FC2ブログ

SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

2012.05 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2012.07

--.--.-- -- » スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012.06.30 Sat » 『コナン血まみれの王冠』

【承前】
 ワンダリング・スター/デル・レイ版コナン全集は、ラスティ・バークとパトリス・ルネ(追記1参照)のふたりが中心になって編纂している。その編集方針を箇条書きすると――

1 ハワードが書いたとおりの形で作品をすべて収録する。
2 執筆順に作品を並べる。
3 ハワードが書いた関連の文章を付録としてすべて収録する。

となる。あと目立った特徴は、巻ごとにちがうハワード・ファンのイラストレーターが、何十枚もイラストを寄せているうえに、序文まで書いていることだろうか。

 意外に思われるかもしれないが、いずれも実現したのは今回がはじめて。とりわけ2は快挙といっていい。というのも、執筆順と発表順は、かならずしも一致しないからである。
 だが、編者たちは遺稿を管理しているグレン・ロードの全面協力をとりつけ、原稿はもとより、メモや手紙を綿密に調査することで、執筆順を明らかにした。これによって、ハワードの作家的成長とコナン・シリーズの軌跡がたどれるようになったのだ。

 したがって、本書の場合、可能なかぎり雑誌初出のテキストではなく、ハワードの決定稿から本文が起こされており、下書きや梗概の類は付録として収録されている。
 ついでにいうと、題名も雑誌掲載題ではなく、ハワードの原稿にあった題名を採用している(おかげで、見慣れぬ題名の作品を未発表作品と勘違いして色めき立つというお粗末もあったのだが、これは当方がそそっかしいだけだろう)。
 
 また長くなったので、つづきは明日。

 ちなみに第2巻は The Bloody Crown of Conan (2003) と題されている。

2006-2-3(Bloody Crown)

(2006年2月3日)

【追記1】
 これまで当方は Patrice Louinet という人をフランス系アメリカ人だと勘違いしていて、「パトリース・ルネット」と表記していたが、フランス在住のフランス人だとわかったので、「パトリス・ルネ」とあらためる。

【追記2】
 参考までに収録作を書いておく。

〈小説〉「黒い予言者」、「龍の刻」、「魔女誕生」
〈資料〉「トムバルクの太鼓(梗概)」、「トムバルクの太鼓(草稿)」

 さらに創作メモなどの資料、充実した解説がおさめられているほか、ゲイリー・ジャンニのイラストが満載である。


スポンサーサイト

2012.06.29 Fri » 『キンメリア人コナンの登場』

【前書き】
 以下は2006年2月2日に書いたものである。誤解なきように。


 ロバート・E・ハワードの《コナン》シリーズの校訂と補訳をすることになった。

 ライバーの《ファファード&グレイ・マウザー》シリーズが好調なので、コナンを出し直したいという話が創元からあったのがことの起こり。ご存じのように、創元版のコナンは、ディ・キャンプ&カーターの補筆や模作が大量に混じっているうえに、そもそも完結してないので、ハワードが書いた分だけ集めて、全6巻程度で決定版を作ったらどうかと提案したところ、じゃあおまえがやれという話になったのだ。謹んでお受けしたことはいうまでもない。

 底本のひとつにするのは、デル・レイから出ている決定版コナン全集全3巻。第1巻は The Coming of Conan the Cimmerian (2003) と題されている。

2006-2-2(Coming of)

 もともとはワンダリング・スターというイギリスの小出版社からカラー挿し絵入りの豪華本で出たものだが、校正がさらに厳密になっているという優れもの。普及版としては完璧な出来で、こんどの仕事にはうってつけなのだ。
 
 そのすばらしい編集方針について触れたいところだが、長くなったのでつづきは明日。(2006年2月2日)

【追記】
参考のため、収録作を書いておく。

〈詩〉「キンメリア}
〈小説〉「不死鳥の剣」、「氷神の娘」、「石柩のなかの神」、「象の塔」、「真紅の城砦」、「黒い海岸の女王」、「黒い怪獣」、「月下の影」、「忍びよる影」、「黒魔の泉」、「館のうちの凶漢たち」、「消え失せた女たちの谷」、「鋼鉄の悪魔」
〈資料〉「ハイボリア時代の諸民族に関する覚え書き」、「ハイボリア時代」、「死の広間(梗概)」、「ネルガルの手(断片)」、「闇のなかの怪(梗概)」、「闇のなかの怪(草稿)」

 このほか、「不死鳥の剣」の初稿をはじめとする資料、充実した解説がおさめられており、マーク・シュルツという画家のイラストが全編にちりばめられている。ただし、普及版なので、カラー印刷は再現されていない。


2012.06.28 Thu » 「コナン・ザ・バーバリアン」

 東京創元社様のご厚意で、映画「コナン・ザ・バーバリアン」の試写を見せてもらえた。
http://www.conan-the-barbarian.jp/

 悪い評判ばかり伝わってきていたので、あまり期待していなかったのだが、予想以上に出来がよかった。ロバート・E・ハワードの原作というよりは、ダーク・ホース・コミックス版コナンの忠実な映画化である。非常に暴力的で、血しぶきが飛び、斬られた生首がころがる画面は凄惨だが、これは原作がそういうものだから仕方がない。
 ファミリー向き映画でないのはたしかだが、怪奇味たっぷりの〈剣と魔法〉の世界を楽しむ分には及第点といえる。

 成功の最大の要因は、主演俳優がコナンにぴったりはまっていること。ジェイスン・モモアという人で、北方人種とは正反対の南方系の顔立ちだが、不自然ではないマッチョマンで、ほれぼれするほどかっこいい。ヴィジュアル・イメージは、ダーク・ホース・コミックス版のコナンそのままだ。アーノルド・シュワルツェネッガーのコナンには馴染めなかった当方だが、今回のコナンには満点をさしあげたい。

 あとよかったのは海賊船関連。今回のコナンは、海賊船の上で大立ち回りを演じる。これがセットをうまく利用したアクションで、けっこう見応えがあった。チャンバラ好きにはこたえられないだろう。

 荒涼とした風景もすばらしい。ブルガリアでロケをしたそうだが、寒風吹きすさぶ荒野や、鬱蒼とした森など、まさに原作のイメージどおりだ。

 脚本には難があるし、予算不足か、ときどきセットが急にチャチになるが、それもご愛敬。全体に安っぽい感じは否めないが、それもパルプ・フィクションの味わいだと思えばいい。ジョン・ミリアス版の映画みたいに、変に重厚な線をねらうよりはよっぽどましだ。万人には勧めないが、コナンのファン、あるいは〈剣と魔法〉のファンだったら、大スクリーンで見る価値ありと断言しよう。

 ところで、今年の2月初旬にこの映画の字幕を担当された方からメールをいただいた。地名などの固有名詞を、当方が編纂した《新訂版コナン全集》(創元推理文庫)と合わせるというので、ご丁寧にも連絡をくださったのだ。試写会場でも宣伝担当の方が挨拶に来てくださって、こちらのほうが恐縮してしまった。
 《新訂版コナン全集》に関しては、ろくな評判を聞いたことがなかったので、当方がやった仕事もまったく無駄ではなかったのだと実感できて、逆にお礼をいいたい気分である。

 字幕に「キンメリア」と出る地名が「シメリア」と発音されるのは予想していたが、「ヒルカニア」が「ハイルカニア」、あるいは「アケロン」が「アシェロン」と発音されるのには意表をつかれた。外国語の表記は本当にむずかしい。

蛇足
 映画は6月30日公開とのこと。せっかくのチャンスだが、原作本である《新訂版コナン全集》の宣伝にはまったく活かせないことになった。この機会に合わせようと思って、未刊だった最終第6巻を今年の2月に入稿したのだが、以来ほったらかしになっている。
 まあ、そういう出版社だから、とあきらめの境地である。(2012年4月26日)

【追記】
 この後、原作の魅力について語った一文を映画のパンフレットに寄稿した。ご覧いただければさいわい。


 

2012.06.27 Wed » 「失われた者たちの谷」のこと

【前書き】
 世界一のロバート・E・ハワード研究家で、その遺産管理人だったグレン・ロードが、2011年12月31日に亡くなった。享年80。ロードの業績の恩恵を受けてきた身としては、心から残念でならない。

 以下の記事はロード追悼のために書いた一連の記事のひとつだが、今回さる事情で公表することにした。くわしいことは追記をお読みいだただきたい。


 当方はグレン・ロードを尊敬してやまないが、ロードも人の子なので誤りを犯すことは知っている。面白いので、ちょっとそのことを書く。

 ハワードが自殺したとき、彼の部屋には大型のトランクが遺されていた。そこには書きかけの原稿やら、創作メモやら、完成した未発表原稿やらが未整理のまま大量に詰めこまれていた。

 このトランクは当初父親のもとにあったが、その死後、ハワードと親交のあった作家、E・ホフマン・プライスに譲られた。プライスはこのトランクを放置したばかりか、ときどき原稿の一部を自作に流用したりしていた。

 20数年後にこのトランクをプライスから購入し、整理にあたったのが、新たにハワードの遺産管理人に指名されたロードなのだ。もともとはL・スプレイグ・ディ・キャンプが指名されたのだが、面倒を嫌って、その役をロードに押しつけたのである。

 まあ、このあたりの事情をくわしく書いているときりがないので、割愛。

 ともあれ、ロードは雑然をきわめる原稿の山を整理し、発表できる形になったものを続々と世に出していった。

 あるときロードは、モンゴルの奥地を舞台にしたSF的なストーリーの完成原稿を発見した。題名はついていないが、内容から見て、〈ストレンジ・テールズ〉に予告が出たものの、掲載される前に雑誌が廃刊になったため未発表に終わった “The Valley of the Lost” だと判断し、その題名で〈マガジン・オブ・ホラー〉1966年夏号に発表した。

 ところが、この判断が誤りで、ほんとうの “The Valley of the Lost” があとから出てきたのだ。こちらはアメリカの西部を舞台にした、ウェスタンとコズミック・ホラーの融合であった。
 困ったロードは、こちらに “Secret of Lost Valley” と題名をつけて〈スタートリング・ミステリ・ストーリーズ〉1967年春号に発表した。

 さて、前者は “King of the Forgotten People” と改題され、この題で各種の単行本にはいることになった。後者は “The Secret of Lost Valley” の題名で Robert E. Howard Omnibus (1977) にはいったが、その後は本来の題で各種の単行本にはいるようになっている。
 
 しかも、両者とも頭に定冠詞 The がつく場合とつかない場合がある(ハワードはつけないことが多いが、編集者がつけ足すと思われる)。

 というわけで、この2篇は書誌学者泣かせで、各種の資料が混乱しているのである。

 じつは先日ついに創刊号が出たホラー&ダーク・ファンタジー専門誌〈ナイトランド〉の2号に後者を訳載する予定で、先ほどゲラを見終わったところなのだ(追記参照)。だいぶ先の話だが、楽しみにお待ちいただきたい。(2012年3月21日)

【追記】
 上記の作品は「失われた者たちの谷」という題名で〈ナイトランド〉2号に掲載された。ところが、不幸なことに製作の過程でミスが生じ、不完全な形で流布することになってしまった。このミスは単純な誤字・脱字にとどまらず、文章の欠落や、語句の位置のずれにまでおよんでいる。

 この事態を承け、編集部と相談のうえ、版元のウェブサイトに謝罪の言葉と正誤表を掲載してもらうことになった。

http://www.trident.ne.jp/j/NL/faq/post-4.html

 ご面倒ながら、正誤表と照らしあわせて読んでもらえればさいわい(版元の「お詫び」はトップ・ページに掲載されている)。


2012.06.26 Tue » 『モローという名の島』

 オールディスの擬似科学ロマンス風作品といえば、忘れてならないのが Moreau's Other Island (Cape, 1980) だ。もっとも、当方が持っているのは、翌年ポケットから出たアメリカ版ペーパーバックで、こちらは An Island Called Moreau と改題されている。

2009-7-7(Island)

 表題からわかるとおり、作者が敬愛するH・G・ウェルズの『モロー博士の島』(創元SF文庫)をリメイクした作品。これまたモロー博士の島が実在したという設定で書かれており、原作との密着度は非常に高い(批評家のデイヴィッド・プリングルは、再話といい切っている)。

 ときは1996年。第三次世界大戦がはじまってまもないころ。アメリカの国務次官カルヴァート・ロバーツを乗せたスペースシャトルが南太平洋に墜落する。九死に一生を得たロバーツは、漂流の末、ある絶海の孤島へたどり着く。そこはモーティマー・ダートと名乗る科学者が、半人半獣の住民たちを支配する不思議な場所だった。
 ダートによれば、ウェルズの小説に出てくるモロー博士には、マクモローという実在のモデルがおり、小説に登場する獣人たちの末裔が、この島の住民なのだという。ロバーツはアメリカ政府と連絡をとりたいと申し出るが、ダートはそれを聞き入れない。
 やがて恐るべき事実が判明する。ダートは遺伝子操作で新人類を創りだそうとしており、人体実験ができないので、獣人を使って実験をくり返しているのだ。そして獣人たちの叛乱が起こって……。

 ニュー・ウェーヴの闘士だった作者らしく、タブーブレイキングな内容になっている。
 たとえば、ダートがサリドマイド障害者として設定されていること。腕と脚がなく、それを補うためにサイボーグとなっており、用途に応じて手足や体をとり替える。種村季弘の『怪物の解剖学』のテーゼを具現したような人物だ。
 人魚のようなアザラシ人間が出てくるが、これもサリドマイド障害者で、日本人ということになっている。その名前が面白い――

女性 Lorta, Satsu
男性 Saito, Harioshi, Halo, Yuri

 どこから引っぱってきたのだろうか。

 余談だが、本書はむかしなつかしい《タイムスケープ・ブックス》の1冊で、活字が細かいせいもあるが、158ページにおさまっている。短いのは美徳だなあ。(2009年7月7日)

2012.06.25 Mon » 『解放されたドラキュラ』

 ムアコックとならんで、英国科学ロマンス風の作品を盛んに書いていたのが、ブライアン・オールディス。SFの始祖をポオでもヴェルヌでもなく、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』と定めたことでおわかりのように、自国のSFの伝統にきわめて自覚的だった。

 とはいえ、アメリカSF、とりわけジョン・W・キャンベル・ジュニア時代の〈アスタウンディング〉に対する愛着が強すぎて、英米のSFを不可分一体のものと考えている。そこが、ある時点まで両者は別ものだったと考えるステイブルフォードとのちがいである。

 オールディスは優れた批評家でもあるので、既存の作品を批判的に換骨奪胎した作品を書くと傑作が生まれることがある。その好例が邦訳も出た『解放されたフランケンシュタイン』(1973)だが、その続編が今回ご紹介する Dracula Unbound (Grafton. 1991) だ。もっとも、当方が持っているのは、翌年同社から出たペーパーバック版だが。

2009-7-1(Dracura)

 前作と同様の趣向で、本書はブラム・ストーカー作『吸血鬼ドラキュラ』の登場人物が実在していたという設定で語られる。主役をつとめるのは、前作に引きつづき、時間旅行者ジョーゼフ・ボーデンランド。今回のボーデンランドは、1999年のアメリカで大企業の社長となっている。
 物語は、彼が出資した古生物学の発掘調査現場で幕をあける。ユタ州の砂漠から、六千五百万年前の地層に埋もれていた棺が発見されたのだ。しかも、おさめられていた人骨には翼の生えていた形跡がある。さらに、人骨の胸からは銀の弾丸が回収され、ふたつ目に発見された棺では、木の杭を胸に打ちこまれた人骨が見つかる。まるで伝説の吸血鬼退治ではないか。これはいったいなにを意味するのか?
 おりしも、発掘現場には謎の発光物体が出没するようになり、ボーデンランは、その発光物体に乗り移って驚愕の事実を知る。それは未来の吸血鬼種族が発明したタイム・マシンだったのだ!
 
 タイム・マシンの出てくる小説らしく、プロットは時空を股にかけて展開するので、下手な要約はやめておこう。主要なパートである1869年では、ストーカー夫妻、ストーカーが秘書をつとめた名優ヘンリー・アーヴィング(ドラキュラ伯爵の風貌にはこの人の面影があるという)、狂人レンフィールド、ヴァン・ヘルシング教授などが登場し、ストーカーとボーデンランドが吸血鬼退治に乗りだして、過去と未来へ飛ぶとだけいっておく。
 要するに、ストーカーが執筆中だった作品は、この事件に影響されて完成を見たというわけだ。その意味では拙訳のある作者のH・G・ウェルズ・トリビュート作品「唾の樹」と似ている。

 オールディスはこの作品につめこめるだけのものをつめこんだ。吸血鬼の正体の生物学的解明、恐竜絶滅の謎、『ドラキュラ』=梅毒文学論、ヴィクリア朝ロンドンの路上観察……。盛り沢山すぎて未消化の感はいなめない。傑作はそう簡単に生まれないようである。(2009年7月1日)

【追記】
「SFスキャナー」がらみで書いておけば、〈SFマガジン〉1997年11月号が「真紅の夢」と題して吸血鬼特集を組んだとき、当方は同欄で本書を紹介した。


2012.06.24 Sun » 『空の大元帥』

 ムアコックは英国科学ロマンスの伝統にのっとった小説も書いている。その最良の例が The Warlord of the Air (English Library, 1971) だ。もっとも、当方が持っているのは、1981年に出たパンサー版だが。

2009-6-30 (Warlord of the Air)

 物語は二重の枠をそなえている。まず序文でムアコックが、以下の文章は自分と同名の祖父の遺品から発見された手記をそのままの形で載せたものだと告げる。
 そして祖父マイクルは、1903年にインド洋の小島でオズワルド・バスタブルと名乗る不思議な男に出会った顛末を語り、彼から聞いた異常な物語を詳述する。
 
 形式自体が古風だが、内容であるバスタブルの物語は、それに輪をかけて古風。簡単にいうと改変歴史ものだが、イギリス伝統の植民地文学→秘境小説→ユートピア文学→未来戦争小説と推移していく。19世紀末から20世紀初頭にかけて盛んだった小説ジャンル各種を試しているらしい。

 1902年、インド陸軍の大尉だったバスタブルが、ひょんなことから1973年の世界に迷いこんでしまう。そこはボーア戦争を最後に平和がつづいており、英米仏露日の五大列強の支配のもと、一種のユートピアとなっていた。だが、その平和をおびやかす存在がいた。テロをくり返す無政府主義者である。バスタブルは最初、無政府主義者に批判的だったが、帝国主義の圧政のもと、貧困に苦しむ植民地の実態を知り、飛行船から成る彼らの空軍に身を投じるのだった……。

 最後にバスタブルは、広島に原爆を落とし、そのエネルギーでまた別の世界に吹き飛ばされてしまう。彼はいう――「いまは1903年だ――ひとつの1903年にはちがいない――でも――このおれの1903年じゃない」

 このあと祖父のメモがつき、1907年に発明された飛行機が恐ろしい兵器として発展していった過程を浮かびあがらせる。そして最後に孫ムアコックの付記で、祖父が1916年にソンムで戦死したことが告げられる。

 バスタブルの物語は、ジョージ・グリフィスの未来戦争小説+H・G・ウェルズのユートピア小説といった趣である。いまならスチームパンクで通るかもしれない。

 ムアコック作品ではおなじみの神出鬼没キャラクター、ユーナ・パーソンが登場し、いわゆる《エターナル・チャンピオン》シリーズに組みこまれている。バスタブルの物語は、このあと The Land Leviathan (1974)、 The Steel Tsar (1981) が出て三部作となった。

 ちなみにバスタブルという名前は、ムアコックが子供のころに愛読したE・ネズビットの児童文学に由来するそうだ。『宝さがしの子どもたち』のシリーズですね。(2009年6月30日)

2012.06.23 Sat » 『最終戦争以前』

 前回の記事に対して、英国のニュー・ウェーヴSF運動を考えれば、英国科学ロマンス説は「実に納得がいく」というコメントをいただいた。
 おっしゃるとおりで、1960年代に英国で展開されたニュー・ウェーヴ運動は、アメリカSFの植民地化していたイギリスで、作家たちが自国の伝統に回帰しようとした面もあった。要するに、アメリカSFとちがったものを書こうとしたら、お祖父さんたちが手本を示してくれていたわけだ。

 その急先鋒だったのがマイクル・ムアコックとブライアン・オールディス。とりわけムアコックは英国科学ロマンスの伝統について自覚的で、みずからの古雑誌コレクションを基にアンソロジーを編んでいるほど。それが Before Armagedon (W.H.Allen, 1975) だ。もっとも、当方が持っているのは、例によって翌年ウィンダムから出たペーパーバック版だが。

2009-6-27 (Before Almageddon)

 序文でムアコックが英国科学ロマンスを概説している。浩瀚なステイブルフォードの研究とはくらべるべくもないが、ステイルブルフォードとはちがい、H・H・マンロー(別名はサキ)の警世小説を高く評価している点が目を惹く。
 ジョージ・メレディスがH・G・ウェルズに合作を持ちかけたエピソードを紹介し、自分の最愛の作家ふたりの合作が実現しなかったのは残念至極と書いているのもおかしい。
 さらにいえば、ジャンルが成立すると、その約束ごとに縛られて作家の想像力が衰退するのはいまもむかしも同じといって、SFの現状を批判しているのが、いかにもである。

 収録作はつぎのとおり――

1 The Battle of Dorking G・T・チェズニー
2 Dr Trifulgas ジュール・ヴェルヌ
3 The Raid of Le Vengeur ジョージ・グリフィス
4 The Great War in England in 1897 ウィリアム・ル・キュー
5 Life in Our New Century W・J・ウィントル
6 三番目の霊薬 E・ネズビット

 ヴェルヌの作品がはいっているのは、その影響で英国科学ロマンスが成立したから。この作品は邦訳があるかもしれないが、原題不詳で調べがつかなかった(追記参照)。
 
 1は未来戦記ブームを巻き起こした作品。英国本土が外国に蹂躙されるさまを克明に描いているが、はるか未来から当時をふり返るという形式をとっているのが興味深い。じっさいに読んでみると、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』がこの作品の影響下にあることがよくわかる。

 3と4も未来戦争もので、前者はちがうタイプの潜水艦の死闘を描き、後者は飛行船によるロンドン空爆の模様を描いている。ムアコックによれば、これら新型兵器がヴェルヌ由来というわけだ。

 序文でムアコックは続刊の構想を披露しているが、けっきょく出なかった。古典SFが読まれないのは、いずこの国も同じようだ。(2009年6月27日)

【追記】
 原題は“Frritt-Flacc”であり、「ごごおっ・ざざあっ」の題名で〈水声通信〉2008年11・12月号に訳載されていると判明した。藤元直樹氏のご教示による。深謝。

2012.06.22 Fri » 『英国における科学ロマンス 1890―1950』

 〈SFマガジン〉2009年8月号を見たら、書評欄で林哲矢氏が拙編のアーサー・C・クラーク傑作選第1巻『太陽系最後の日』(ハヤカワ文庫SF、2009)をとりあげて、かなり高い評価を下してくれていた。
 もちろん、そのこともうれしいが、それ以上にうれしかったのは、最大の収穫として、牧眞司氏の労作である年譜とならべて、「英国科学ロマンスの後継者としてクラークを再考する解説」を挙げてくれたこと。というのも、公の場で当方の主張にはじめて反応してくれた人があらわれたからだ。すくなくとも、「英国科学ロマンス」という用語を使った反応ははじめてだ。

 この十数年、当方はことあるごとに「アメリカのサイエンス・フィクションとは別個に存在した英国固有の文芸ジャンル」である科学ロマンスの重要性を訴えてきた。だが、賛同にしろ疑義にしろ、それに対する反応は聞いたことも見たこともなかった。正直いって徒労感にとらわれていたのだが、こうして好意的に反応してくれる人があらわれて、勇気百倍である。

 解説でも明記したように、当方の主張は英国の作家・批評家ブライン・ステイブルフォードが、その著 Scientific Romance in Britain 1890-1950 (Fourth, 1985) で展開した説の受け売り。刊行から数年後に入手したのだが、発行部数がよほどすくなかったらしく、すでに稀覯本と化していた。たしか古書で200ドルくらいしたと思う。清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったが、それだけの値打ちのある本だった。

2009-6-26 (Scientific Romance)

 その主張を簡単にいうなら、1890年ごろ英国に科学ロマンスと呼ばれる文芸ジャンルが誕生し、アメリカのサイエンス・フィクションとは平行して進化をとげたが、1950年ごろ、後者に吸収される形で消滅した、となるだろう。膨大な資料を基にその消長を語ったのが本書というわけだ。

 ある紹介文で本書の内容を知ったときの衝撃は、いまでもはっきり憶えている。それまでもイギリスSFとアメリカSFはかなりちがうと感じていた。だが、そのちがいを説明するには、国民性といった漠然とした要素以外に思いつかなかった。ところが、まったくべつの歴史と理念を持つジャンルのちがいであることがわかったのだ。すべての違和感が一挙に解消されて、目の前がパーッと明るくなったような気がしたものだ。
 だからこそ、なんとしても現物を読もうと思ったのだった。

 ステイブルフォードという人は、批評家としてはわりに凡庸で、鋭い洞察のようなものはないのだが、実証に重きを置いた本書では、篤実な性格がプラスに働いている。なにしろ、本書の大部分は、出版状況の概説と、いまでは入手もむずかしい作品の要約なのである。
 
 本書で項目が立っている作家の名前をあげておこう。さて、何人くらい知っていますか?
 
ジョージ・グリフィス、H・G・ウェルズ、M・P・シール、アーサー・コナン・ドイル、ウィリアム・ホープ・ホジスン、J・D・ベレズフォード、S・ファウラー・ライト、オラフ・ステープルドン、ニール・ベル、ジョン・グローグ、C・S・ルイス、ジェラルド・ハード

(2009年6月26日)


2012.06.21 Thu » 『レイ・ブラッドベリになる』

 ブラッドベリの訃報に接して、昨年の秋から積んであったブラッドベリに関する研究書を読んだ。ジョナサン・R・エラーの Becoming Ray Bradbury (University of Illinois Press, 2011) である。

becoming.jpg

 著者のエラーは高名なブラッドベリ学者で、すでにウィリアム・F・トゥーポンスと共著で Ray Bradbury: The Life of Fiction (2004) という大部の研究書を著している。

 表題から想像できるように、幼少期の読書体験から説き起こし、最初の長篇『華氏451度』を完成させるまでの足跡を丹念にたどった労作。作家を志してから一流と認められるまでの過程が、膨大なインタヴューや書簡を基に実証的に明かされている(そのため、ブラッドベリの記憶がいかに当てにならないかが証明される)。

 ある意味でサム・ウェラーの『ブラッドベリ年代記』を補完する内容で、あちらでは触れられていないエピソードが満載。とりわけ、商業誌デビューを果たした1941年以降、ブラッドベリがなにを読み、なにを考えていたかについての研究は貴重である。ブラッドベリがパルプ小説をほとんど読まなくなり、古典やら、同時代の純文学やら、思想書やらを貪り読んで、自分の世界をどんどん広げていくようすがよくわかる。

 通読して印象に残ったのは、華々しい成功の陰に隠れて見えにくくなっているものの、ブラッドベリの前半生は挫折の連続であったという点。
 作家として芽が出るまではもちろん、パルプ雑誌の常連となってからも没を食らってばかりだし、スリック雑誌に進出すれば、「変わっている」という理由で没を食らう。短篇小説作家としての名声を確立したあとは、長篇が書けないというプレッシャーに苦しめられる。
 それでもブラッドベリが成功したのは、周囲の人々にささえられたのと、本人が腐らず、あきらめずに努力をつづけたからだろう。当たり前のことだが、この当たり前のことをできる人間はかぎられているのだ。

 学術書なので、細かい点に拘泥しすぎる嫌いがあり、スラスラ読める本ではないが、ゴシップ的な観点からも興味深い。たとえば師匠のヘンリー・カットナーが、「作家としてオーガスト・ダーレスの轍は踏むな」とブラッドベリに忠告していたとか、イギリスでブラッドベリのオリジナル・ストーリーにマーヴィン・ピークが絵をつけた本が出ていたかもしれないなど。
 しかし、もっとも驚いたのはつぎのエピソードだ。

 ブラッドベリがハリウッドに進出を図っていた1951年。20世紀フォックスのプロデューサーに、あるSF短篇の脚色を頼まれた。その作品は、なんとジャック・ヴァンスの“Hard-Luck Diggings”。これは宇宙探偵《マグナス・リドルフ》シリーズの第1作だが、書きとばしの凡作である。

 その質の低さに困ったブラッドベリは、自作「長雨」の要素をヴァンスの短篇に混ぜこんで脚色したが、あえなく没になったという。(2012年6月14日)



2012.06.20 Wed » 『レイ・ブラッドベリ――虚構の人生』

【前書き】
 以下は2007年6月15日に書いたものである。誤解なきように。


 いまレイ・ブラッドベリの短篇集を訳している(追記参照)。ちょうど半分終わったところ。頭がすっかりブラッドベリなので、ブラッドベリ関係の本のことを書きたくなった。まずはジョナサン・エラーとウィリアム・F・トゥーポンスの研究書 Ray Bradbury: The Life of Fiction (The Kent State University Press, 2004)から。大判のハードカヴァーで570ページを超える大著である。

2007-6-15(Life of Fiction)

 妙にスキャンダラスになるので、表題をわざと直訳してみたが、じつをいうとこれは不適切。というのも、ご存じのように life には「人生」と「生命」のふたつの意味があり、fiction には「虚構」と「小説」のふたつの意味があるからだ。したがって本書の表題は、これらの言葉のさまざまな組み合わせを意味している。まったく翻訳者泣かせである。

 内容は、ひとことでいって学術書。ブラッドベリの主要著作をとりあげ、その成立の過程をくわしく論じ、改訂によるテキストの異同を詳細に吟味したうえで、テーマを分析している。
 だが、ブラッドベリの作品にはバフチーンのカーニヴァル化やら、ニーチェの道徳論やら、バシュラールの夢想の観念と同じものが見られるという議論がうっとうしい。たしかにその通りかもしれないが、あたりまえのことを小難しく言い換えているだけという気がしないでもない。まあ、学者だからしかたがないか。

 そういうわけで、ふつうの読者にはお奨めしないが、書誌情報は膨大だし、80ページ近い完璧な作品リストが付いているので、持っていて損はない。当方のようにブラッドベリについて書くことがある向きには、むしろ必携だろう。(2007年6月15日)

【追記】
 拙訳『猫のパジャマ』(河出書房新社、2008)のこと。


2012.06.19 Tue » 『ブラッドベリ 絵で見る半生』

 ジェリー・ワイスト著 Bradbury An Illustrated Life (Morrow, 2002) は、ブラッドベリの長年の友人が、作家の全面協力を得てブラッドベリの半生を図版資料でたどったもの。

2005-4-30(Illustrated Life)

 どのページを見ても貴重な図版ばかりで、まさに眼福。ファンなら必携の本なのである。
 
 とにかく、ブラッドベリが記事を書いて、ハネス・ボクがイラストを描いた謄写版のファンジンだとか、50年代のスリック・マガジンを飾った小説のカラー・イラストだとか、ブラッドベリ劇団の舞台写真だとか、ブラッドベリ自身のスケッチだとか、珍しい図版ばかり。

 せっかくなので、スキャンして一例をお目にかけよう。

2011-9-12(3)

 ブラッドベリ自身の手になる自著の表紙絵スケッチで、『何かが道をやってくる』と『黄泉からの旅人』である。これらのスケッチは画家にわたされ、じっさいの表紙絵に活かされることになる。

 もちろん、本文も充実していて、50年代ECコミックスとのかかわりを追求した章などは、資料価値が絶大。

 これはほんとうにいい本なので、ぜひとも邦訳を出したいのだが、いまのところ出版社から色好い返事はもらっていない。(2005年4月30日)

2012.06.18 Mon » ブラッドベリとムニャイニ

 ジョゼフ・ムニャイニというイラストレーターは、『10月はたそがれの国』や『太陽の黄金の林檎』の挿画でわが国でもおなじみだと思うが、ブラッドベリがもっとも信頼を寄せていた画家である。その作風に自分と共通する資質を感じとったらしく、「精神的なシャム双生児」とまでいっている。

blog_import_4f7c5610b3e75.jpg

 ふたりの出会いに関しては、サム・ウェラーによる伝記『ブラッドベリ年代記』にくわしいのだが、それによると、ブラッドベリが偶然ある画廊の前を通りかかったとき、ムニャイニのリトグラフが目にとまり、強い衝撃を受けた。すぐに画廊に飛びこんで、こんどはムニャイニの油絵を見せられ、すっかり惚れこんでしまったのだという。
 最初に見たのが「モダン・ゴシック」と題された幽霊屋敷風の建物を描いた絵。つぎに見たのが「キャラヴァン」と題された不思議な絵。どこへも行けない橋の上にカーニヴァル列車が停まっている絵だ。たしかに、どちらもブラッドベリ好みのモチーフが、ブラッドベリ好みの暗いタッチで描かれている。じっさい「キャラヴァン」は、のちに長篇『何かが道をやってくる』の霊感源になったらしい。

blog_import_4f7c560f57615.jpg

 ブラッドベリはこの2枚の絵を購入したいと思ったが、先立つものがない。「モダン・ゴシック」のリトグラフを月賦で買うのが精いっぱい。そこでムニャイニにこう持ちかけた――
「もしこの絵が売れ残ったら、半額でぼくに売ってくださいませんか。どうせ半分は画廊のとり分なんでしょう。それなら、あなたをあざむくことにはなりません。画廊はあざむいたっていいんです。あいつらは金持ちなんだから、いい面の皮ってものですよ」
 2週間後、ムニャイニから絵は2枚とも売れ残ったと連絡があり、ブラッドベリはめでたく絵を手に入れた。だいぶあとになってわかったのだが、ムニャイニはその絵を個展から引っこめて、ブラッドベリにゆずったのだった。

上。ムニャイニとブラッドベリ。1960年代初頭に撮影された写真。ブラッドベリは1920年生まれ。ムニャイニのほうが8歳年上で、イタリア生まれとのこと。

下。ムニャイニの油絵。左が「キャラヴァン」で、右が「モダン・ゴシック」。

(2011年9月11日)

2012.06.17 Sun » 『ブラッドベリ年代記』(ROC版)

【前書き】
 以下は2010年4月9日に書いた記事である。誤解なきように。


 クリストファー・コンロン編のリチャード・マシスン・トリビュート・アンソロジー『ヒー・イズ・レジェンド』の邦訳が小学館文庫より刊行された。
 原書は、この日記でも何度か書いたホラー系小出版社ゴーントレットの豪華本。こういう本の邦訳が出るとは、ふつうなら考えられない。マシスンというよりはキング&ヒル親子のご威光という気がしないでもないし、抄訳という点が残念だが、まずはめでたい。

 そのマシスンが師匠にトリビュート作品を寄せているアンソロジーがあるので紹介しよう。ウィリアム・F・ノーラン&マーティン・H・グリーンバーグがレイ・ブラッドベリの作家デビュー50周年を祝って編んだ The Bradbury Chronicles (ROC, 1991)である。もっとも、当方が持っているのは、例によって翌年同社から出たペーパーバック版だが。

2010-4-9(Bradbury Chronicles)

 編者のひとりノーランは、ブラッドベリ・ファンNo.1とでもいうべき存在で、ブラッドベリの旧友であるばかりか、ブラッドベリ研究者としても名を馳せている。トリビュート・アンソロジーを編むにあたって、これ以上の人選はない。そしてノーランは、人脈を活かして期待にたがわぬアンソロジーを作りあげた。

 ノーランの序文、アイザック・アシモフのはしがき、ブラッドベリの蔵出し短篇(追記参照)、ブラッドベリ自身のあとがきのほか、21人の作家がトリビュート作品を寄せている。意外な人が意外な作品をネタにして書いていたりもするので、整理して書いてみよう。

キャメロン・ノーラン 『たんぽぽのお酒』の続篇 *ノーラン夫人
エド・ゴーマン 「こびと」の続篇
ジェイムズ・キスナー 『火星年代記』の新エピソード
チャールズ・L・グラント 『何かが道をやってくる』の続篇
リチャード・マシスン
チャド・オリヴァー
ウィリアム・レリング・ジュニア 「アイナーおじさん」の続篇
チャールズ・ボーモント 1963年発表作の再録
ノーマン・コーウィン
ロバート・ランネス 『火星年代記』の新エピソード
リチャード・クリスチャン・マシスン  「見えない少年」を下敷きにした作品 *マシスン令息
チェルシー・クイン・ヤーブロ  「集会」の続篇
ブルース・フランシス  「みずうみ」の続篇
クリストファー・ボーモント *ボーモントの遺児
グレゴリイ・ベンフォード  『華氏451度』の続篇
ジョン・マクレイ  『死ぬときはひとりぼっち』の続篇
J・N・ウィリアムスン
F・ポール・ウィルスン  「十月のゲーム」を下敷きにした作品
ロバート・シェクリー  『火星年代記』の新エピソード
オースン・スコット・カード  『たんぽぽのお酒』の続篇
ウィリアム・F・ノーラン  『たんぽぽのお酒』の続篇

 注記がないものは、特定の作品へのトリビュートではなく、ブラッドベリの作風に似せたパスティーシュだと思ってほしい。
 
 集中ベストはオリヴァーかコーウィンの作品。前者はカリフォルニア・グループの一員、後者は1950年代にブラッドベリの作品をラジオに乗せた仕掛け人とあって、ブラッドベリとは因縁あさからぬ仲。ブラッドベリに対する熱い思いが伝わってくる秀作を書きあげた。

 上記2篇に代表されるように、特定の作品に対するトリビュートよりは、漠然としたパスティーシュのほうが出来がいい傾向がある。
 それでもシェクリーの『火星年代記』などは、ブラッドベリ本人が書いたといっても通りそうなほどだし、ノーラン夫人の作品もみごとな出来ばえ。玉石混淆の感は否めないが、総じて楽しめる本である。(2010年4月9日)

【追記】
 “The Troll”と題された軽いファンタシー。1950年に書かれた未発表作に手を入れたものだという。



2012.06.16 Sat » 『谺に耳をすませ』

【前書き】
 以下は2010年12月14日に書いた記事である。誤解なきように。


 夏からやっていた仕事が、とりあえず終わった。ブラッドベリの伝記の翻訳である(追記1参照)。
 なにしろ1000枚の大著なので、翻訳作業そのものにも時間をとられたが、それ以上にブラッドベリの作品の読み返しに時間をとられた。というのも、ブラッドベリの作品の内容に踏みこんだ記述が多いので、再読しないと不安で仕方がないのだ。まあ、再読自体は楽しかったが、それ以外の本がまったく読めなくなるのが困った。とにかく、今年の後半はブラッドベリ漬けで終わったような気がする。

 ゲラを見るのはもちろんのこと、邦訳書誌や索引の作成といった面倒な仕事がまだ残っているのだが、ひとまず解放感に浸っている。今日くらいはブラッドベリのブの字も見たくない。

 といった舌の根も乾かないうちに、ブラッドベリのインタヴューを紹介しよう。サム・ウェラー著 Listen to the Echoes: The Ray Bradbury Interviews (Melville House / Stop Smilling Books. 2010)である(追記2参照)。

2010-12-14(Listen)

 今年の6月に出た本で、伝記の翻訳の参考にしようと思って買った。著者のウェラーは、その伝記の著者でもある。どういうことか説明しよう。
 ウェラーは伝記を書くため4年がかりでブラッドベリに膨大なインタヴューをおこなった。その成果は伝記に結実したが、使われなかった部分も多く、その内容がめっぽう面白い。これを埋もれさせておくのは惜しいと考えた人がたくさんいて、インタヴューを整理しなおした本が出たというしだい。伝記と重複する部分が多いが、読みものとしての面白さは抜群なので、興味の向きには強くお勧めする。

 全体は13章に分かれ、「子供時代」「ハリウッド」「自作について」「信仰」「政治」「SF」といった具合に話題ごとにインタヴューが整理されており、さらに付録として、1976年におこなわれたが、これまで未発表だった雑誌のインタヴューが併載されている。ついでに書いておくと、収録されている写真は珍しいものばかりで、見ていると顔がにやけてくる。

 伝記に載っていないエピソードをひとつ紹介しよう。
 ブラッドベリが29歳のとき。バス停でUCLA行きのバスを待っていると、同じベンチに22歳くらいの青年がすわっている。青年は山ほど本をかかえていて、それがすべて科学書。人なつっこいレイは、青年に話しかけ、青年がUCLAのSFクラブの会員だと知る。
「好きな作家は?」
「ええと、アシモフ、クラーク、ハインライン……」
 しばらく待っていると、「ブラッドベリ」と名前があがった。
「ああ、ブラッドベリ! きみはブラッドベリが好きなのかい?」
「ええ、大好きです」
「ブラッドベリに会ってみたくないかい?」
「ぜひ会ってみたいです」
「そうか、きみの目の前にいるよ」
 バスが来て、車内でふたりの会話はつづく。
「きみの出身は?」
「キューバです」
「へえ、キューバのどこ? ハバナ?」
「その近く。ピカ・デ・ビアというところ」
「へえ、そういえば、ラストネームはなんていうの?」
「ヘミングウェイ」
 青年は文豪アーネスト・ヘミングウェイの息子だったのである。

蛇足
 本書の序文は、伝説のロック・バンド、ピクシーズのリーダー、ブラック・フランシスが書いている。ミュージシャンといえば、デイヴィッド・ボウイやサミー・デイヴィス・ジュニアがブラッドベリの大ファンで、ブラッドベリとの出会いに関して面白いエピソードが載っているのだが、またべつの機会に。(2010年12月14日)

【追記1】
 拙訳『ブラッドベリ年代記』(河出書房新社、2011)のこと。

【追記2】
 この本は先ごろ『ブラッドベリ、自作を語る』(晶文社、2012)として邦訳が出た。

2012.06.15 Fri » 『ブラッドベリとの会話』

【前書き】
 ひとつ誤解を解いておきたい。レイ・ブラッドベリの本名は、レイ・ダグラス・ブラッドベリである。レイモンド・ダグラス・ブラッドベリではない。戸籍上の名前も「レイ」である。
 もともと両親は、父方のいとこにちなんで彼を「Rae」と名づけるつもりだった。しかし、この名前は女性的すぎるので、大きくなったら、からかわれるようになると周囲に反対され、綴りを「Ray」に変えたのだった。

 一部に誤解が広まっているが、くれぐれもお間違いなきように。


 スティーヴン・L・アゲリス編 Conversations with Ray Bradbury (University Press of Mississippi, 2004) は、大学の先生が編んだブラッドベリのインタビュー集大成。

2005-5-3(Conversations with Ray Bradbury)

「集会」の成功でようやく名前が知られはじめた1948年の初インタビューから2002年の編者によるインタビューまで全21篇がおさめられている。詳細な年譜つき。この辺がいかにも学者の本。

 うち邦訳があるのは1964年の〈ショウ〉誌に載った「ブラッドベリ・インタビュウ」と1973年の〈テイク・ワン〉誌に載った「ヒッチコックとヒューストンとスクリーンの魔術師たちが私を育てた」の二篇(追記参照)。ただし、後者は雑誌に載った縮約版ではなく、未発表のロング・ヴァージョンが採られている(おかげで、かなり読み応えがある)。

 小説と映画の話が半々なのは、いかにもブラッドベリらしい。1970年代からいうことはまったく変わっていなくて、最近では頑固おやじぶりにますます磨きがかかっている。
「電話があるのに、なんでeメールが必要なんだね。いつ返事が来るのかわからないなんて、不便じゃないか」といった具合。やはり、1970年代から時間が止まっているようだ。ひょっとすると、それが長生きの秘訣かもしれない。

 それにしても、ブラッドベリという人は、われわれが考えているよりはるかに名士らしい。それがよくわかる本である。(2005年5月3日)

【追記】
〈SFマガジン〉2006年1月号がブラッドベリ特集を組んだとき、本書から2001年に発表されたインタヴューを「レイ・ブラッドベリ・インタビュウ」(聞き手、ジョシュア・クライン)として訳出した。

 

2012.06.14 Thu » 『ブラッドベリは語る』

【前書き】
 以下は2005年8月26日に書いた記事である。誤解なきように。


 またしてもブラッドベリの新刊が出た。こんどはエッセイ集である。

2005-8-26(Bradbury Speaks)

  Bradbury Speaks (Morrow, 2005) は250ページほどのハードカヴァーで、37篇のエッセイが収められている。そのうち約3分の1にあたる13篇が書き下ろし。残りは1962年と68年発表のエッセイが1篇ずつで、大半は1990年以降のもの。悪くいえば、落ち穂拾い的な性格が強い(追記1参照)。

 全体は6部に分けられており、各部はそれぞれ「創作について」、「SFについて」、「人について」、「生活について」、「パリについて」、「ロサンゼルスについて」と題されている。

 面白いエッセイもあるが、自慢話が多いので、ちょっと鼻につく。同じエピソードでも、サム・ウェラーの伝記のように他人が誉めるのと、ブラッドベリ本人が自慢げに語るのとでは、読んだときの感じがだいぶちがうのだ。
 逆に、飛行機恐怖症を克服した経緯を書いたエッセイなど、自分の愚かしさを笑う内容のものは抜群にいい。あるいは、恩人との思い出を綴った文章もすばらしい。最愛のパリを賛美したエッセイも、ブラッドベリらしい独特の文章が楽しめる。
 そういうわけで、ブラッドベリのファンにだけ薦めておく。

 ちなみに、前にこの日記で紹介した短篇集 The Cat's Pajamas は拙訳が河出書房新社から出ることになった(追記2)。これをウェラーの伝記邦訳につなげたいものだ。(2005年8月26日)

【追記1】
 のちに〈SFマガジン〉2006年1月号がブラッドベリ特集を組んだとき、「ブラッドベリ・エッセイ・セレクション」と題して本書から選びぬいた5篇を訳載した(すべて市田泉訳)。上に記した飛行機の話や、ウォルト・ディズニーとの思い出を綴ったエッセイもはいっている。

【追記2】
 拙訳『猫のパジャマ』(河出書房新社、2008)のこと。



2012.06.13 Wed » 『自分の尻尾を食べたドラゴン』

 レイ・ブラッドベリの短篇集 The Dragon Who Ate His Tail (Gauntlet, 2006) は、本文72ページの小冊子。もともとは Match to Flame の付録として作られたものだが、単体でも購入できる。

2008-6-13(The Dragon)

 例によってドン・オルブライトの編集によるもので、未発表短篇をはじめとして珍しい作品がおさめられている。オルブライトの序文につづく内容はつぎのとおり――

1 The Dragon Who Ate His Tail
2 To the Future  
3 The Fox and the Forest (fragment)
4 Sometime before Dawn (earlier version)
5 Sometime before Dawn (fascimile)
6 Alternate segmets

 1は未発表短篇。本書の目玉だが、わずか3ページの小品。
 2は「狐と森」という題名で邦訳のある短篇の初出ヴァージョン。〈コリアーズ〉掲載のものがイラストとともに復刻されている。今回はじめて原文で読んだが、そのサスペンスの盛りあげの巧みさにうなった。
 3は1990年に書かれたその脚本化。ワープロのプリントアウトをそのまま複写して載せている。
 4は「夜明け前」の題名で『猫のパジャマ』にはいっている短篇の初期ヴァージョン。両者をくらべると、改稿版はかなり刈りこまれていることがわかる。
 5はそのさらに初期稿。タイプ原稿が複写されている。
 6は同じフォルダにはいっていた断片3つ。

 Match to Flame もそうだが、カットがわりにブラッドベリ本人の落書きがふんだんにちりばめられている。もっとも、スキャンしてお見せしたくなるようなものではないが。
 ちなみに表紙絵はドン・オルブライトの筆によるもの(画題は『華氏451度』に登場する機械製シェパード)。そのまわりのトカゲだか狼だかの落書きが、ブラッドベリによるものである。(2008年6月13日)


2012.06.12 Tue » 『火つけのマッチ』

 例によって蔵書自慢。ものはレイ・ブラッドベリの Match to Flame: The Fictional Paths to Fahrenheit 451 (Gauntlet, 2006) である。限定750部のうち347番。ブラッドベリのサイン入りの豪華本。前に書いた送料36ドル(保険こみ)の本だ。

2008-6-11(Match 1)2008-6-11(Match 2)

 なんだか物騒なタイトルだが、副題にあるようにディストピアSFの名作『華氏451度』が完成するまでにブラッドベリが書いた同種のSFを集大成したもの。掲題ではあえて扇情的に訳したが、本来は「マッチから炎へ」くらいの意味だろう。完成作品は雑誌初出の形で(イラストも復刻して)、未完成作品はタイプ原稿の複写の形で、完成した未発表作品は活字で収録されている。雑誌黄金時代のものだけあって、復刻されたイラストはいずれも見応えじゅうぶんだ。

 例によってドン・オルブライトの編集で、いたれりつくせりの内容である。ちなみに、表紙のコラージュもオルブライト作。
 ブラッドベリの序文、ブラッドベリとリチャード・マシスンの往復書簡、ブラッドベリ学者トゥーポンスとエラーのエッセイにつづいてブラッドベリの作品がならべられている。そのうち邦訳があるのはつぎのとおり(追記参照)――

「火の柱」、「不死鳥の輝き」、「亡命者たち」、「第二のアッシャー邸」、「歩行者」、「ごみ屋」、「ほほえみ」

 さすがに黄金期のブラッドベリだけあって、逸品ぞろい。とはいえ、本書の目玉は『華氏451度』の原型ノヴェラ “The Fireman” と、その原型であるノヴェラ “Long after Midnight” だろう。後者については、著者の同題短篇とはまったくのべつもの。ブラッドベリという人は詩人肌なので、気に入った題名があると、平気でくり返して使うのである。書誌学者泣かせというほかない。(2008年6月11日)

【追記】
 のちに収録作の1篇が、「炉辺のコオロギ」の題名で短篇集『社交ダンスが終った夜に』(新潮文庫、2008)に訳出された。

2012.06.11 Mon » 『それは外宇宙からやって来た』

 ブラッドベリ作品の映画化はいくつもあるが、嚆矢となったのが1953年公開のユニヴァーサル映画「イット・ケイム・フロム・アウタースペース」だ。それに関する資料をブラッドベリの観点からまとめたのが、本書 It Came from Outer Space (Gauntlet, 2004)である。

2005-4-29(It Came from)

 版元のゴーントレットは、現代のアーカム・ハウスともいうべきスモール・プレスで、ホラーのリプリントを中心に面白い本をたくさん出している。この本も限定の豪華本で、持っているだけでうれしくなる出来。
 もっとも、トラブルつづきで刊行が遅れに遅れ、大枚125ドルを払った身としては、このまま出ないのではないかと心配したものだ。
 版元も悪いと思ったらしく、遅れたお詫びにブラッドベリの未発表短篇を12ページのパンフレットに仕立てたものがオマケとして付いてきた(アメリカでは先に配布されたらしい)。

2005-4-29(Is That You)

 付録になるくらいだから、箸にも棒にもかからない愚作だが、珍しいことは珍しい。
 ちなみに、本体も付録も表紙の絵はブラッドベリ本人の筆になるもの。上手くはないが、なかなか味のある絵だ。

 ついでに中扉も紹介しておく。通し番号とブラッドベリの署名がはいっているページで、素人くさいレタリングは、なんとブラッドベリの孫娘リジーちゃん(8歳)の手になるもの。このページをめくると、ブラッドベリとリジーちゃんのツーショット写真があらわれる。たいした祖父バカぶりだ。

2005-7-22 (It Came from)

 中身は盛り沢山だが、メインになるのは4稿にわたるブラッドベリのシノプシス原稿。小説と脚本の中間くらいで、本人はトリートメントと呼んでいるが、これがタイプ原稿のまま収録されている。あとは原型短篇やらインタビューやら、もうひとつのオマケの短篇やら。当時のプレス資料は見ているだけで楽しい。
 この本はなにかの形で紹介するつもりなので、あとはそのときに。(2005年4月29日)

【追記】
 本書におさめられた原型短篇は、拙編のアンソロジー『地球の静止する日――SF映画原作傑作選』(創元SF文庫、2006)に「趣味の問題」として訳出した。映画と原作の関係について、添野知生氏が犀利な考察をしている解説つきなので、ぜひお読みいただきたい。
「趣味の問題」は、のちにブラッドベリの短篇集『猫のパジャマ』(河出書房新社、2008)に収録された。

 なお〈SFマガジン〉2006年1月号がブラッドベリ特集を組んだとき、当方は「現役をつづけるブラッドベリ」という一文を寄せ、本書をくわしく紹介した。



 

2012.06.10 Sun » 『アーメドと忘れられた機械たち』

 Ahmed and the Oblivion Machines (Avon, 1998) は、湾岸戦争後の作品としては無邪気すぎるアラビアン・ナイト風ファンタシーだが、ブラッドベリの近作のなかではかなり出来がいい。

2005-4-28(Ahmed)

 隊商の少年アーメドが、砂漠で仲間とはぐれてさまよっていると、おかしな精霊(ジン)と出会い、〈忘れられた機械〉たちの墓場へ連れていかれる。そこは実現しなかった飛行機械たちが、幻の残骸をさらしている場。だが、アーメドの夢見る力の助けを借りて、機械たちは一夜かぎりの飛翔を楽しむのだった……。

 じつはこの本、ものすごく薄いハードカヴァーで、クリス・レインという人のイラストが9枚もはいっている。要するに絵本に近い造りであり、子供にプレゼントするための本らしい。その証拠に送る相手と送り主の名前を書く欄がある(ついでにいうと、ノンブルがない)。いい作品なので、数社に話を持ちかけてみたところ、却下されないかわりに進展もなし。邦訳を出すのはむずかしそうだ。(2005年4月28日)


2012.06.09 Sat » 『国歌演奏短距離選手その他の道化芝居』

 前に書いたとおり、レイ・ブラッドベリの伝記を翻訳した。
 そのなかで著者のサム・ウェラーがブラッドベリの戯曲「国歌演奏短距離選手」について、英国統治下のアイルランドの話だと書いている。だが、原型となった小説は、1950年代のアイルランドが舞台だ。果たしてこの記述は、著者の勘違いなのか、それとも戯曲と小説とは設定がちがっているのか。
 戯曲の内容を確認する必要が生じて、急遽問題の戯曲が収録されている本をとり寄せた。それが The Anthem Sprinters and Other Antics (Dial Press, 1963) だ。

2011-1-23(Anthem 1)

 再編集本をのぞけば、ブラッドベリは戯曲集を3冊出しているが、本書はその嚆矢。ちなみに第三集は、『火の柱』として大和書房から伊藤典夫訳が出たことがある。

 本書は160ページほどの大判ペーパーバックで、ブラッドベリが1953年の9月から翌年4月までアイルランドに滞在したときの経験から生まれた戯曲4本をおさめている。そのうちの3篇、つまり「月曜日の大椿事」、「四旬節の最初の夜」、表題作は小説の戯曲化。残る “A Clear View of an Irish Mist” が、舞台用の書き下ろしだ。

 いずれも滑稽味の強い一幕劇だが、戯曲としての出来はあまりよくないのではないか。というのも、ト書きが多すぎ、しかもそのト書きが小説的すぎるのだ。
 たとえば、酒場でワイワイやっていたところ、新来者が不用意な発言をして、沈黙が落ちるくだり――

「あたかもギロチンの大きな刃が落ちたかのよう。沈黙があたりを切り裂く。青年はたちまち申しわけなく思う。空中で停止するかのように、ダーツの矢は墜落する。ピアノがピタリと鳴りやむ。ハーモニカの音が途切れる。踊っていた者たちは、急によろける。だれもまだ青年に目を向けていない。ひょっとしたら、このよそ者が悔恨を荷造りして、立ち去るのを待っているだけかもしれない……」

 ブラッドベリらしいといえばブラッドベリらしいが、とても戯曲のト書きとは思えない。これを舞台で再現するのに、演出家と役者は苦労するだろう。
 『火の柱』を読むと、だいぶト書きが減っているので、ブラッドベリも試行錯誤をしていたのがよくわかる。

 ところで、問題の「国歌演奏短距離選手」だが、やはり1950年代のアイルランドが舞台だった。いちばん速い選手はロンドンのアイルランド人。なぜなら、イギリス国歌を聴きたくないから、という(小説にはない)台詞があるので、ウェラーは勘違いしたのかもしれない。
 ともあれ疑問氷解で、すっきりしたのであった。(2011年1月23日)

2012.06.08 Fri » 『吾々は常に巴里を持つであろう』

【前書き】
 レイ・ブラッドベリが現地時間6月5日に亡くなった。享年91。
 永遠に生きると思っていた人の訃報は、やはり衝撃が大きい。それが長く作品に親しんできた作家の訃報だと、人生の一部をもぎとられたような気がする。いまは頭が混乱しているので、とりあえずこれだけ――
 
 すばらしい作品をありがとうございました。安らかにお眠りください。 
 
 以下はブラッドベリ生前最後の新作短篇集について2011年2月27日に書いた記事である。追悼の意をこめて公開する。


 昨年の夏から延々やっていた仕事が、ついに手を離れた。サム・ウェラーによる伝記『ブラッドベリ年代記』である(追記1参照)。
 三校に赤をたくさん入れて編集者を青ざめさせたり、索引やら作品リストのチェックで気が狂いそうになったりしたが、それも終わり。本ができあがったら、きっとケアレスミスが見つかって天を仰ぐことになるだろうが、とりあえずいまは解放感に浸っている。

 というわけで、この日のためにとっておいたブラッドベリの最新短篇集 We'll Always Have Paris (William Morrow, 2009) を読んだ。もっとも、当方が持っているのは、例によって同年に出たハーパー・コリンズ版のトレードペーパーだが。

2011-2-27(We'll Always Have)

 序文につづいて21篇の短篇小説と1篇の詩がおさめられている。全作品が本書のための書き下ろしだが、半分くらいは旧作の蔵出しだと思われる。制作年が明記されているのは1篇(1984年)だけだが、作中の風物から1950年前後に書かれたと推察できる作品が多いのだ。
  近年のブラッドベリ短篇は、会話主体の一幕劇のようなスタイルが主流なので、装飾過多の散文を連ねた若書きとははっきり区別がつく。ただし、飛びぬけた傑作がない点は新旧を問わない。

 明らかにファンタシーやSFと呼べる作品は4篇。なかには『火星年代記』の番外編のような作品もあるが、わざわざなにかいう気は起きない。残りは「人生の一断面」を切り取った文芸短篇である。

 表題作は、ブラッドベリ自身と思われる主人公が、パリの一夜で遭遇した奇妙な出来事を描く。ちょっとホモセクシュアルなにおいのする小品。掲題ではわざと直訳したが、「来年もパリに来よう」くらいの意味だと思う。これは新作だろう【追記2参照】。
 いちばんよかったのは、“A Literary Encounter” という小品。旧作らしいが、こんな話だ――

 結婚して1年ほどの若い夫婦がいる。妻は夫が変わったと感じている。溌剌としたところが影を潜め、なにか陰気臭くなってしまった、と。
 夫は読書家で、いまはダシール・ハメットの『マルタの鷹』やサミュエル・ジョンスンの『アレグザンダー・ポープの生涯』を読んでいる。
 ある晩、妻はハタと気づく。
妻「ねえ、お願いがあるの。結婚前に読んでいた本をもういっぺん読んでもらえない」
夫「お安い御用だ。でも、なにを読んでいたっけ。思いだせないなあ」
 妻は思いだし、書店でその本を買ってきて、夫の机の上に置いておく。それを見つけた夫は、その本を手にとり……。
 翌朝、人が変わったように溌剌とした夫がキッチンにはいってきて叫ぶ。ここは原文で――

“Hello, beautiful woman! Hello, lovely, wonderful, kind, understanding creature, living in this great wide sweet world!”
 
妻「サローヤンね?」
夫「サローヤンだとも!」

(2011年2月27日)

【追記1】
 この本はサム・ウェラー著『ブラッドベリ年代記』(河出書房新社、2011)として無事に刊行された。

【追記2】
 簡単にストーリーを記しておく。

 わたし(ブラッドベリ)がパリで夜の散歩に出たところ、男につけられているのに気づく。ただ、その男はあとをつけているのではなく、「わたし」の前を歩いていて、こちらをうかがっては進む方向を同じにしている。「わたし」が声をかけるが、向こうは英語が話せず、「わたし」はフランス語が話せない。うまく意思が通じないまま、スポーツ・ジムへ連れていかれて……。
 実話をベースにしていると思われるが、なんだか不思議な話だ。

2012.06.07 Thu » 『予感』

【前書き】
 以下は2006年4月11日に書いた記事である。誤解なきように。


 ちょうど1年前、ウェルズの『宇宙戦争』(創元SF文庫、2005)を訳していたのだが、そのとき参考のために買ったのが、デイヴィッド・シード編の評論集 Anticipations : Essays on Early Science Fiction and its Precursors (Liverpool University Press, 1995) だ。

2006-4-11(Anticipations)

 ウェルズ論というわけではなく、初期のSFに関する論文集で、編者の序論のほか、11人の筆者による論文がおさめられている。

 アカデミックな色彩の強い本だが、ブライアン・ステイブルフォードが〈インターゾーン〉に寄せた『フランケンシュタイン』論や、有力ファンジンである〈ファウンデーション〉に載ったブライン・ネリストの19世紀未来小説概論なども載っており、象牙の塔にこもっているわけではない。本書にかぎらず、イギリスSF界では非常に高いレヴェルでプロとアマが侃々諤々とやっている印象がある。

 お目当てだったのは、パトリック・パリンダーの「メアリ・シェリーから『宇宙戦争』へ――テムズ・ヴァレーの大災害」という評論。この場合のメアリ・シェリーは『フランケンシュタイン』ではなく、破滅ものの大作『最後の人間』の作者である。つまり、テムズ川の文化史的な意味の変容が、イギリスSFのお家芸である破滅ものを生んだのだというわけ。かなり説得力があり、その論旨は『宇宙戦争』の訳者あとがきに要約しておいた。

 つぎに面白かったのは、エドワード・ジェイムズの「ガス灯ぎわのSF――19世紀英語圏SF序論」。表題通りの内容だが、具体的な数字をあげて、実証的に論じているのが興味深い。そして結語には共感することしきり――

「『サイエンス・フィクション』あるいは『SF』という現代のレッテルにまどわされて、統一体のように思えるが、じつはそれは、それぞれの文学史と特徴をそなえた共通点のないサブジャンルの集合体なのである」

(2006年4月11日)


2012.06.06 Wed » 『魔術と荒々しき浪漫――エピック・ファンタシーの研究』

 こんどは辛口のファンタシー論集。マイクル・ムアコックの Wizardry & Wild Romance: a study of epic fantasy (Monkey Brain, 2004) である。表題は19世紀の詩人ウェルドレイクの詩から。この詩人はムアコックのお気に入りらしく、最近の著作ではエピグラフによく引用している。

2005-11-4(Wizardry)

2005-11-4(Wizardry 2)

 
 じつはこの本は、1987年にロンドンのゴランツから出たものの増補新版。上の図版が新版、下が旧版の表紙である。新版の表紙絵は、ゲームのボックス・アートかなにかみたいで内容にあっていないが、幻の本が復活しただけで良しとしよう。

 増補新版ということで、どこが変わったかを列挙すると、チィナ・ミエヴィルの序文とジェフ・ヴァンダーミアのあとがきが付き、ムアコックが90年代に新聞に寄せた書評が8本追加されているほか、全体に記述がアップ・トゥ・デートされている。つまり、フィリップ・プルマンやJ・K・ローリングへの言及もあるわけだ。 
 もっとも、論旨そのものはまったく変わっていなくて、基本的にトールキン流エピック・ファンタシー批判であり、それを乗り越えた地平に新たなファンタシーを探ろうというものである。

 この点については、むかし『剣のなかの竜』(ハヤカワ文庫SF、1988)の解説で詳述したことがあるので興味の向きは参照されたいが(追記参照)、要するに「エピック・ファンタシーの主人公は、どいつもこいつも甘ったれたガキだ」という批判である。その証拠にムアコックは、こうしたファンタシーを「エピック・プー」と読んでいる。プーは「くまのプーさん」のプーだ。

 それはともかく、今回の新版で面白かったのは、ムアコックをキーパースンにして、エピック・ファンタシー改革の動きが起きようとしているのが見えたこと。その担い手が、この本にムアコック頌を寄せたミエヴィルとヴァンダーミアであり、ムアコックが書評で絶賛するスティーヴ・アイレット、K・J・ビショップ、ジェフリー・フォードといった面々だろう。共通点は、都市型のエピック・ファンタシーを書いていること。しばらくこの連中の作品を追いかけてみるとしよう。(2005年11月4日)

【追記】
 2007年に同文庫から出た新装版に、この解説は再録されていない。


2012.06.05 Tue » 『舌鋒』

 前にジョン・クルートのSF評論集 Strokes: Essays and Reviews 1966-1986 (Serconia Press, 1988) を持っていないと書いたら、親切な方が譲ってくださった(追記参照)。なんでも、書庫を整理するので、いらない本は処分するのだという。クルートの本のほかに、ストーム・コンスタンティンの本もたくさん譲っていただいた。どれも貴重なものばかり。王族のゴミは貧乏人の宝なのである。白石朗さん、ありがとうございました。

2005-12-12(Strokes)

 ところで、譲っていただいた本にケチをつけるようでなんだが、これらの本には煙草の臭いが強烈にしみついている。元の所有者は相当のヘヴィースモーカーらしい。白石さん、健康のために吸いすぎには注意してください。

 さて、問題の本だが、基本的にSF時評集。さまざまな媒体に寄せた書評の集大成である。
 クルートの毒舌ぶりは有名だが、はじめからエンジン全開で、書評をするというよりは、喧嘩を売っているとしか思えない。面白いのでさわりを紹介する。

 シマックの長篇 Our Children's Children (Putnam, 1974) に寄せて――
「かくしてキャリアの午後じゅう白昼夢を見て過ごしたクリフォード・D・シマックは、近年まれに見る愚劣で気のぬけた長篇を書いた。彼をなつかしむ読者は、だれもが愛し、称賛したシマックを求めて本書を手にとるだろう。だが、作者は眠りこけていたとわかるだけ。どこかの王子さまが彼にキスをするべきなのだ」

 マイク・アシュリー編のアンソロジー Souls in Metal (St.Martin's Press, 1977) に寄せて――
「概して彼のコメントは、活字になった文章のうちでもっとも苛立たしいもののひとつに数えられる。ハイスクール程度の文法的誤謬(まさに噴飯もの)と意図せざる造語が交配し、ヒロシマの蝿のようにそこらじゅうにたかっているのだ……ひょっとするとアシュリー氏は、英語の本が書けないのかもしれない。ひょっとすると版元は、英語の本がいかなるものか知らないのかもしれない」

 もっとも、クルートが俎上にあげる本は、半分以上が未邦訳なので、クルートがスカばかりつかんでいるという印象は否めない。
 果たして、それだけ多くの愚作が出ているのか、それともクルートの選択眼に難があるのか、はたまた、過激なことを書くためにわざと駄作を選んでいるのか、真相はいかに。(2005年12月12日)

【追記】
 いただいた本は大判ペーパーバックだが、同時にハードカヴァー版も刊行されたとのこと。


2012.06.04 Mon » 『証拠を見ろ』

 大森望著『現代SF1500冊 回天編 1996-2005』(太田出版、2005)を落掌した。これが賞賛に値する大労作であることを認めたうえで、あえて憎まれ口をたたけば、例によって誤記や誤植が散見する。
 そのうち一覧にして著書に送ろうと思うが、いちばん大笑いした例をあげると、432ページの「レスター・スプレイグ・ディ・キャンプ」。じつはディ・キャンプの頭文字「L」は、「Lyon」 の略なのだ。こういう誤記になった理由も推測がつく。たぶんレスター・デル・レイとごっちゃになったのだろう。自分もむかしそういう勘違いをしそうになったことがあるので、余計おかしかったのだ。

 それはともかく、本書の姉妹編『現代SF1500冊 乱闘編 1975-1995』(同前)を読んでいるとき、これとよく似た本を英語で読んだような気がしてならなかったのだが、ようやく理由がわかった。ジョン・クルートのSF時評集成 Look at the Evidence: Essays & Reviews (Liverpool University Press, 1995) を読んでいたからだ(追記参照)。

2005-10-31(Look at the Evidence)

 同書は辛口で知られる批評家のジョン・クルートが、1987年から1992年にかけて書いたエッセイと書評を集大成したもの。〈インターゾーン〉連載の時評コラムを柱に、各種の媒体に発表した書評や年間回顧をまとめている(このほかにSF批評論や作家論も載っているが、分量的には一割に満たない)。
 大判ペーパーバックで450ページを超す大冊。持つとずっしりと重い。このページのすべてを活字が埋めつくし、読めども読めどもSFの書評がつづくのだ。
 もっとも、ここでいうSFはジャンルSFにとどまらず、SF的な要素をとり入れた主流文学もふくんでいる。ロバート・アーウィンの『アラビアン・ナイトメア』や、スティーヴ・エリクスンの『ルビコン・ビーチ』などが大きくとりあげられていると書けば、感じがわかってもらえるだろうか。

 このように『現代SF1500冊』とそっくりの作りのうえに、書評対象期間も『乱闘編』とほぼ重なり、俎上にあげられる作品も共通している例が多い。まるで双子のような印象を受けるのも無理からぬところだろう。

 クルートの書評はほんとうに辛口で、読者から抗議の手紙が来たほど。もっとも、その顛末をコラムに仕立てて、自分の方針を宣言しているあたりはしたたかだ。
 かいつまんでいうと、「書評はたんなる読書ガイドではない。面白い本を薦めるだけが書評の仕事ではない。辛口書評は軋轢を生むが、それでも馴れ合いよりはまし。真実は人を解放する。歯に衣を着せぬ書評も必要なのだ」となるだろう。
 ちなみに、この宣言は「毒舌の外交儀礼」と題されている。

 ところで、本書には Strokes (1988) という姉妹編がある。こちらは1966年から1986年を対象にしたエッセイと書評の集大成とのこと。ますます『現代SF1500冊』と似て見えてくる。あいにく所持していないので、早速注文するとしよう。

 さらに余談だが、本書の表紙を飾ったインク画は、ジュディス・クルートの手になるもの。オリジナルは、1995年にロンドンで個展を開いたさいに盗まれたそうである。(2005年10月31日)

【追記】
 当方が持っているのはイギリス版。親本はアメリカのサーコニア・プレスから同年に出たハードカヴァーだそうだ。

2012.06.03 Sun » 『SFについて』読了

【承前】

 トマス・M・ディッシュのエッセイ集 On SF (2005) を読みおわった。ディッシュの毒にあてられて、すこしずつしか読む気が起こらなかった本である。

 この本は8割が毒舌、1割が称賛、1割が犀利な分析できできている。とにかく、相手がハインラインだろうが、レムだろうが、おかまいなしに喧嘩を売る姿勢は、ある意味で見上げたものだ。
 しかし、その毒舌はときに人を不愉快にさせる。たとえ、SFや文学に寄せるディッシュの愛情がいわせるのだとわかっていても。過激な阪神ファンの汚い野次が、ときに人を不愉快にさせるのと同じである。

 ところで、意外だったのは、ディッシュがグレゴリイ・ベンフォードの『タイムスケープ』を絶賛していること。前に書いたことがあるが、科学と科学者の両方をリアリティ豊かに描きだすことで、SF(観念)と文学(人間描写)を融合させるというこの本の方法論は、そういう概念自体がゆらいだ80年代にはすでに有効性を失っていた、というのが当方の見解。なぜ当方がディッシュのSF観に共鳴できないのか、これでわかったような気がする。

 蛇足。ディッシュという人は、誉める場合でも、なにかひとこといわずにはいられないらしい。たとえば、四部作の第二部にもかかわらず、ジーン・ウルフの『調停者の鉤爪』を手放しで称賛したあと、この本の装幀に文句をつけている。
 以下、大意要約――
 
「タイムスケープ・ブックスのペーパーバック版は、表紙がけばけばしくて、レジに持っていくのが恥ずかしいが、本そのものの造りはいい。対照的にダブルデイのハードカヴァー版はお粗末きわまりない。これだったら、著者の原稿をコピーして流通させたほうがましだ。ジーン・ウルフはもっとましな扱いを受けるに値する。そして一冊の本に10ドルを支払う人間も同じである」

(2008年8月7日)


2012.06.02 Sat » 『SFについて』

【前書き】
 以下は2008年7月8日に記したものである。誤解なきように。


 トマス・M・ディッシュが去る7月4日に亡くなった。享年68。自殺だそうだ。なにかやるせない気分に襲われる。

 追悼の意味で、ディッシュのエッセイ集 On SF (The University of Michigan Press, 2005) を読みはじめた。

2008-7-8(On SF)

 さまざまな媒体に書き散らした書評やエッセイを類別し、六つのセクションに収録したもの。このうち講演「SFの気恥ずかしさ」とUFO信者批判「グリニッチ・ビレッジのエイリアン」は邦訳がある。

 ディッシュの批評的態度は一貫していて、SFそのものに本質的にそなわった子供っぽさを批判し、返す刀で幼稚な読者と、それに迎合する出版界を糾弾するというもの。前に紹介した The Dreams Our Stuff Is Made of (1998) は、この観点からアメリカSFをテーマ別に、しかも通史的に分析していて、痛快きわまりない本だった。
 しかし、この本は題材が身近なだけに毒がきつすぎる面がある。

 読んでいて思ったのだが、ディッシュはいってみれば「過激な阪神ファン」なのである。自分のなかに高い理想があり、それを裏切る現状が許せないため、愛する対象に罵声を浴びせるのだ。
 だから、ディッシュは常にいらだち、毒づいている。ときには名指しで作家と編集者を槍玉にあげる。正直いって、読んでいてあまり気持ちのいいものではない。
 まとめて読むのはつらいので、この本はすこしずつ読んでいくことにした。読み終えて書きたいことがあったら、そのときまた書くとしよう。
 いまは故人の冥福を祈るだけである。(2008年7月8日)

【追記】
 この本は国書刊行会から邦訳が出るそうだ。気長に待とう。

2012.06.01 Fri » 『吾らは夢と同じ糸で織られているのだ』

 辛口のSF評論集を紹介したい。重鎮トマス・M・ディッシュの The Dreams Our Stuff Is Made of (Free Press, 1998) だ。ただし、当方が持っているのは、サイモン&シュスター系のタッチストーンから2000年に出たトレード・ペーパーバック版である。

2005-11-1(Stuff Dream )

 変わった表題は、シェイクスピアの『あらし』に出てくるプロスペロの台詞からとられたものだろう。

 簡単にいってしまえば、アメリカSF論。ポオから説き起こし、アメリカSFの諸相を分析しながら、痛烈な批判を加えていく。SFの可能性を信じている著者だけに、その可能性を浪費している実状には我慢がならないらしく、その舌鋒は辛辣をきわめる。この反骨精神は見上げたもので、非常に痛快な本である。

 じつは河出文庫の『20世紀SF』シリーズで解説を担当したとき、本書をだいぶ参考にした。とりわけ宗教とSFの関係を論じた章や、ミリタリーSFを批判した章には啓発されたものである。あらためてディッシュには謝意を表したい。(2005年11月1日)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。