のイギリスである。

 プロローグは壮絶な馬車の追いかけっこ。悪の科学者ナルボンドが、正義の科学者セント・アイヴズの恋人アリスを誘拐したのだ。必死の追跡の途中、路傍にひとりの男があらわれ、馬車を飛ばすセント・アイヴズに紙切れをわたそうとする。もちろん、セント・アイヴズはそんなものにかまっている暇はない。だが、その男になんとなく見覚えがあり、妙な気がかりが残る。
 そしてセント・アイヴズはナルボンドを追いつめるが、すでにアリスは殺されていた。セント・アイヴズは号泣し、復讐を誓うのだった。

 以下、本書は三部に分かれている。

 第一部はもともと「ケルヴィン卿の機械」という中篇として、『ホムンクルス』より前に発表されたもの(〈SFマガジン〉1989年11月号に邦訳がある)。単行本化にさいして細かいところに手がはいっているが、基本的に同じで、迫り来る巨大彗星に地球をぶつけるぞ、と世界を脅迫するナルボンドの陰謀と、それを挫くセント・アイヴズたちの活躍が描かれる。
 表題の〈ケルヴィン卿の機械〉は、地球の磁場をコントロールできる装置で、これをめぐって善玉悪玉入り乱れたドタバタがくり広げられるわけだ。

 第二部は、前のパートで脇役をつとめたジャック・オウルズビーが主人公で、この部分だけ一人称で書かれている。
 前のパートで氷河に消えたナルボンドを捜しだし、氷づけの死体を蘇生させようとしている者たちがおり、セント・アイヴズ一党とのあいだで闘いになる。頭のめぐりの悪い青年の視点で書かれているので、ただでさえ混乱した話がますます混乱し、読んでいるとゲンナリしてくる。

 第三部は〈ケルヴィン卿の機械〉を使って時間旅行をくり返し、なんとかアリスを救いだそうとするセント・アイヴズの苦闘が描かれる。この部分はきわめてまともな時間旅行SFで、タイム・パラドックスや歴史の分岐といった問題がクローズアップされる。
 いうまでもないが、冒頭にあらわれた謎の人物は、時間をさかのぼってきたセント・アイヴズ自身だったわけだ。

 不思議なのは、肝心の〈ケルヴィン卿の機械〉の正体がいまひとつはっきりしないこと。外見は表紙絵に描かれているようなバチスカーフ形だが、磁気制御装置からタイム・マシンに突如として機能が変わるのだ。頭のなかを疑問符が駆けめぐる。

 三人称と一人称をまぜた構成も効果をあげているとは思えない。失敗作というしかないだろう。

蛇足
 アーカム・ハウス版の発行部数を確認しようと思ってS・T・ヨシ編 Sixty Years of Arkham House (1999) を見たら、ヨシがでたらめの説明を書いていて驚いた。なんと、本書は『リバイアサン』(ハヤカワ文庫FT)の続篇で、ロサンゼルスの地下に広がる地底海の住人にまつわる話だというのだ!
 ヨシのいうことは鵜呑みにしないようにしよう。
 ちなみに、発行部数は4015だったそうだ。(2012年7月15日)

2012.10.04 Thu » 『モーロックの夜』

 すでに旧聞に属するが、SFファン交流会7月例会に出演してきた。お題は「スチームパンクとネオ・スチームパンク」。出演はほかに添野知生、石亀航氏で、当方は元祖スチームパンク担当である。

 周知のとおり、スチームパンクというのは、作家K・W・ジーターの造語。1987年にサイバーパンクをもじって造った言葉で、自作や、仲間であるティム・パワーズやジェイムズ・P・ブレイロックが書いていた一群の作品をさすためのものだった。つまり、なかば架空の19世紀イギリスを舞台にした都市型冒険SF/ファンタシーである。

 したがって、ジーターはスチームパンクのゴッドファーザーであり、その作品 Morlock Night (1979) は元祖スチームパンクとして認められている。初版はDAWから出たペーパーバックだが、当方が持っているのは2011年にアングリー・ロボットから出たペーパーバック。スチームパンクの古典として復刊したもので、その観点から書かれたティム・パワーズの序文と、アダム・ロバーツの跋文がついている。

2012-8-2(Morlock)

 題名から想像がつくかもしれないが、本書はH・G・ウェルズの古典「タイム・マシン」の続篇。タイム・トラヴェラーの話を聞きおえたホッカーなる英国紳士が、その帰り道、アンブローズ博士と名乗る男に話しかけられるところからはじまる。
 アンブローズによれば、未来へ旅立ったタイム・トラヴェラーは、モーロックに捕まってタイム・マシンを奪われた。じつはモーロックには、スーパー・モーロックと呼ばれる優秀な種族がいて、その指揮のもと、彼らはタイム・マシンを改良し、この1892年へ攻めてこようとしているのだという。
 ホッカーはその話を一笑にふすが、霧に巻かれて道に迷ったあと、気がつくと街が瓦礫と化した一画に出る。そこではモーロックとの闘いがすでにはじまっているのだった……。

 こう書くと、まともなSFに思えるが、このあと意表をつく展開が待っている。アンブローズの正体は伝説の魔術師マーリンであり、ホッカーに霊剣エクスカリヴァーの探索を命じるのだ。なぜなら、いまは英国の危急存亡のときであり、アーサー王も転生しているが、アンブローズに敵対する勢力の陰謀で力を奪われている。アーサー王を助けるためには、タイム・マシンを使って四つに分けられたエクスカリヴァーを元にもどす必要があるからだ。

 というわけで、時空を股にかけたホッカーの冒険がはじまるのだ。

 こういう話になった理由は、序文でパワーズが明かしている。それによると、もともとイギリスのある出版社が、アーサー王を主人公にした全10冊のシリーズを企画した。英国が危機におちいった各時代にアーサー王が転生するというコンセプトで、企画はポシャったのだが、ヴィクトリア朝を担当する予定だったジーターは、じっさいに作品を書きあげ、ほかの出版社から刊行したというのだ。ジーターにとって、それぐらい書きたい作品だったわけだ。

 くわしい説明は省くが、本書ではロンドンの下層社会が活写される。下水道網をどんどん下っていくと、ロンドンの地下に海が広がっているというイメージは秀逸。
 もっとも、そこに古代アトランティスの遺物である潜水艦があり、モーロックがそれに乗っているというのだから、やはりまともではない。
 
 ところで、この下水道網は、じつは古典的な〈探索と遍歴〉型エピック・ファンタシーにおける洞窟と同じ機能を持っている。高層建築と山、路地と森のなかの小道といった同様の例をあげ、「ファンタシー空間の都市化」(あるいは都市型エピック・ファンタシーの誕生)という話をしたのだが、うまく伝わらなかったようだ。反省。(2012年8月2日)

2012.10.03 Wed » ハネス・ボクの邦訳

 ハネス・ボクといえば、独特の画風で一部に熱狂的なファンを持つイラストレーターだが、メリットに私淑し、そのパスティーシュともいうべき小説を書いていたのはよく知られている。さいわい、代表的な長篇『魔法使いの船』(ハヤカワ文庫SF,1976)と『金色の階段の彼方』(ハヤカワ文庫FT,1982)はわが国にも紹介されている。だが、じつはこのほかにもボクの邦訳はあるのだ。

 〈バルーン〉という雑誌の創刊号(1979年9月)に掲載された「宝玉を求めて」という短編である。

blog_import_4f7c5bb1ba76a.jpg

 これはボクの死後しばらくたってから発見された遺稿のひとつで、中華帝国をモデルにしたと思しい架空の国を舞台とする東洋幻想小説。メリットというよりは、メリメの匂いがする石像幻想譚である。
 訳者は上記二長篇を訳した小宮卓氏。氏は同じ号に「ハネス・ボク=ワンダーランド」という力のこもった紹介文も寄せておられる。けっきょく、ボクの紹介に情熱を燃やしたのはこの人ひとりだったわけだ。

 さて、この邦訳は海賊出版だったらしく、原題や初出の表記がどこにもない。参考までデータを記しておく。

Jewel Quest …… Kadath 1974, No.1

 〈カダス〉というのは、リン・カーターが出していたセミ・プロジン。カーターは晩年のボクと親交があり、その再評価に力を尽くした。上記二長篇もカーターがバランタインの〈アダルト・ファンタシー〉叢書に収録したおかげで、名前が知られるようになったのだ。
 ちなみに、この作品はカーターが編者を務めたDAWブックスの The Year's Best Fantasy Stories (1975)に収録され、多くの読者の目に触れるようになった。

 〈バルーン〉という雑誌についても書いたほうがいのだろうが、それはまたべつの機会に。(2006年10月24日)


2012.08.24 Fri » 〈ファンタシー・マガジン〉創刊号

【承前】
 せっかく表紙をスキャンしたので、〈ファンタシー・マガジン〉創刊号(1953年3月号)を紹介しておこう。表紙絵はハネス・ボクである。

2009-2-24(Fantasy)

 同誌はダイジェスト・サイズ、160ページの雑誌で、2号からは〈ファンタシー・フィクション〉と名前を変えた。〈剣と魔法〉、伝統的な幽霊小説、都会的なユーモア・ファンタシーなど怪奇幻想文学を幅広く載せた誌面は、〈ウィアード・テールズ〉+〈アンノウン〉といった感じ。53年中にほぼ隔月刊で4冊出たが、あえなく終刊となった。
 ちなみに拙編のモンスター小説アンソロジー『千の脚を持つ男』(創元推理文庫)に収録したジョン・ウインダムの「お人好し」は、同誌6月号に初出である。

 小説が載っているだけで、コラムの類は編集前記と次号予告くらい。愛想のない雑誌だが、イラストはなかなかいい。フリース、エムシュといった一流どころの名前も見える。

 さいわい邦訳された作品が3つもあるので、目次を書き写しておこう――

「トラニコスの宝」ロバート・E・ハワード(L・スプレイグ・ディ・キャンプ編集)
Ashtraru the Terrble ポール・アンダースン
Dragon Fires スティーヴ・フレイジー
Too Gloomy for Private Pushkin リチャード・デミング
「悪魔たち」ロバート・シェクリイ
「給餌の時間」フィン・オドノヴァン(R・シェクリイの筆名)
The Night Shift フランク・ロビンスン

 SF畑の名前がならぶなか、ミステリ作家デミングの存在が異色。作品は、イタリア戦線の古城でアメリカ兵が出会った怪異を描いたもので、ひねりの利いた幽霊小説だったのだろうが、いまとなってはそのツイスト自体が古風で凡庸に思えるところが悲しい。

 アンダースンとフレイジーは、ともにユーモア・ファンタシー。前者は中東で発掘された出土品にくっついてアメリカへやってきたマイナーな神様と、考古学者がくり広げるドタバタ。後者はドラゴンの社会を材にとり、人間くさく情けないドラゴンたちを描いた作品。どちらも悪くないが、邦訳するほどの値打ちはない。
 ロビンスンの作品はホラーだと思うが、内容はきれいさっぱり忘れている。

 余談だが、編集長レスター・デル・レイは1968年に新雑誌〈ワールド・オブ・ファンタシー〉を世に問い、ふたたびファンタシー雑誌に挑戦したが、こちらも4号で終わったのだった。(2009年2月24日)