FC2ブログ

SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

2019.08 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2019.10

2013.07.27 Sat » 『複数の失われた世界』

 リン・カーターのつづき。

 作家としてのカーターは、シリーズものの長篇を主体に書いていたが、中・短篇もそれなりの数を遺した。しかし、それらが単行本にまとめられる例はすくなく、けっきょく生前に出た短篇集は1冊だけ。それが Lost Worlds (DAW, 1980) だ。

2011-3-23(Lost Worlds)

 表題の「失われた世界」というのは、アトランティスやムーといった超古代大陸とほぼ同義。カーターという人は、小説を舞台設定で分類するのが大好きで、クラーク・アシュトン・スミスの短篇集を地名別に何冊も編んだほど。同じことを自作でやってみたかったらしく、この本は舞台となる古代世界別にセクション分けされている。すなわち、ハイパーボリア(2篇)、ムー(1篇)、レムリア(2篇)、ヴァルシア(1篇)、アンティリア(1篇)、アトランティス(1篇)である。

 このうち邦訳があるのは、〈ハイパーボリア〉の部におさめられた「モーロックの巻物」と「窖に通じる階段」の2篇のみで、これはC・A・スミスとの没後共作。どういうことかというと、スミスが遺した創作メモを基にカーターが書いたもので、実質的にカーターの作品である。
 この2篇はロバート・M・プライス編のアンソロジー『エイボンの書』(新紀元社)に収録されているのだが、面白いことに、同書では「モーロックの巻物」はカーター単独名義になっている。さすがに、スミスの関与がゼロの作品を共作にはできなかったらしい。

 この2篇と〈ムー〉の部におさめられた“The Things in the Pit”は《クトゥルー神話》に属す作品。後者はラヴクラフトが代作したヘイゼル・ヒールドの「永劫より」のあからさまな模倣で、本人もそれを認めており、「この作品の勿体ぶった文体が大好きなので、敬意をこめて模倣してみた」と述べている。発表する媒体がなかったらしく、本書に初出である。

 〈レムリア〉の部におさめられた2篇は、ともに英雄ゾンガーの若いころの冒険を描いたもの。〈ヴァルシア〉の部におさめられた作品は、《キング・カル》シリーズの1篇で、ロバート・E・ハワードとの没後共作。残る2篇はオリジナルの〈剣と魔法〉である。
 
 型どおりの作品が並ぶが、なかでは〈アンティリア〉の部におさめられた“The Twelve Wizards of Ong”がいちばん面白かった憶えがある。《ゾンガー》もの2篇も悪くない。
 とはいえ、30年も前に読んだ本なので、記憶が正しいかどうかは保証のかぎりではない。(2011年3月23日)


スポンサーサイト



2013.07.26 Fri » 『カージの探索』

 大風呂敷を広げるといえば、リン・カーターの作品のなかでその最たるものは、おそらく《キリックス星系》シリーズだろう。
 これは、一角獣座の恒星キリックスをめぐる五つの惑星にそれぞれヒーローを配し、全体として壮大な宇宙年代記を構築しようという試み。だが、じっさいは惑星ガルザンドを舞台とする長篇1作と、惑星スーラナを舞台にした中篇2作が書かれただけで終わった。じつは、カーターもシリーズ作品を書きはじめては、未完のままほったらかしておくという悪習に染まったひとりなのである。

 ともあれ、惑星ガルザンドを舞台に、英雄カージの冒険を描いたのが、長篇 The Quest of Kadji (Belmont, 1971) だ。

2011-3-17(Quest of)

 物語は、放浪の戦士団コザンガの敗走からはじまる。一族の長サロウクは、仇敵に死をあたえるため、孫であるカージを探索の旅に送りだす。少年の面影を残した若き戦士カージは、神の武器といわれるソマ・ラの斧を手に、一路東をめざす。
 途中ひょんなことから東方人の魔術師アクスーブを助け、行動をともにするようになる。やがて旅の道連れとした漂泊民の罠にはまり、重傷を負ったカージだが、狼を友とする謎の少女ザイラの看病で一命をとりとめ、東の彼方にある〈世界の果て〉で、ついに追いつめた敵を討ちとるのだった……。

 ひとことでいうと、〈剣と魔法〉の見本のような作品。とはいえ、フォーミュラ・フィクションにはフォーミュラ・フィクションのよさがあり、読後感はけっして悪くない。

 表紙絵を描いた画家の名前は記載されていないが、サインがあるのでジェフ・ジョーンズとわかる。このころは完全にフラゼッタの模倣だったんだなあ。(2011年3月17日)

2013.07.25 Thu » 『世界の果ての戦士』

 リン・カーターの小説で真っ先に名前のあがるのは、英雄ゾンガーを主人公にした《レムリアン・サーガ》だろう。これは邦訳もされたが、私見ではこれと同等、あるいはそれ以上と思われる作品が未訳になっている。それが全5巻(あるいは6巻)から成る《ゴンドウェイン》シリーズだ。

 もともとは Giant of World's End (Belmont, 1969) という単発長篇だったのだが、これが好評を博したので、作者は構想を練りなおし、5巻のシリーズに書きのばした。したがって、数え方によってシリーズが全5巻になったり全6巻になったりする。

 〈剣と魔法〉に分類される作品だが、むしろ冒険SFに近い道具立てが本シリーズの特徴。なにしろ舞台は七億年先の超未来、地球最後の大陸ゴンドウェイン。主人公はその二億年前に作られた人造人間。しかもその使命は、月の落下を阻止することなのだ。
 クラーク・アシュトン・スミスの《ゾシーク》シリーズを意識したのだろうが、大風呂敷を広げたものである。

2011-3-16(Warrior of)

 第一作 The Warrior of World's End (DAW, 1974) はこんな話だ――

 ひと組の男女がゴンドウェインの荒野を旅している。〈青い雨〉を避け、洞窟で雨宿りをするふたりの前に、ひとりの巨人が姿をあらわした。全裸で、記憶もなく、話すこともできないこの巨人は、まるで大きな赤ん坊だった。その後、この巨人はガネロンと名づけられ、夫婦の庇護のもと、ゼルミッシュの街で平和な日々を過ごす。
 が、あるとき獣人族インディゴンが襲来。ガネロンは超人的な力で街を救い、一躍英雄となる。やがて隣国の女帝が、ガネロンを臣下にしようとするが、ガネロンはこれを嫌い、〈幻術師〉とともに街を脱出。このとき〈幻術師〉の口から、ガネロンの正体が明かされる。彼は、古代文明が未来の地球を救うために遺した人造人間だったのだ。
 〈幻術師〉のもとで古代科学の驚異を学んだガネロンは、復活させた機械鳥に乗り、世界の危機に際して旅立つ。まずは地上に破滅をもたらす〈空の島〉を止めるために。
 ガネロンは 空飛ぶ島で〈空の民〉と死闘をくり広げ、みごと〈死の機械〉を停止させ、世界に平和をよみがえらせる。だが、彼にはまだ大きな任務が残っていた。〈落下する月〉を食いとめるという任務が……。

 明らかにエドガー・ライス・バローズの焼き直しだが、非常に楽しく読める。
 ちなみに表紙絵は、宇宙船の絵で有名なヴィンセント・ディフェイトが担当している。意外。(2011年3月16日)

2013.05.08 Wed » 「街角の書店」のこと

【承前】
 逃避としての幻想が生まれる瞬間を幻想小説の形式で描いた作品としては、ネルスン・ボンドの「街角の書店」という短篇が忘れがたい。

 売れない作家が一世一代の傑作を書きあげようとしていた。ちょっと煮詰まって散歩に出たところ、ある書店の前を通りかかった。前から気になっていた店だが、これまでは来るたびに閉まっていた。だが、今日は運良くあいていたのだ。作家は店内にはいり、驚くべきものを見る。書かれずに終わった本の群れだ。では、どんな本が並んでいるかというと――

 ある棚にはシェイクスピア著『アガメムノン』、ジョン・ミルトン著『ブリテンのアーサー王』、マーク・トウェイン著『なまず船長』、ジョン・ゴールズワージー著『粘土の足』、シャーロット・ブロンテ著『暮色深まりゆく荒野』。
 べつの棚にはチャールズ・ディケンズ著『クリストファー・クランプ』、エドガー・アラン・ポオ著『ガーゴイルの眼』、サッカレー著『クーパースウェイト大佐』、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの秘めたる事件』。
 またべつの棚にはジュール・ヴェルヌ著『穴居人』、チャールズ・フォート著『不可視の存在とは何か?』、イグネチウス・ドネリー著『最初の神ハヌマーン』、ワインボウム著『宇宙人』、ラヴクラフト著『悪魔学全史』。

 そして作家は、友人だった無名詩人が未完成のまま遺した詩集や、書きかけの自作が完成した姿で棚に並んでいるのを見つけるのだった……。

 要するに逃避としての幻想の対象を本にしているわけで、本好きにはたまらない作品になっている。傑作や秀作というのとはちがうが、いつまでも心に残る作品だと思う。

 初出は1941年だが、当方は〈ロッド・サーリングズ・ザ・トワイライト・ゾーン・マガジン〉1985年8月号に再録されたものを読んだ。
 一読して気に入り、どこかに翻訳を載せようとチャンスをうかがっていた。やがて〈幻想文学〉から別件で原稿依頼があったとき、こちらから売りこんだ。こうして拙訳が同誌66号(2003)の誌面を飾ったしだい。
 とはいえ、この作品を読んだという人は、わが国にせいぜい1500人ほど。もうすこし多くの人読んでもらいたいと思って、いろいろ策を練っているのである。(2011年5月8日)

2013.04.19 Fri » 〈アムラ〉70号――追悼ジョージ・H・シザーズ

【前書き】
 本日は2010年4月19日に亡くなったアメリカの編集者、ジョージ・H・シザーズの命日である。故人を偲んで、以下の日記を公開する。


 アメリカのSF編集者ジョージ・H・シザーズが、去る4月19日に永眠したそうだ。死因は心臓発作。享年80。

 シザーズといえば、SF雑誌〈アイザック・アシモフズ・サイエンス・フィクション・マガジン〉(1977年創刊。以下IASFMと略。現在の誌名は〈アシモフズ〉)の初代編集者として名高い。〈ギャラクシー〉、〈イフ〉、〈ファンタスティック〉といった老舗がバタバタと潰れた雑誌受難の時代に新しいSF雑誌を軌道に乗せた手腕は、高く評価されるべきだろう。

 当時のIASFMの誌風は、わが国でもほぼリアルタイムで伝えられたので、ご存じの方も多いだろう。具体的には同誌の傑作選『さようなら、ロビンソン・クルーソー』(1978)と『気球に乗った異端者』(1979)が集英社文庫から出たほか、短命に終わった雑誌〈SF宝石〉が同誌と特約を結んでいたのだ。
 これらを見ればわかるとおり、当時のIASFMの基調は「わかりやすさを主眼とした娯楽路線」である。のちに新編集長のもとでシリアス路線に舵を切り、サイバーパンクの牙城、さらにはアメリカSF界のリーディング・マガジンになっていくとはいえ、その礎を築いたシザーズの功績は、同誌の歴史に燦然と輝いている。

 とはいえ、当方にとってシザーズは、ファンジン〈アムラ〉の編集者である。
 アムラというのは、ロバート・E・ハワードが創造した英雄、キンメリアのコナンの異名。この名を冠したファンジンは、〈剣と魔法〉の専門誌で、創刊は1956年。読み応えのある創作やエッセイが載るいっぽう、パロディや戯れ歌なども満載のファンジンらしいファンジンとして知られていた。
 シザーズは1959年に同誌の編集長となり、辣腕ぶりを発揮して、同誌にヒューゴー賞を二回もたらした。

 大学生のころの当方は、このファンジンに憧れをいだいていた。なにしろ、フリッツ・ライバー、ポール・アンダースン、L・スプレイグ・ディ・キャンプといった大御所が顔をそろえ、ファンにまじって〈剣と魔法〉に関して活発に議論しているというのだ。アチラのファンジン自体見たことがなかったし、まさに憧憬の対象だった。

 それが思わぬところから手にはいることになった。当時所属していた〈剣と魔法〉系のファン・グループ、ローラリアスの古参メンバーの方が、ダブリ本だからと気前よくゆずってくださったのだ。このときべつのファンタシー系ファンジンも2冊いただき、天にも昇る心地だったのをよく憶えている。

 書影をかかげたのが、創刊25周年記念号にあたる〈アムラ〉1981年9月号(volume 2 number 70)。副題に Swordplay & Sorcery とあるのに注意されたい。

2010-4-20(Amra 1)

 体裁はB5版40ページ。タイプセットの立派な印刷で、誌面の雰囲気を知ってもらうため、後述のエッセイのページをスキャンしておいた。ご参考までに。

2010-4-20(Amra 2)

 内容は創作3篇(うち1篇は《コナン》シリーズの模作)、エッセイ4篇(ポール・アンダースン、L・スプレイグ・ディ・キャンプほか)、映画「エクスカリバー」評、戯れ歌など。多くのページにE・R・バローズ作品のイラストで有名なロイ・G・クレンケルのペン画が配されている。

 いちばん読み応えがあったのは、“Pseudhistory”と題されたディ・キャンプのエッセイ。これは歴史に関してまちがった知識が流布している例をあげ、その誤謬に関して解説したもの。
 たとえば、ギリシア・ローマ時代のガレー船は、奴隷が漕いでいたと思われているが、じつは漕ぎ手は高度な技能を有した自由人であり、むしろ高給とりであったという。こういうまちがいが広まったのは、ルー・ウォーレスの小説「ベン・ハー」と、チャールトン・ヘストン主演の同名映画が原因である。
 奴隷がガレー船の漕ぎ手となったのは、時代が大幅にくだって15世紀ごろ。イスラム教徒とキリスト教徒の争いが激化し、捕虜をとりすぎて、その働き口にしたらしい。

 こういう具合に、七つの主題に関して蘊蓄をかたむけている。ディ・キャンプという人は、この手の歴史エッセイを書いているときがいちばんいいようだ。(2010年4月20日)


2013.04.13 Sat » 『お師匠さまは魔物!』

 蔵書自慢。
 ものはロバート・アスプリンの Another Fine Myth … (Donning, 1978) である。作者の名を高らしめたユーモア・ファンタシー《マジカルランド》シリーズ第一作。いうまでもないが、ハヤカワ文庫FTから『お師匠さまは魔物!』として邦訳が出ている。

 なんでそんな本をいまさら自慢するかというと、これが《スターブレイズ・エディション》と銘打たれた叢書の1冊だから。
 《スターブレイズ》というのは、イラスト満載のトレード・ペーパーバック叢書で、大物イラストレーターのケリー・フリースが、細君ポリーと組んで作品を選び、イラストを描きおろしたのを売りにしている。版元はヴァージニアの小出版社。
 フリースは10冊にイラストをつけたらしいが、そのうちの3冊が手もとにある。

 本書の内容は紹介するまでもないだろう。単色イラストが全部で5枚はいっている。漫画タッチでなかなかいい出来だが、面倒くさいのでスキャンはしない。かわりに裏表紙を載せるので、お楽しみください。

2008-5-30 (Myth 2)2008-5-30 (myth 1)


 蛇足。初版は、この本より1カ月前にスキッファーという版元から出たペーパーバック。データの書き方をいつもと変えたので、誤解を招くかもしれない。念のために明記しておく。(2008年5月30日)

2013.04.07 Sun » 『地底の島』

 またしても蔵書自慢。
 ディロン夫妻の表紙が麗しいアヴラム・デイヴィッドスンの The Island under the Earth (Ace, 1969)である。ちなみにこの本はエース・サイエンス・フィクション・スペシャル版オリジナル。表紙に描かれているのは六肢族と呼ばれるケンタウロスと四肢族と呼ばれる人間の女性である。

2005-6-5(Island)

 と知ったようなことを書いたが、じつは斜め読みしかしていない。この本をとりあげたリン・カーターの『ファンタジーの歴史――空想世界』(東京創元社)を訳すときにざっと目を通しただけ。なにしろ、文章も内容もとてつもなく変なのだ。
 日本におけるデイヴィッドスンの権威、殊能将之氏によれば、本書は後期デイヴィッドスンの嚆矢なのだという。
 換言すれば、ペダントリー過剰でおそろしく曲がりくねった文章が、脱線と逸脱を繰り返すということだ。読むには相当の覚悟がいる。そのうちコンディションがいいときにちゃんと読もうと思うのだが、果たしてその日が来るのだろうか。

 まあ、この本は持っているだけで嬉しいので、それで良しとしよう。(2005年6月5日)

2013.01.03 Thu » 『銀の心臓』

【前書き】
 ムアコックとほかの作家との共作つながりで、以下の記事を公開する。


 この前ある編集者としゃべっていたら、ストーム・コンスタンティンの話になった。イギリスの女流ファンタシー作家で、マイクル・ムアコックとタニス・リーの子供のような作風である。わが国には短篇がいくつか紹介されているだけだが、その耽美的な作品はけっこう受け入られそうな気がする――というような話をしたのだが、当方もたいして作品を読んでいるわけではない。

 じつをいえば、長篇はムアコックと共作した Silverheart (Simon & Schuster UK, 2000) を読んだだけ。だが、これがかなり面白かった記憶がある。

2005-8-25(Siverheart)

 簡単にいえば、英国伝統の妖精文学と『ゴーメンガスト』風の都市幻想文学を合わせて、スチームパンクとヒロイック・ファンタシーをふりかけたような作品。妖精や魔法とロボットが共存する世界設定は、21世紀のファンタシーを感じさせる。
 
 文章はすべてコンスタンティンが書いていると思うのだが、随所にムアコック好みのモチーフが出てくる。
 たとえば表題にもなっている「銀の心臓」。これは主人公の胸に埋めこまれた魔法の道具で、主人公の魔力を増大させるかわりに、6日で主人公を体内から食い尽くすというしろもの。『ルーンの杖秘録』の「額の宝石」を思いださないわけにはいかない。
 きっと共作者ふたりでアイデアを出しあい、ストーリーを練っているのだろう。

 そういうわけで、ムアコック・フリークの当方も大満足の作品。当方の趣味からすれば、ちょっと饒舌すぎる嫌いがあるが、それも今風なのかもしれない。(2005年8月25日)

2012.12.10 Mon » 『ムーン・プール』

【前書き】
 以下は2005年8月28日に書いた記事である。


 洋書屋に行くことはめっきり少なくなったが、たまに行くと掘り出しものがある。最近手に入れたのが、A・メリットの The Moon Pool (Wesleyan University Press, 2004) だ。

2005-8-28(Moonpool)

 聞いたことのない大学出版局から出た本なので、すっかり見逃していたが、これはちょっとしたものである。

 もちろん、小説自体は初版1919年で各種の刊行本があり、邦訳も出ていた(追記参照)くらいだから、べつに珍しいものではないが、本書の価値はそれ以外の部分にある。
 というのも、マイクル・レヴィという学者が編集し、詳細な註を付したうえで、長文の評論とメリット書誌と評伝を載せているのだ。おまけに39年に〈フェイマス・ファンタスティック・ミステリーズ〉に再録されたときに描かれたヴァージル・フィンレイのイラストが6葉復刻されている。まさに至れり尽くせりというほかない。
 クロス装と紙装があるようだが、当方が持っているのは紙装版である(それでもけっこうなお値段だった)。

 ちなみに、本書は《ウェズリーアンSF初期古典シリーズ》の一冊なのだが、そのラインナップがすごい。ヴェルヌの3冊はまだしも、残りはカミーユ・フラマリオンの Lumen 、ド・グランヴィルの The Last Man、ケネス・マッケイの The Yellow Wave など。いちばんメジャーなのがS・ファウラー・ライトの Deluge なのだから恐れ入る。
 まあプレSF史を研究している学者にしか用のない本だが、集めたくなってくるのが怖い。

 ところで『ムーン・プール』には、月光を浴びると別世界へ開く門という設定で、南太平洋の島に実在する古代遺跡が出てくる。
 じつは当方は、その遺跡へ行ったことがあるのだ。ミクロネシアのポンペイ(旧名ポナペ)島にある石造洋上遺跡ナンマドールがそれだ。
 これは玄武岩の角材をわが国の校倉造りのように積み上げた人工の島。いまでは11世紀ごろに造られたものだとわかっているが、むかしからムー大陸との関連が取りざたされている。
 とはいえ、じっさいに行ってみると、それが妄説だとわかる。要するに大規模な墓であり、むかしの人の土木建築術が優れていただけの話。わが国の神社では、境内に足を踏み入れた瞬間、空気がガラリと変わり、さすがに神域だわいと感じいるときがあるが、そういうこともなかった。まあ、当方が鈍いだけかもしれないが。
 参考までに写真を載せておく。(2005年8月28日)

2005-8-28(Namador)


【追記】
 A・メリット『ムーン・プール』川口正吉訳(ハヤカワ・SF・シリーズ、1970)のこと。 

2012.12.05 Wed » 『ジョイリーのジレル』

 昨日のつづきで、カップリングの片割れも紹介しておく。

 《ジョイリーのジレル》シリーズは、《ノースウェスト・スミス》シリーズのあいだを縫うように全5作(プラス番外篇1作)が書かれ、すべて1930年代に〈ウィアード・テールズ〉に掲載された。
 中世フランスにあったとされる架空の小国を舞台にした〈剣と魔法〉である。といっても、剣の要素は抑え気味で、魔法の要素が強い。誤解を恐れずにいえば、若き女戦士の地獄めぐりを描いた作品群だ。

 シリーズ単独での単行本化は、〈剣と魔法〉ブームの渦中に出た Jirel of Joiry (Paperback Library, 1969) が嚆矢。番外篇をのぞく5篇を収録している。ハヤカワ文庫の『暗黒神のくちづけ』(1974)は、これを底本にしていると思われるが、訳者あとがきには「ランサー・ブックスで単行本になっている」と誤記されている。

 1977年にドナルド・M・グラントが Black God's Shadow の題名で豪華本を出した。これを改題のうえパーパーバック化したのが、 Jirel of Joiry (Ace, 1982) であり、当方が所有しているのはこの版である。

2008-9-28(Jirel of Joyry)

 昨年になって、前記《プラネット・ストーリーズ・ライブラリ》が Black God's Kiss の題名でジレルを復活させている。序文はスージー・マッキー・チャーナスとのことだが、この本は買っていないのであった。(2008年2月28日)