SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.07.31 Tue » 『はじめての恋、はじめての恐怖』

【承前】
 むかし話を書いたらなつかしくなって、問題のTHATTA文庫を引っぱりだしてきた。すっかり忘れていたが、題名は『はじめての恋、はじめての恐怖』となっていた。奥付は昭和61年5月25日。全部で24ページのペラペラの小冊子である。

2011-3-22(First Love 2)

 表紙は大島弓子のイラストだが、どういう理由でこの絵が使われたのかは不明。異星で地球人の少年が水棲人の少女に出会い、淡い恋心をいだくが、異星人の残酷なライフサイクルの真実を知る、という話なので、内容とはまったく無関係だ。
 
 昨日も書いたとおり、この作品は「はじめての愛、はじめての恐れ」という題名で〈SFマガジン〉1990年9月号に転載された。そのときイラストを描いてくれたのが、なんと新井苑子さん。このころ〈SFマガジン〉に登場することはほとんどなくなっていたので、びっくりするやら、感激するやらだった。

2011-3-22(First Love 1)

 ちなみにこの号は、「海へ!」と題された海洋SF特集。当方にとって、初の特集企画だったので、好き放題やらせてもらった。つまり、作品も訳者も当方が全部決めたのだ。内容を簡単に記すと――

「ウェーヴライダー」ヒルバート・スケンク(拙訳)
「エルンの海」ジャック・ヴァンス(浅倉久志訳)
「鮫」エドワード・ブライアント(大森望訳)
「はじめての愛、はじめての恐れ」(拙訳)
「静かの海」グレン・クック(酒井昭伸訳)

 なんか思いきり豪華なファンジンを作るような感覚だった。考えてみれば、いまでも同じ感覚でアンソロジーを編んでいるのである。(2011年3月22日)
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2012.07.30 Mon » 『単子宇宙』

 ついでだからジョージ・ゼブロウスキーの短篇集も紹介しておこう。The Monadic Universe (Ace, 1977) である。1985年に改訂版がエースから出て、当方が持っているのはこちらのヴァージョンだ。

2011-3-21(Monadic)

 この本は永らく当方にとって憧れの対象だった。というのも、故ジーン・ヴァン・トロイヤー氏が〈SFマガジン〉1978年9月号の「SFスキャナー」欄でこの本を紹介していて、それが著しく興味をそそったからだ。しかも、掲載されていた著者の写真がまた恰好よかった。革のコートをまとい、眼鏡をかけた青年がこちらをにらんでいる図で、なにか非常に寒々とした雰囲気がただよっていた。
 
 紹介されていた作品を読みたくて仕方なかったのが、いっこうに邦訳されない。ゼブロウスキーの邦訳は「星のめぐり」という短篇ひとつだけという時代が長くつづいた。前にも書いたが、そのおかげで飢餓感が募りに募って、このころ幻だった作品にはいまでも執着がある。

 そういうわけで、1985年に改訂版を手に入れたときはうれしかった。すぐに「はじめての愛、はじめての恐れ」という海洋SFを翻訳して、ファン出版であるTHATTA文庫から出してもらった。のちに〈SFマガジン〉に翻訳を載せてもらえるようになると、ヴァン・トロイヤー氏の紹介にあった「異教の神」という短篇を邦訳して持ちこんだ。当方にとっては同誌で4作めに当たる。
 その後も「言葉そうじ」という短篇を同誌に載せてもらったほか、当方の企画で海洋SF特集を組んだときに前記「はじめての愛、はじめての恐れ」を転載してもらった。これで憑きものが落ちたのか、ゼブロウスキーへの執着はなくなった。

 むかし話が長くなったが、内容を記しておこう。
 元版はトマス・N・スコーシアの序文と短篇12篇を収録。改訂版は、ハワード・ウォルドロップの序文と短篇2篇を追加しているほか、一部の作品にかなり手がはいったり、改題しているとのこと。このうち邦訳があるのは、いままでに題名があがった4篇だけだ。

 誤解を恐れずにいえば、初期の荒巻義雄に似た作風。つまり、いかにもSF、SFした設定に哲学的思索を盛りこんでいるのだ。その好例が、ライプニッツの思想を基盤にした形而上学的宇宙SFである表題作。こんな話だ――

 超空間航法が実現し、人類初の恒星船が飛び立つ。が、それと同時に地球が破壊されてしまう。超空間駆動装置によって新たなエネルギーが開放され、実在の根本が消滅させられたのだ。なぜなら、超空間には思考に反応して「実在」をゆがめる性質があり、数十億の人間のあい矛盾する知覚が、実在を破壊してしまったから。
 宇宙船の乗組員たちは、自分たちが同じ問題にとらわれていることに気づく。新しい実在を創らないかぎり、超空間から出ることはできない。だが、実在とはなんだ……。

 これはいまでも読む価値がある。どこかに訳したいものだ。(2011年3月21日)

2012.07.29 Sun » 『オメガ・ポイント三部作』

 ジョージ・ゼブロウスキーといえば、わが国には哲学的スペース・オペラ『灰と星』(サンリオSF文庫)と『オメガ・ポイント』(同前)が翻訳紹介されている。後者の初版表紙絵が痺れるほどカッコいいのでお見せしようと思ったのだが、本が見つからない。さんざん探して、ようやく押入に眠っていた段ボール箱のなかから掘りだしてきた。その甲斐はあったと思うので、下の図版をご覧ください。

omega1.jpgomega2.jpg

 これは The Omega Point (Ace, 1972) の裏表紙と表紙。画家の名前は書かれていないが、ディロン夫妻ではないかと思う(追記参照)。ちなみに本書はゼブロウスキーの処女長篇である。

 同書は典型的なアメリカン・ニューウェーヴの産物で、大時代なスペース・オペラの設定に哲学的思索を盛りこんだもの。題名はもちろんティヤール・ド・シャルダンの進化思想からきている。眼高手低の感は否めないが、将来を嘱望させる作品だった。

 ゼブロウスキーは同書の前編と続篇を書き足して、全体を三部作とする構想を立てた。こうして1977年に第一部に当たる『灰と星』が出たが、Mirror of Minds と仮題の付された第三部はなかなか刊行されなかった。
 けっきょく遅れに遅れて1983年に出たが、そのとき前二作はすでに絶版だったらしく、三作をまとめた合本の形で出た。それが The Omega Point Trilogy (Ace, 1983) で、下の図版がその表紙。

2011-3-20(Omega Point Trilogy)

 というわけで、Mirror of Minds という単著はどこにもないのである。

 それにしても、いまオメガ・ポイントというと、楽天ポイントのたぐいと勘違いされそうな気がするなあ。(2011年3月20日)

【追記】
 ボブ・ペッパーという画家だった。お詫びして訂正します。

2012.07.28 Sat » 『オデッセイ』

【前書き】
 以下は2011年3月19日に記したものである。誤解なきように。


【承前】
 本日はアーサー・C・クラークの3回忌だ。この日までにと思って、ジョージ・ゼブロウスキーによるクラーク・インタヴューを読んだ。
 さほど目新しい内容はなかったが、クラークが尊敬する作家としてジョン・キア・クロスの名前をあげているのが意外だった。そう、「義眼」のジョン・K・クロスだ。
 ジョン・ウィンダムについてはこういっている――「ジョンはたいへんな好人物だったが、不幸にして小説家としては致命的な欠点があった。彼には不労所得があったんだ。もしなかったら、もっとたくさん書いていたにちがいない」

 じつは本文よりも、ゼブロウスキーの序文のほうが面白かった。とりわけクラークにはじめて会ったときのことを回想した部分。
 ときは1961年10月初旬、ところはニューヨーク・コロシアム。ここでアメリカ・ロケット協会の集会が開かれていたのだ。当時ハイスクールの生徒だったゼブロウスキーは、会場の一角で聞き覚えのある名前を耳する。ある宇宙船の概念図を指さして、だれかが「それはクラークの月着陸船だよ」といったのだ。その声はつづけていった――「ほら、クラーク本人がそこにいる」
「どこに?」とゼブロウスキーがたずねると、「すぐそこ、きみの隣」という答え。信じられない思いで首をめぐらすと、砂色の髪をした紳士が、身をかがめて月着離船の絵を熱心に見ていた。たしかに、『都市と星』のカヴァー裏に載っていた写真の人物だ!
 興奮したゼブロウスキーは、自己紹介してクラークのファンであることを告げ、持っていた協会の機関誌にサインしてもらう。するとクラークが、今晩のパーティーに来ないかと誘ってくれた。
 天にも昇る心持ちで会場へ行くと、ドアの前でクラークが待っていて、会場内でウィリー・レイとヴェルナー・フォン・ブラウンを紹介してくれる。フォン・ブラウンに「きみはなにになりたいの?」と訊かれたゼブロウスキーは「作家です」とおずおずと答える。すると、フォン・ブラウンは「よし、がんばれ」といってくれる。感激のあまり、ゼブロウスキーはフォン・ブラウンのサインをもらうのを忘れたという。

 あー、書いていてうらやましくなる。

 さて、クラークの本格的な伝記といえばニール・マカリアーの Odyssey: The Authorised Biography of ARTHUR C. CLARKE (Gollancz, 1992) がある。ハードカヴァー400ページあまりの大冊で、1990年くらいまでのクラークの人生を丹念に追っている。ブラッドベリの伝記もそうだが、作家になるまでの話がめっぽう面白いので、これが未訳なのは残念というほかない。

2011-3-19(Odyssey)

 著者は航空宇宙関係のライターのようだが、よく知らない。ご存じの方はご教示ください。

 内容については、牧眞司氏が本書を基に詳細な年譜を作っているので、そちらに当たってもらいたい。拙編のクラーク傑作集〈ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク〉全3巻(ハヤカワ文庫SF)に分載されているので、ぜひお読みください。

 と、これで終わるとただの宣伝になるので、ひとつだけエピソードを紹介。

 19歳から20歳のころ、クラークはロンドンにいて、宇宙飛行の実現に情熱をかたむける者の集まり〈英国惑星間協会〉のメンバーとして活躍するいっぽう、SFファンの集まりにも欠かさず顔をだしていた。〈英国惑星間協会〉の会合は、あるパブで隔週の木曜日に開かれていた。なぜ毎週でないかというと、そのあいだの木曜日にSFファンが同じパブで会合を開いていたからだ。ちなみに、両者のメンバーは80パーセントが重複していたそうだ。(2011年3月19日)


2012.07.27 Fri » 『複数の前哨』

 Sentinels In Honor of Arthur C. Clarke (Hadley Rille, 2010) は、題名からおわかりのとおり、2008年3月に亡くなったSF界の巨星アーサー・C・クラークに捧げるトリビュート・アンソロジーだ。ハードカヴァーとトレードペーパーの2種があるが、当方が持っているのはもちろん後者である。

2011-3-14(Senteniels)

 編者はグレゴリイ・ベンフォード&ジョージ・ゼブロウスキー。前者はクラーク作品の続篇を公式な立場で書いたこともあるハードSF作家、後者は作家であると同時にSF界の世話役的立場にある人物で、ふたりとも生前のクラークとは親しくしていた。トリビュート・アンソロジーの編者としては、申し分のない人選といえる。

 巻頭の献辞が泣かせる――「サー・アーサー・C・クラークではなく、われらが生涯の友アーサーに捧ぐ」

 この種のアンソロジーは新作書き下ろしと相場が決まっているが、編者たちはそういう手段をとらなかった。基本的に再録、しかもクラーク論やエッセイをふくめるという非常にマニアックな本を作りあげたのだ。さらに、作家によっては小説再録に合わせて書き下ろしのエッセイを寄せてもらうなど、隅々まで配慮が行きとどいている。

 未訳作品の題名をずらずら並べてもしかたないので、簡略化した形で目次を示そう。特記したもの以外は小説である――

1 ダミアン・ブロデリック(評論)
2 ハワード・ウォルドロップ&A・A・ジャクスン四世
3 グレゴリイ・ベンフォード(書き下ろしエッセイ付き)
4 アレン・スティール
5 ジョーン・スロンチェフスキー
6 シーラ・フィンチ
7 ラッセル・ブラックフォード(評論)
8 スティーヴン・バクスター(書き下ろしエッセイ付き)
9 フレデリック・ポール(再録エッセイ付き)
10 「おお、ミランダ!」チャールズ・ペレグリーノ&ジョージ・ゼブロウスキー
11 「血清空輸作戦」ロバート・A・ハインライン
12 アイザック・アシモフ
13 「プリティ・ボーイ・クロスオーヴァー」パット・キャディガン
14 ジェイムズ・ガン
15 クリストファー・マッキターリック
16 ジャック・ウィリアムスン
17 パメラ・サージェント
18 ジョージ・ゼブロウスキー(評論)
19 アーサー・C・クラーク(ゼブロウスキーによる未発表インタヴュー)

 ハインラインとアシモフを並べたあたりは粋なはからい。ウィリアムスンの作品をふくめ、再録アンソロジーだからこそできた芸当である。

 ちなみに版元はSFマニアが立ち上げたスモール・プレス。編者たちは企画を持っていろいろな出版社をまわったが、手をさしのべてくれたのはここだけだったという。

 偉そうに書いてきたが、バクスターの小説(暗黒物質によるビッグ・リップを題材にした静謐な破滅もの)を読んだほかは、エッセイを拾い読みしたくらいなのが情けない。来る19日はクラークの3回忌なので、それまでにインタヴューくらいは読んでおこう。(2011年3月14日)

2012.07.26 Thu » 『白鹿亭綺譚』

【前書き】
 以下は2011年6月23日に記したものである。


  うれしい本が届いた。アーサー・C・クラーク著 Tales from the White Hart (PS Publishing, 2007)だ。
 普及版ハードカヴァー限定500部のうち27番。クラークのサイン入り。

2011-6-23(White Hart 3)


 表紙絵がなかなかいいので裏表紙もスキャンしておいた。画家はなんとJ・K・ポッター。へえ、こんな絵も描くのか。

tales1tales2

 これはクラークのユーモアSF連作として有名な『白鹿亭綺譚』の50周年記念版。邦訳のある1957年版とのちがいは、①スティーヴン・バクスターの序文、②クラークが1969年版に寄せた「まえがき」、③新作短篇(バクスターとの共著)の収録である。

 お目当てはもちろん③。ハヤカワ文庫で《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》を編んだとき、クラークの中短篇はすべて読んだつもりだったのだが、当時はこの短篇のことを知らずに読みもらしていた。昨年その存在に気づいたのだが、すでに新刊では手にはいらず、貧乏翻訳家にはおいそれと手が出ない古書価がついていた。ようやく手の出る値段のものを見つけたので、今回購入に踏みきったしだい。
 クラーク&バクスターの作品の例にもれず、クラークはアイデアを出すだけで、文章は1行も書いていないのだろうが、それでも胸のつかえがとれてすっきりした。

 問題の短篇は “Time Gentlemen Please” (コンマがないのは誤記ではない)。かつてパブ〈白鹿亭〉に集った面々が、50年ぶりに再会を果たす物語だ。クラークの分身チャールズ・ウィリスは、携帯電話のTV画面を通じて地球の裏側から参加している。人呼んでヴァーチャル・ゲスト・オブ・オナー。

 いっぽう生身のゲスト・オブ・オナーはベン・グレッグフォード。物理学の博士なのだが、モデルがだれかはおわかりですね。骨董品集めが趣味で、手に入れたばかりの掘り出し物(17世紀の白鑞製大ジョッキ)をホクホク顔で撫でさすっている。

 そこへ登場したのが、90代となったハリー・パーヴィス。例によって怪しげな話をはじめる。オーストラリアにいたころ、知り合いの物理学者が、自分のまわりの時間だけを早める実験に成功したというのだ。その割合は1対1万。つまり、世間で1秒たつあいだに、自分は1万秒、すなわち約3時間分の活動ができるというわけだ。もちろん、まわりは凍りついたように見えるにちがいない。

 これを聞いて、参加者のひとりが携帯電話に向かっていう――「おい、チャールズ、あんたの短篇にそういうのがなかったっけ? 美術品泥棒が時間を遅らせる話。題名はたしか――『愛に時間を』かな?」
「そいつはハインラインだ」とべつの参加者。
「じゃあ『時は乱れて』かな?」
「ディックだ!」

 こういうくすぐりがあったあと、時間を早めた結果が語られる。ウェルズの「新加速剤」でもクラークの「時間がいっぱい」でも看過されたマイナス面が明らかになり、実験者は死亡してしまうのだが、その詳細はまたの機会に。
 パーヴィスの話のあいだ、ベン・グレッグフォードが専門の物理学の立場からしきりに疑問を呈し、パーヴィスを追いつめるが、最後に逆襲される。パーヴィスによれば、その時間加速法は人間にとっては致命的でも、物品にとってはそうではない。たとえば、新品の白鑞製大ジョッキをこの加速装置にかければ、あっというまに骨董品ができあがる。どうやらこの装置が悪用されている節があるのだが……。(2011年6月23日)

2012.07.25 Wed » 『ドラブルⅡ――二重世紀』

 アーサー・C・クラークの短篇を全部読もうと思って、未訳の作品が載っているアンソロジーを2冊とり寄せた。そのうちの1冊は前に紹介したが、残る1冊がロブ・ミーズ&デイヴィッド・B・ウェイク編の Drabble Ⅱ: Double Century (Beccon, 1990) だ。ファン出版の小型ハードカヴァーである。

2009-12-1 (dorabul)

 ドラブルというのは、モンティ・パイソンの造語を冠した新形式の文芸。100語きっかりで書かれた超ショートショートのことである。邦訳したら400字詰め原稿用紙1枚に満たない短さだ。

 もともとはイギリスのSFファンふたりが思いついて、十数編を集めたファンジンを作ろうと思ったのだが、話を聞いた者たちがわれもわれもと参加を希望して、百篇を集めた本にふくれあがった。しかも、寄稿者にはブライアン・オールディス、アイザック・アシモフなどの著名作家も多数ふくまれていた。
 1988年に出た第一集が好評で、2年後に出た続篇が本書というわけだ。限定1000部のうち941番の通し番号がはいっている。

 面白いのは、チャリティを目的にしていること。収益は盲人のための読書プログラムに寄付される。したがって原稿料はなく、現物が一部支給されるのみ。それでもロジャー・ゼラズニイ、ブルース・スターリング、C・J・チェリイなど、錚々たる面々が顔をそろえている。

 クラークが寄せたのは “Tales from the “White Hart”, 1990: The Jet-Propelled Time Machine” と題された1篇。《白鹿亭綺譚》の新作なので、ひょっとしてハヤカワ文庫版《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》に使えないかと思ったのだが、そういうわけにはいかなかった。
 
蛇足。掲題の「二重世紀」は無理やりの直訳。本来は「2×100」の意味だが、それだと面白くないので、わざとこうした。(2009年12月1日)

2012.07.24 Tue » 『南極周期』

 ついでにクラークのパロディ短篇が収録されているアンソロジー The Antarktos Cycle (Chaosium, 1999)も紹介しておこう。ただし、当方が持っているのは、2006年に出た第二版のトレードペーパーバックだが。

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 編者のロバート・M・プライスは、クトゥルー神話の研究者としては世界でも指折りの人物。アンソロジストとしても辣腕をふるっており、とりわけゲーム系の出版社ケイオシアムが出しているクトゥルー神話関係のアンソロジーをものすごい勢いで量産している。新紀元社から邦訳が出た『エイボンの書』(2008)というアンソロジーがその一冊なので、どういうものかはわかってもらえるだろう。

 プライスの博識と豊富なアイデアには瞠目するが、同人誌レヴェルの作家を重用する嫌いがあり、アンソロジー自体の価値を下げている感がある。

 表題からわかるとおり、本書は南極をテーマにしたクトゥルー神話関係のアンソロジー。つまり、ラヴクラフトの「狂気の山脈にて」を中核に、その霊感源となった作品、それを霊感源とした作品を配するという趣向だ。収録作はつぎのとおり――

1「南極」H・P・ラヴクラフト (14行の詩)
2「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」エドガー・アラン・ポオ(480枚)
3“The Greatest Adventure” ジョン・テイン(490枚)
4「狂気の山脈にて」H・P・ラヴクラフト(300枚)  
5“The Tomb of the Old Ones”コリン・ウィルスン(330枚)
6「陰気な山脈にて」アーサー・C・クラーク(25枚)
7「影が行く」ジョン・W・キャンベル・ジュニア(170枚)
8“The Brooding City”ジョン・グラスビー(45枚)
9“The Dreaming City”ロジャー・ジョンスン(35枚)

 作者の名前のあとに付したのは、400字詰め原稿用紙に換算した枚数。この本がどれだけ大部かわかってもらえるだろう。ちなみに、初版では、ジュール・ヴェルヌの『氷のスフィンクス』の抜粋が載っていたとのこと。

 未訳の作品はクラークの短篇しか読んでいないので、内容についてはなにもいえないが、書誌情報を補足しておく(追記参照)。

 1は長篇詩「ヨゴス星より」の第十五章を独立させたもの。全体の序詩として収録されている。
 5はウィルスンのファン・サイトに掲載されていた作品で、出版されるのは今回がはじめてだという。
 7は “The Thing from Another World” という別題が採用されている。
 8と9は同人誌レヴェルの作家の短篇。(2009年7月30日)

【追記】
 この後8と9を読んでみたが、どちらとも南極とは関係のないラヴクラフト・パスティーシュだった。つまり、禁断の文献を手に入れた主人公が、超古代都市の実在を確信し、探検隊を組織して秘境へ分けいったところ、怪異に遭遇して身を滅すという話。前者はアフリカ、後者はゴビ砂漠が舞台である。
 この2篇を読んでがっかりしたので、3と5は未読のままになっている。

2012.07.23 Mon » 「陰気の山脈にて」のこと

 《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》を編むことになって、クラークの中短篇すべてに目を通すことにしたのだが、デビュー以前にファンジンに発表した7篇のうち1篇が手元になかった。そこであわてて問題の作品が収録されているアンソロジーを注文した。
 ロバート・M・プライスが編んだ The Antarktos Cycle (1999) という本で、このなかに “At the Mountains of Murkiness: or, From Lovecraft to Leacock” というクラークの短篇がはいっているのだ。もともとは〈サテライト〉というファンジンの第3巻第4号(1940年)に発表されたものだそうだ。

 勘のいい方ならおわかりのように、これはH・P・ラヴクラフトの代表作のひとつ「狂気の山脈にて」“At the Mountains of Madness” (1936) のパロディ。副題に名前が出ているリーコックは、カナダのユーモリスなので、どんな作品かはだいたい想像がつく。
 クラークとラヴクラフトというとピンとこないかもしれないが、クラークがロード・ダンセイニの心酔者だったことを思えば意外ではない。幻想の宇宙年代記志向という点で共通しているし、じっさい、『銀河帝国の崩壊』あるいは『都市と星』に出てくる〈狂った精神〉のくだりは、クトゥルー神話めいたところがある。
 それで思いだしたが、若いころのクラークは、SF誌〈アスタウンディング〉の熱心な読者だったので、「狂気の山脈にて」も「時間からの影」も初出時にリアルタイムで読んで感銘を受けているのだ。

 で、この作品だが、原典にならって、南極探検隊が遭遇する異常な事件を描いている。パロディの常道で、原典のストーリーや文体を巧みに模倣しながら、おどろおどろしい雰囲気とは落差の大きい滑稽な言葉を放りこむという書法。ファン・ライティングの鑑のような作品だ。

 原文を見てほしいので、さわりを引用しておく――

That we fled the wrong way was, under the circumstances, nobody's fault. So great had the shock been that we had completely lost our sense of direction, and before we realized what had happend we suddenly found ourselves confronted by the Thing from which we had been trying to escape.
I cannot describe it: featureless, amorphous, and utterly evil, it lay across our path, seeming to watch us balefully, For a Moment we stood there in paralyzed fright, unable to move a muscle. Then, out of nothingness, echoed a mournful voice.
“Hello, where did you come from?”

 最後にいかにも英国人というギャグがあって、大いに笑わせてもらった。探検隊は、怪物がお茶を淹れている隙に逃げだすのだが、出口直前で追いつかれてしまう。すると息を切らせて突進してきた怪物がいうのだ――「コンデンスト・ミルクしかないんだが――かまわないかな?」(2009年7月29日)

【追記その1】
 この作品は、のちに竹岡啓氏によって「陰気な山脈にて」として訳出され、コミックス版『狂気の山脈』(PHP研究所、2010)に収録された。

【追記その2】
 掲題では「陰気の山脈にて」となっている作品名が、追記では「陰気な山脈にて」になっているのは不統一だという指摘をいただいた。これは意図的なものである。
 原題は「狂気の山脈にて」のもじりなので、掲題はそれにならっている。しかし、追記に登場するのは、じっさいの訳題なので、こう書くしかない。
 混乱を招くもとだとわかったが、この日記を書いたほうが早いし、原題が駄洒落である点を強調したいので、無理に統一する必要はないと判断した。

 念のために書いておくが、「狂気の山脈にて」のほかに「狂気山脈」、「狂気の山にて」という訳題も存在したが、いちばんポピュラーだと思われた「狂気の山脈にて」にならったのだった。「狂気の山脈」という訳題は、この日記を書いた時点では存在しなかった。


2012.07.22 Sun » 『アーサー・C・クラーク中短篇集成』

 この前クラークのノンフィクション集成を紹介したので、小説集成のほうも紹介しておこう。The Collected Stories of Arthur C. Clarke (Orion/Gollancz, 2001)である。ただし、当方が持っているのは、同年にトーから出たアメリカ版ハードカヴァーだが。

2008-7-10(Complete)

 これは1000ページ近い大冊で、クラークが1937年から1999年にかけて発表した中短篇と、小説とはいえない小品や記事が104篇おさめられている。細かい活字がぎっしり組まれていて、1ページあたり、400字詰め原稿用紙で4枚近くの枚数を収録しているといえば、そのヴォリュームは想像がつくだろう(それでも収録できなかった作品が5篇あるというから驚きだ。そのうちの1篇は『銀河帝国の崩壊』の雑誌掲載ヴァージョンだから、当然といえば当然だが)。
 ほぼ全篇にクラークのコメントが付いているのがうれしい。ただし、書き下ろしではなく、編集者がいろいろなところから探してきたもの。立派な仕事である。

 当方の知るかぎり、未訳作品は7篇。そのうち4篇はデビュー前にファンジンに発表した習作短篇(3篇)とエッセイ。1篇は半ページにも満たない小品(コント)。1篇は長篇『神の鉄槌』の原型短篇である。

 残る1篇は、1951年に〈エアレス〉という女性雑誌に4回連載された中篇。チャールズ・ウィリスの筆名で発表された。本人は「なぜ筆名を使ったのか憶えていないが、マッチョなイメージを壊したくなかったのかもしれない」と述べている。

 じっさい、その作品 “Holiday on the Moon” は、まさに女性誌向けの科学啓蒙小説。ときは21世紀初頭、月の天文台に勤める科学者のもとへ、その妻と娘と息子が休暇を利用して訪ねるようすを描いている。ストーリーというほどのものはなく、主に18歳の長女の視点で旅行の模様がスケッチされる。

 もちろんクラークのことだから、その描写は迫真的。読んでいると、どうしてこういう宇宙旅行が実現していないのだろうと不思議になる。
 貴重な未訳作品なので、いつか紹介したいものだ(追記参照)。
 
 そういえば、クラークには未来の海中レジャーを予言した “Undersea Holiday” (1954) というノンフィクションがある。合わせて訳出したら面白いのではないか。(2008年7月10日)

【追記】
 この作品は、「月面の休暇」(小野田和子訳)として《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》第2巻『90億の神の御名』(ハヤカワ文庫、2009)に収録した。

2012.07.21 Sat » 『インド洋の財宝』

【承前】
 マイク・ウィルスンの沈没船探しでは、初期段階で少年ふたりが大活躍した。そのせいかどうかは知らないが、The Treasure of the Great Reef を青少年向けにした本が出ている。それが Indian Ocean Treasure (Harper & Row, 1964) だ。
 大人向けよりひとまわり大きく、ひとまわり薄い本になっている。ちなみに、これも図書館の廃棄本。

2011-10-21(Treasure)

 簡単にいうと、The Treasure of the Great Reef を半分ほどにちぢめ、一部の文章を書きあらためたもの。レイアウトがちがい、数えまちがいでなければ、写真は48枚が収録されている。

 すでに書いたように、1961年の遠征ではふたりの少年が活躍した。ボビー・クリーゲル(14歳)とマーク・スミス(13歳)で、ふたりともスリランカ在住アメリカ人の子弟である。
 上掲の表紙写真は、引き揚げた銀貨のかたまりと小型の大砲(いわゆる旋回砲)をふたりが調べているところ。向かって右側がボビー、左側がマークである。

 クラーク流にいえば、ふたりは「実質的に両棲類」であり、卓越したダイヴァーだった。その実力を見こまれて、ウィルスン製作の水中映画に出演することになり、グレート・バセスに赴いて、たまたま沈没船の遺物に遭遇したのだった。

 マークの日記を読んだクラークが、たいそう感銘を受けて、それを引用している。面白いので紹介しよう――

「先日わたしは、この遠征に関するマーク・スミスの日記にぶつかった。簡潔すぎて、もどかしいほどなので、全文を引用したくなる。最初の記述はたったのこれだけ――『1961年3月12日。到着』」
 
 クラークによれば、このそっけない記述の裏には、椰子の木にふちどられたセイロンの南西岸――世界でも指折りの絶景――を175マイルにわたってドライヴし、アウトリガー型ボートが浜にならぶ漁村をいくつも通り過ぎ、場合によっては象に出会えるジャングルのわきを通ってキリンダという漁村にたどり着き、そこで船に乗り換えて荒波を越え、絶海の岩礁にそびえる灯台へいたった旅程が潜んでいるのだという。
 言葉を惜しむのもほどがある!(2011年10月21日)

2012.07.20 Fri » 『大珊瑚礁の財宝』

 わけあって先日アーサー・C・クラークの海洋ノンフィクション The Treasure of the Great Reef (Harper & Row, 1964) を引っぱりだしてきた。そのわけは、近々ある方が発表するかもしれないので、ここでは触れないでおく(追記参照)。

2011-10-20(Treasure)

 さて、本書はクラークがスリランカに定住し、スキューバ・ダイヴィングに熱中していたころの著作で、クラーク本人が体験した沈没船の宝探しを題材にしている。

 話は1961年にはじまる。クラークの友人で水中カメラマンのマイク・ウィルスンは、スリランカ南東部の沖合にあるグレート・バセスという珊瑚礁で取材を数年来つづけていた(1959年にはクラークも同地へ赴いている)。この年ウィルスンは、14歳と13歳のアメリカ人少年ふたりを同行させていた。三人は水中観察に精をだしていたが、たまたまウィルスンが、古い小型の大砲らしいものを海底に発見した。調べてみると、硬貨のようなものもたくさん見つかった。おそらく近くに沈没船があるにちがいない。
 だが、運悪く、その海域で潜れるシーズンは終わるところだった。満足のいく調査ができないまま、三人はグレート・バセスを離れることを余儀なくされた。

 彼らが持ち帰った硬貨は、アウランゼブ皇帝統治下のムガール帝国で1702年に鋳造されたものだと判明した。ウィルスンは本格的な沈没船探しを秘密裏に行うことを決意する。

 カラー水中映画で成功をおさめていたウィルスンは、調査のために船を建造することにし、準備万端ととのえたうえで、1963年にチームを組んでグレート・バセスにもどった。クラークもチームの一員として同行した。

 調査は難航し、沈没船も船体は原型をとどめていないと判明する。それでも大型の大砲、大量の銀貨、ピストルの銃床などの遺物を引き揚げることに成功した。銀貨の多くは固着したかたまりになっており、そのうちのひとつはのちにスミソニアン博物館に寄贈された。

 以上の顛末をユーモアたっぷりに語ったのが本書。写真が60枚収録されており、非常に楽しい本である。表紙の写真は、ウィルスンが銀貨を調べているところ。背景にグレート・バセスの灯台と周辺の海が合成されている。
 書き忘れたが、本書はマイク・ウィルスンとの共著になっている。

 ところで当方が持っている本は、どこかのハイスクール図書館の廃棄本(学校名は墨で塗りつぶしてある)。当時の青少年は、この本を読んで胸をわくわくさせたのだろうなあ。(2011年10月20日)

【追記】
 ことの起こりは、作家で古本マニアの北原尚彦氏から問いあわせを受けたこと。古い学習雑誌を買ったら、クラークの「大さんご礁の宝」という海洋ノンフィクションが載っていたが、ほかに邦訳はあるのか、というお尋ねである。もちろん、当方は初耳だった。
 くわしいことは、北原氏のweb日記「古本的日常」2011年10月18日の記述をお読みください。

http://homepage3.nifty.com/kitahara/furuhon2011.html#2011/10

 余談だが、以前クラークの科学エッセイ「ベツレヘムの星」を本邦初訳と銘打って翻訳したところ、すでに「賢者の星」として山高昭訳が存在することを北原氏に教えていただいた。あらためて感謝するしだい。

 
 

2012.07.19 Thu » 『拝啓、炭素基盤二足歩行生物殿!』

 クラークほどの作家になると、小説はほとんど訳されているが、ノンフィクションになると話はべつ。共著もふくめれば、三分の一以上が未訳ではないだろうか。
 そういうノンフィクションの業績をコンパクトにまとめた本がある。イアン・T・マッコリー編 Greetings, Carbon-Based Bipeds! Collected Essays, 1934-1998 (St.Martin's, 1999) である。ただし、当方が持っているのは、例によって翌年同社から出たトレード・ペーパーバックだが。

2007-12-22(Greetings)

 副題にあるように、1934年から98年にかけて書かれたエッセイ、書評、ノンフィクションなどを精選したもの。編者はクラークとは50年以上のつきあいになる科学ジャーナリストで、 世に知られていない珍しい文章を発掘するいっぽう、定番をキチンとおさえ、手堅い傑作集を作っている。ちなみにクラークの長篇『宇宙島に行く少年』は、この人に捧げられている。

 邦訳のある『未来のプロフィル』や『スリランカから世界を眺めて』などと重複する部分も多いが、はじめて見るような文章もある。
 たとえば1940年代の文章は、ほとんどがファンジンや航空宇宙業界の専門誌に書かれたもの。若き日のクラークというのはあまり想像がつかないが、この辺の文章を読んでいると、目を輝かせて宇宙開発について語るSFファンの姿が浮かんでくる。
 当然ながらロケットや宇宙に関するものが多いが、ロード・ダンセイニの魅力を熱っぽく語ったものもある。
 もちろん、通信衛星のシステムを予言した有名な科学論文も載っているし、第二次大戦中に従事していたレーダー誘導システムの開発秘話もある。後者はユーモラスな筆致で書かれており、じつに面白い(この体験を基にクラークはのちに長篇小説を書いたが、あいにく未訳である。残念)。

 だが、圧巻は50年代に書かれたスリランカとその海に関する一連のエッセイだろう。新天地を見つけた喜びと、海のすばらしさ、恐ろしさが瑞々しいタッチで描かれており、読んでいると胸が躍る。
 とりわけクラークは水中撮影の分野でパイオニアのひとりであり、海中映画草創期の悲喜こもごもを綴った部分は読ませる。当方も海に潜るので贔屓目もあるかもしれないが、それでもこの辺の著作が未訳なのは、惜しいといわざるを得ない。

 ほかにもすばらしい文章が目白押しだが、80年代、90年代になると追悼文が多くなるのがなにか悲しい。(2007年12月22日)

【追記】
 クラークが亡くなり、〈SFマガジン〉2008年6月号が追悼特集を組んだとき、同書から選びぬいた三篇を訳載した。上記のレーダー誘導システム開発秘話「貴機は着陸降下進路に乗っている――と思う」、科学エッセイ「ベツレヘムの星」、海洋ノンフィクション「グレート・リーフ」である。
 これらは当方が編んだ《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》全3巻(ハヤカワ文庫SF、2009)に順におさめられた。

2012.07.18 Wed » 『タプロバーネの礁脈』

 クラークの海洋ノンフィクションをもう1冊読んだ。The Reefs of Taprobane: Underwater Adventures around Ceylon (Harper, 1957) である。

2009-9-16 (Reefs )

 当方が持っているのは、元図書館本。そのわりにはスタンプや貸し出しカードのポケットもなく、状態は悪くない。昨日紹介した本もそうだが、当方が生まれるより前に出た本だ。そう思うと、ボロい古本にも敬意をいだかざるを得ない。

 表題の「タプロバーネ」は、ヨーロッパ人がつけたスリランカの古名だが、スリランカ島南部に実在する町の名前でもある。もっとも、この本が出たころの国名はセイロンだったので、以下それで通す。
 余談だが、国名が変わったのは、1972年。民族主義的なシンハラ人政権によるものだが、クラークがこの本を書いたのは、ちょうど民族主義的政党が選挙で地滑り的勝利をおさめたころ。お気楽な珍道中の裏にも政治の激動が潜んでおり、本書の端々にそれは表れている。

 さて、内容だが、題名からわかるとおり、セイロンでのダイヴィング体験を中心にした旅行記。このときは5カ月ほどの滞在だったが、その中身はオーストラリアの1年に匹敵するほど濃い。とにかく、アクアラングや水中撮影の草創期なので、草創期ならではの苦労の連続。椿事につぐ椿事で、またしても笑いどおしだった。

 しかし、ここではクラークの親友で、本書に写真を提供しているマイク・ウィルスンについて書く。下の図版の髭を生やしているほうがウィルスンだ。

2009-9-16 (Reef 2)

 ウィルスンはカナダ生まれ。クラークよりだいぶ年下だが、若くして商船員として世界をめぐり、戦時中は空挺部隊員やフロッグメンとして活躍した猛者。クラークをスキューバ・ダイヴィングの道に引きこんだ男である。
 性格は無鉄砲で、慎重居士のクラークとは対照的。典型的な凸凹コンビで、まさに名コンビという感じである。
 イギリスからセイロンへは船でわたったのだが、スエズ運河を航行中、マイクがいろいろな陸標を指さし、述懐する――
「あそこで警察署を爆破したんだ」
「見せたかったねえ、あのカフェでくり広げた喧嘩を」
 英国人が中東でこれほど好かれている理由がわかった気がする、とクラークは述べている。(2009年9月16日)

2012.07.17 Tue » 『珊瑚の海岸』

【前書き】
 以下は2009年9月15日に書いた記事である。誤解なきように。


 10月に出る《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》第3巻『メデューサとの出会い』(ハヤカワ文庫SF)の訳者校正がやっと終わった。当方が担当したのは小説1篇、エッセイ4篇なので、全体の2割ほど。例によって編集者さまが膨大な調べものをしてくれたおかげで、多数の誤訳・悪訳が未然に防がれた。本当に神田のほうには足を向けて寝られない。

 さて、短篇集『10の世界の物語』にはいっていた「憎悪」という短篇を新訳したのだが、これはオーストラリアの真珠採り漁場を舞台にした作品。この前読んだクラークの海洋ノンフィクション The Coast of Coral (Harper, 1956)が、校正にさいして大いに役立った。同書にその辺のことがくわしく書かれていたからだ。

2009-9-15 (Coast 1)

 それによると、小説のなかに書かれている真珠採り潜水夫の生活は、クラークの親友マイク・ウィルスンの実体験に基づいているらしい。
 どういう生活かというと、船の狭苦しい寝棚で眠り、目をさますと、大きなゴキブリに足の指をかじられているような暮らしである。クラーク自身も同地へ赴いたが、調査船に乗ったので、そういう目にはあわずにすんだそうだ。

 それはともかく、これはめっぽう面白い本である。スキューバ・ダイヴィングにかぶれたクラークが、オーストラリアのグレート・バリア・リーフへ潜りに行くのが骨子だが、いまとちがって現地へ行くだけで大変。その珍道中も面白いし、現地での興奮ぶりも愉快。クラークのユーモアは控えめなので、ふだんは口もとがほころぶくらいだが、この本に関しては、何度も笑い声が出た。

 上品なユーモアの一例。
 島から帰ってきて、疲れきったクラークとウィルスンが鉄道で本土を旅行していたときのこと。赤道に近い土地なのに、信じられないくらの寒さで、用意周到の現地の人たちは、車内にストーヴを持ちこんでいるほど。ガタガタ震えるばかりで、眠るどころの騒ぎではない。とうとう停車時間を利用して貨物車まで寝袋をとりに行き、それにくるまることにした。やっと人心地ついたクラークは思う――「寝袋はぬくぬくと暖かく、わたしはこの快適さを一分でも長く味わっていたくて、ひと晩じゅう起きていてもいいと思った」(2009年9月15日)

2012.07.16 Mon » 濁った水

【承前】
 アーサー・C・クラークの「海底牧場」短篇版を訳していたとき〝turgid waters〟という言葉にぶつかったことを前に書いた。当方はこれを〝turbid waters〟の誤植と判断したのだが、〝turgid waters〟である可能性も捨てきれないことを教えていただいた。けっきょく結論は出ず、とりあえず誤植あつかいで「濁った海」と訳しておいたのだが、どうやらそれで正解だったようだ。

 というのも、クラークの海洋ノンフィクション The Coast of Coral (1956) を読んでいたら、つぎのような文章が出てきたからだ――

 water was so turbid that it looked like blue milk.

 ほぼ同じ文脈で〝turbid〟が使われている。「海底牧場」のほうもクラークは〝turbid〟と書いたのだろう。やっぱり「ふくらんだ海」というのはイメージできないからねえ。
 とすると、同じ誤植が50年以上も引き継がれているわけか。世の中、こういう例は多いのだろうなあ。

 ところで、クラークのこの本はものすごく面白かった。先ほど読みおえたので、あらためて紹介したい。(2009年9月9日)

2012.07.15 Sun » 誤植や否や

【前書き】
 以下は2009年5月27日に記したものである。


 アーサー・C・クラーク『海底牧場』の原型短篇を新訳することになって、とりあえず訳しおえたのだが、一個所問題点が残った。つぎのような文章だ――

he swung Sub 5 round so that the camera could search the turgid waters.

 問題は「turgid」という単語。あまり見かけない言葉だが、辞書を引くと「ふくらんだ」とか「腫れた」とかいった意味らしい。しかし「腫れた海」とはなんであろうか?
 こういうときは勘が働くようになっていて、おそらく誤植だろうと見当がついた。「tur」ではじまる言葉を辞書で見ていくと、「turbid」というのがある。これなら「濁った」という意味なので、文脈にピタリとおさまる。そういうわけで「濁った水」と訳した。

 さて、訳了後、参考のため福島正実編『未来ショック』(講談社文庫、昭和50年7月15日第1刷発行、昭和53年5月25日第5刷発行)に収録された高橋泰邦の訳を見たら、当該個所はこうなっていた――「艇を急旋回させて、カメラがふくれあがった海中を探れるようにした」
 
 あれま。
 当方が使用したテキストは最新版の The Collected Stories of Arthur C. Clarke (Tor, 2001) なので、高橋氏が依拠したテキストとは同じわけがない。とすれば、「ふくれあがった海」というものがあるのだろうか、それとも原書の誤植が延々と継承されているのだろうか。果たして真相はいかに? (2009年5月27日)

【追記】
 上記の新訳版「海底牧場」は、当方が編んだ《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》第2巻『90億の神の御名』(ハヤカワ文庫SF、2009)に収録された。
 なお、“turgid water”は“swollen water”と同じ意味で、川の増水などを描写する表現だとご教示いただいた。しかし、この場合は水中なのでやはり疑問が残る。この点に関しては進展があったので、つぎの岩につづく。

2012.07.14 Sat » 『恐怖の貌』再読

【承前】
「もしスティーヴン・キングがラヴ・ストーリーを書いたら、出版社は『ホラーの巨匠が贈るラブ・ストーリー』といって宣伝するだろう」――ピーター・ストラウブ

 この前とりあげたダグラス・E・ウィンターによるホラー作家インタヴュー集 Faces of Fear だが、拾い読みをはじめたら面白くて、けっきょく丸ごと読んでしまった。再読といっても、内容はきれいさっぱり忘れていたので、初読と変わらない。

 人選のせいか、ウィンターのインタヴュー術のせいか、作家のネガティヴな感情が如実に出ていて、読んでいて辛いものが多い。
 その最たる例が「映画やTVの仕事なんかするんじゃなかった」と後悔ばかりしているマシスン、「ホラーなんか好きで書いているんじゃない。小説を書くのは芸術のためじゃない」といってはばからないジョン・コインだが、T・E・D・クラインのように消えていってしまった作家の述懐も相当に痛々しい。

 だが、暗い話は書きたくないので、ここではいちばん考えさせられた話を書く。というのは、クライヴ・バーカーが展開するゾンビ論だ。

 バーカーによれば、吸血鬼や狼男といったホラーのシンボルは、もはや力を失っている。そこにはロマンティックな要素がふくまれているが、それらはノスタルジーの対象でしかない。
 
 では、現代にふさわしいホラーのシンボルはなにかといえば、ゾンビである。バーカーはいう――

「狼男はまったくの絵空事――ファンタスティークだ。吸血鬼にはある種のゴシックなエラン(情熱)がそなわっていて、そのせいでわれわれの経験の外にある。だが、ゾンビにはエキゾチックな要素は微塵もない。けっきょく、ゾンビはあなたのお祖母さんであっても不思議はないんだ。彼らにエキゾチズムがあるとしたら、腐敗の段階がわれわれよりひとつ進んでいるという事実くらいだ。
 彼らと話はできない。彼らをなだめすかすことはできない。彼らに対して祈っても無駄。慈悲や同情を求めても無駄。ある意味で、それは虚無なんだ。彼らの目をのぞきこんでも、そこには無しかない。どれほど道理をつくそうと、どれほど泣き叫ぼうと通用しない」

 要するに、ゾンビの本質は「虚無」、すなわち「心がないこと」であり、ゾンビになる可能性はだれにでもあるということだ。したがって、恐怖のシンボルとして機能するのである。

 20年前の意見だが、これは半分あたって半分はずれた。ゾンビに関する考察は的確で、その予想どおりになったが、狼男や吸血鬼も繁栄しつづけたからだ。もっとも、「恐怖」のシンボルではなくなったので、その意味ではバーカーは正しかったといえる。

 つまり、狼男や吸血鬼は、そのロマンティックな要素が抽出され、「恐怖」ではなく「憧憬」、もっといえば「恋愛の対象」のシンボルとなったのだ。まさか狼男や吸血鬼が「かわいそうな人」として女性に愛され、救われるる時代が来るとは、だれに予想できただろう。(2012年4月9日)



2012.07.13 Fri » 『恐怖の貌』

 ウィアターのインタヴュー集をとりあげたからには、この本を紹介しないわけにはいかない。ダグラス・E・ウィンターが当代一流のホラー作家を相手におこなったインタヴューをまとめた Faces of Fear: Encounters with the Creators of Modern Horror である。
 もともとは1985年にバークリーから出たものだが、当方が持っているのは1990年に英国のパン・ブックスから出た改訂版である。

2012-3-29 (Faces of Fear)

 著者のウィンターは、わが国ではおそらくオリジナル・アンソロジー『ナイト・フライヤー』(新潮文庫、1989)の編者としてもっとも知られているだろう。当時のモダン・ホラーの最高水準を示したアンソロジーとして世評の高い一冊だ。評論家や作家としても活動しており、ミステリ『撃て、そして叫べ』(講談社文庫、2001)は邦訳が出たこともある。

 まずはとりあげられた面々を列挙する。登場順に――ロバート・ブロック、リチャード・マシスン、ウィリアム・ピーター・ブラッティ、デニス・エチスン、ラムジー・キャンベル、デイヴィッド・マレル、ジェイムズ・ハーバート、チャールズ・グラント、T・E・D・クライン、アラン・ライアン、ジョン・コイン、V・C・アンドリューズ、マイクル・マクダウェル、ホイットリー・ストリーバー、クライヴ・バーカー、ピーター・ストラウブ、スティーヴン・キング。
 
 じつに11人がウィアターの本と重なっている。これが当時のザ・ベスト・オブ・ザ・ベストということか。

 登場順が面白くて、アメリカの西海岸から東海岸へ移動し、途中でイギリス作家がはさまるという形になっている。
 付録としてホラー購買ガイド、ホラー小説ベスト(1951-1990)、ホラー映画ベスト(1951-1990)が巻末におかれている。

 同じようなコンセプト、同じような面々で作られたインタヴュー集であるにもかかわらず、ウィアターとの本はだいぶ趣がちがう。
  まずウィアターの本が、雑誌などに発表されたインタヴューを集大成したものに対し、こちらは書き下ろし(という言葉でいいのか?)のインタヴュー集であること。
 つぎにウィアターの本が、応答形式で書かれているのに対し、こちらはウィンターが地の文で流れを作り、そこに作家の肉声をあてはめていく形をとっていること(序文でウィンターはチャールズ・プラットの名をあげて感謝しているので、プラットのインタヴュー・スタイルにならったと思しい)。
 さらにウィアターの本が、作家としての日常に関心を示していたのに対し、こちらは作家の人生哲学に焦点を合わせ、深く掘りさげていること。
 これらの点があいまって、ウィアターの本よりはだいぶ歯ごたえのある本になっている。

 と、わかったようなことを書いてきたが、20年近く前に読んだ本なので、内容はほとんど憶えていない。マシスンが愚痴ばかりこぼしていたのは鮮明に記憶しているのだが。

 いまパラパラめくったら、ブラッティが面白いことをいっていた。彼が作家を志したのは、パルプ雑誌〈アンノウン〉に載ったロバート・ブロックの “Time Wounds All Heels” という短篇を読んだからだという。ユーモアたっぷりのゴースト・ストリーらしい。へえ、ブラッティはそういう人だったのか。たぶん20年前にも驚いたのだろうが、あらためて驚いた。 

蛇足
 付録の「ホラー小説ベスト」は、ホラーを広義にとっているので、おやっと思う作品がたくさんはいっている。たとえばピーター・アクロイドの『チャタトン偽書』、J・G・バラードの『残虐行為展覧会』とテクノロジー三部作、イアン・マキューアンの『セメント・ガーデン』、サーバンの『角笛の音の響くとき』、ジム・トンプスンの『おれの中の殺し屋』、ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代』と『呪われた村』などだ。なるほど。(2012年3月29日)


2012.07.12 Thu » 『暗黒夢想家連』

 前回ラムジー・キャンベルのことを書いたが、これはスタンリー・ウィアターのインタヴュー集 Dark Dreamers: Conversations with the Masters of Horror (1990, Avon) に載っていた話。20年近く前に拾い読みしただけだったので、本をひっぱりだしてきたのを機に丸ごと読んでみた。

2012-3-28 (Dark Dreamers)

 それにしても表題を「暗い夢を見る人たち」と訳すか、掲題のように訳すかで受ける印象が全然ちがう。ここが翻訳の面白さであり、怖さでもあるわけだ。

 ウィアターはホラー畑では有名なジャーナリストで、小説と映画の双方に通じたライターとして絶大な信頼を得ていた。そのウィアターが、当代一流のホラー作家たちを相手におこなったインタヴューをまとめたのが本書で、翌年のブラム・ストーカー賞ノンフィクション部門を制した。

 まずは登場する面々を列挙しよう――クライヴ・バーカー、ロバート・ブロック、ゲイリー・ブランドナー、ラムジー・キャンベル、レス・ダニエルズ、デニス・エチスン、ジョン・ファリス、チャールズ・L・グラント、ジェイムズ・ハーバート、スティーヴン・キング&ピーター・ストラウブ、ディーン・R・クーンツ、ジョー・R・ランズデール、リチャード・レイモン、グレアム・マスタートン、リチャード・マシスン、ロバート・R・マキャモン、デイヴィッド・マレル、アン・ライス、ジョン・ソール、ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター、ホイットリー・ストリーバー、チェット・ウィリアムスン、J・N・ウィリアムスン、ゲイアン・ウィルスン。
 加えて、フィリップ・ナットマンによるウィアターへのインタヴューを巻頭に配している。

 20年前のトップ・リストだが、時は残酷なもので、当時の超一流はいまでも超一流、当時の中堅や有望株は中堅や有望株のままで終わってしまった。超一流にのしあがったのはランズデールくらいだろう(失墜した人は何人かいるかもしれない)。

 このころはスプラッターパンクの登場で、「うるさい」ホラーと「静かな」ホラーの対立が喧伝されており、本書でも頻繁に話題にとりあげられている。まさか両方とも失速し、ホラー小説の市場が壊滅するとはだれも思っていなかっただろう。諸行無常である。

 ウィアターは、意識的にだれにでも同じ質問をするので、答え方のちがいに作家の個性がにじみ出ていて面白い。それらを紹介しているときりがないので、ひとつだけ。

 自己検閲をするかという質問に答えて、お下劣ホラー派の開祖ジェイムズ・ハーバートいわく――
「子供の身になにか起きるという小説は書けない。そこがスティーヴン・キングとわたしの異なる点だ――彼はいつも子供の身にひどいことが起きる小説を書いているからね。まあ、スティーヴは、そうやってその恐怖を悪魔祓いしているんだろうが」

蛇足
 邦訳も出たティム・アンダーウッド&チャック・ミラー編のスティーヴン・キングのインタヴュー集『悪夢の種子』(リブロポート、1993)には、ウィアターによるインタヴューが3篇おさめられ、第5章「恐怖のパートナー」を構成している。本書に収録されたキング&ストラウブのインタヴューは、これらを縮約したものである。(2012年3月28日)

2012.07.11 Wed » キャンベルのユーモア

 新雑誌〈ナイトランド〉の創刊号には、ラムジー・キャンベルの「コールド・プリント」(1969)が載っている。キャンベル初期の代表的な短篇で、《クトゥルー神話》ファンのあいだでは名高く、邦訳が待たれていた作品だ。

 編集部M氏による解説にあるとおり、キャンベルの文体は読者に緊張を強いるもので、この作品も例外ではない。だが、そればかりがキャンベルではないことを示しておきたい。

 「いまだに怖いと思うホラーは?」と質問されたキャンベル。ロバート・エイクマン、スティーヴン・キング、ピーター・ストラウブ、フリッツ・ライバーの名前をあげたあと――
「そのいっぽうで、血まみれホラー映画が大好きなんだよ。もちろん、まったくちがうレヴェルでの話だけど。映画特有のマジックってやつがある――『すげえ、あの杭をどうやって頭に貫通させたんだ! 安いエキストラかなにかを使ったのか?』」

 当方にとって、キャンベルはこう人なのである。(2012年3月25日)

2012.07.10 Tue » 『最後のケルト人』

 ハワード・シリーズは、つづけていると切りがないので、これでいったん終わりとする。最後にご紹介するのは、グレン・ロード編の資料集 The Last Celt (Berkley Windhover, 1977) だ。

2006-3-4(The Last Celt)

 もともとは1976年にドナルド・M・グラントから豪華本で出たものだが、当方が持っているのは、例によってトレード・ペーパーの普及版である。

 本書もロードが主宰していたファンジン〈ハワード・コレクター〉のベスト版だが、伝記的内容に特化しているのが特徴。つまり、ハワードが書いた自伝的な文章と、ハワードの知己による伝記的な文章がまとめられているわけだ。
 ハワードの自伝というと色めき立つが、現物はたいしたことない。高校のときの作文や、手紙の抜粋が主なので。

 むしろ、本書の目玉は分量で半分以上を占める詳細な書誌である。幸か不幸か、ハワードの作品はもう増えることがないので、ほぼ完璧な書誌ができているのだ。書きかけの原稿まで調べあげたロードの努力には頭が下がる。

 さらにおまけとして、ハワードの落書きやら、写真やらが収録されている。
 
 ハワードの伝記としては、いまや決定版が出ているが、本書の価値はいささかも減じることはない。こんどの創元版コナン全集に解題を書くとき、タネ本のひとつとして存分に活用させてもらうつもりだ。(2006年3月4日)

【追記】
 本書からは《コナン》シリーズの未完成作品である「ネルガルの手(断片)」と「死の広間(梗概)」を《新訂版コナン全集》第1巻『黒い海岸の女王』(創元推理文庫、2006)に訳出したほか、H・P・ラヴクラフトによる追悼文「ロバート・アーヴィン・ハワード――ある追想」を第2巻『魔女誕生』(同前)に訳出した。



2012.07.09 Mon » 『ブラン・マク・モーン 最後の王』

 ワンダリング・スター/デル・レイ版ハワードも残り1冊(追記参照)。それが Bran Mak Morn The Last King (Del Rey, 2005) だ。表題どおり、《ピクト人の王ブラン・マク・モーン》シリーズの集大成である。

2006-3-3(Bran MacMorn)

 元版は2001年刊行。一連の本では2番めに出たことになる。
 この本もコナン全集の準備を兼ねていたのだろう。フォーマットはほぼ完成している。つまり、

1 ハワードのタイプ原稿に準拠する。
2 作品を執筆順に並べる。
3 付録として、関連資料をすべて収録する。
4 長文の解説を付す。
5 全編にイラストを配し、カラー・イラストも数葉つける。
6 画家にも序文を書かせる。

という編集方針だ。ソロモン・ケイン本は、1と3の点が弱かったが、本書は完璧である。
 
 とりわけ3は、本書の半分近くを占める充実ぶり。なにしろ、ハワードが高校生のときに書きかけた戯曲が、手書き原稿の複写の形で載っているのだ。
 初公開になる詩や、未完長篇の草稿も収録されている。後者はハワードの手紙の記述から、存在することは知られていたものの、現物が見つかっていなかった幻の作品。まさに新発見である。すごい!(と感じる人は、いったい何人いるのやら)
 4に関しては、ラスティ・バークとパトリス・ルネが、“Robert E. Howard, Bran Mak Morn and the Picts ”と題した力作を寄せている。

 ちなみに、校訂を行ったのは、前作につづきラスティ・バークとデイヴィッド・ジェンツェル。イラストはゲイリー・ジャンニである。
 
 ああ、早くキング・カル本が出ないかなあ。(2006年3月3日)

【追記】
 デル・レイ版のハワード選集はこの後も順調に巻を重ね、現在までに11冊が刊行されている。いっぽうワンダリング・スター版は5冊(+パンフレット1種類)で刊行が止まった。後者はすばらしい内容の超豪華本だったが、製作費がかかりすぎて、完売しても利益が出なかったらしい。その企画を引き取ったのが、デル・レイの普及版だったわけだ。
 ともあれ、編集方針はデル・レイ版にそのまま引き継がれており、綿密な校訂を経たテクストに華麗なイラストを配し、関連資料を付した本がつぎつぎと出ている。関係者には感謝あるのみだ。

2012.07.08 Sun » 『ソロモン・ケインの野蛮な物語』

 ワンダリング・スター/デル・レイ版のコナン全集があまりにも良かったので、ほかの本も買ってしまった。そのうちの1冊が、《ソロモン・ケイン》シリーズを集大成した The Savage Tales of Solomon Kane (Del Rey, 2004) である。

2006-3-2 Savage

 版権表示を見ると、元版は1998年刊行。一連のハワード本の先陣を切って刊行されたことがわかる。コナン全集のための小手調べのようなものだったのだろう。というのも、本書の内容は、既刊といちばん異同がすくないからだ。
 理由は簡単で、〈ウィアード・テールズ〉掲載分は、オリジナル・テクストが失われていたから。校訂の対象が、いちばんすくなかったわけである(コナン全集の場合は、雑誌掲載前のタイプ原稿に準拠しているのだ)。

 もちろん、本書の売りは現存しているオリジナル・テクスト。未完の断片は断片のまま、ヴァリアントのあるものはヴァリアントまで収録している。ちなみに、校訂を担当したのはラスティ・バークとデイヴィッド・ジェンツェル。

 これを見ると、当方が持っていたゼブラ版(全2巻)は、ラムジー・キャンベルの手が大幅にはいっていたことがわかる。未完作品を補作し、完成作品にも手を入れていたのだ。まあ、ディ・キャンプと同じことをしただけなのだが。

 付録はすくなくて、ラヴクラフトの追悼文(追記参照)と、バークのハワード伝が載っているくらい。その代わりというべきか、イラストの数がものすごい。ゲイリー・ジャンニという画家のイラストが、2ページに1点くらいの割合で配されている上に、カラー・プレートが4点(デル・レイ版では白黒)。イラストは大小さまざまで、画家とデザイナーは大変だったろうな。もちろん、この経験がコナン全集に活かされるのである。(2006年3月2日)

【追記】
 この追悼文は「ロバート・アーヴィン・ハワード――ある追想」として《新訂版コナン全集》第2巻『魔女誕生』(創元推理文庫、2006)に訳出した。

2012.07.07 Sat » 『ひとりで歩む者』

【承前】
 ディ・キャンプ夫妻の伝記に対しては、「事実を歪曲しすぎ」という批判の声があがった。では、ほんとうのハワードはどういう人物だったのか? その疑問に答えてくれるのが、ノーヴェリン・プライス・エリスの One Who Walked Alone (Donald M. Grant, 1986)である。

2006-2-28(The One Who Walks Alone)

 なにしろ著者はハワードの恋人だった女性。ハワードが30歳の若さで自殺するまでの3年間、親しく語らい、愛しあい、最後には袂を分かった人である。両親をのぞけば、彼女以上にハワードのことを知る人間はいない。その証言のひとつひとつが重みを持っている。
 さらに、著者は作家志望の教師であり、当時の模様を日記に克明に記していた。会話などは小説仕立てで記録されており、じつに生々しい。

 本書を読むと、なにより印象に残るのは、ハワードの奇人変人ぶり、偏屈ぶりである。頑固で、怒りっぽくて、皮肉屋で、被害妄想の気がある。近くにいたら、さぞつきあいにくいだろう(他人事じゃないね)。
 だが、通読するうちに、そのかたくなさは、蟹が甲羅でやわらかい肉を守っているようなものだとわかってくる。タフガイ風の外面の下には、傷つきやすい子供が隠れているのだ、と。

 もっとも、著者はそこのところに失望して、ハワードと別れることを決めたのだった。

 要するに、本書は赤裸々なハワード伝であると同時に、1930年代に生きたインテリ女性の内面の記録でもあるのだ。

 ちなみに、本書はダン・アイルランド監督、ヴィンセント・ドノフリオ、レニー・ゼルウィガー主演で「草の上の月」(1996)という秀作映画にもなった。のちにアカデミー賞女優になるゼルウィガーの力演が光るが、それ以上に舞台となるテキサスの風景がすばらしい。
 蛇足だが、当方が持っている3刷は、その映画のスチールをカヴァーにしている。写真の女性は、著者本人ではないので、おまちがいなく。(2006年2月28日)

【追記】
 本書の内容は創元推理文庫《新訂版コナン全集》第5巻『真紅の城砦』(2009)の解説でくわしく紹介した。

2012.07.06 Fri » 『暗い谷の運命』

【前書き】
 以下は2006年2月24日に書いた記事である。誤解なきように。


 このところ《コナン》シリーズの校訂と補訳にずっと取り組んでいるので、頭のなかをハワードに近くしようと思って、ハワード関係の本ばかり読んでいる。
 そのなかの一冊が、ハワードの伝記 Dark Valley Destiny: The Life of Robert E. Howard (Bluejay, 1983)だ。ハードカヴァーで400ページを超える堂々たる大著である。ちなみに限定1000部で化粧函付きがあるそうだ。

2006-2-24(Dark Valley)

 表題にある Dark Valley は、じつは地名で、ハワードの生家があったところ。したがって「暗い谷」と訳すのは、不適切かもしれない。

 作者はL・スプレイグ・ディ・キャンプ、キャサリン・クルック・ディ・キャンプ、ジェイン・ホイッティントン・グリフィンとなっているが、グリフィンは調査担当で、文章は書いていない。ちなみに、ハワードの故郷のすぐそばに在住の児童心理学者。ハワードの叔母のひとりとは、カレッジの同級生だったという。とはいえ、この本が出た時点では故人だった。

 生前のハワードを知る人々へのインタヴューや、各種の資料に基づいて作家の人生を再構成している。内容については、《新訂版コナン全集》の解説に書くので、ここでは触れないが、いろいろと珍しい写真が載っていることだけは特記しておく。

 本書はハワードの伝記の決定版だが、誤解と偏見がはなはだしいとのことで、批判が噴出した。つぎは、そちらの声を紹介しよう。(2006年2月24日)

【追記】
 ハワードの生涯に関しては、創元推理文庫《新訂版コナン全集》第3巻『黒い予言者』(2007)、第4巻『黒河を越えて』(同前)、第5巻『真紅の城砦』(2009)の解説にくわした記した。これまでわが国では知られていなかった新事実に紙面を多く割いたので、ご一読いただければさいわい。



2012.07.05 Thu » 『ハワード・コレクター』

〈ハワード・コレクター〉というのは、ハワードの遺稿を管理していたグレン・ロードが1961年から73年にかけて出していたファンジン。ハワードの未発表原稿や手紙、ハワードにまつわる記事を載せたもので、250部からスタートし、最終の18号は500部くらいになったというが、その使命を終えた。ハワードの書いたものなら、没原稿や書きかけの断片まで商業出版されるようになったからである。

 そのファンジンのベスト版として企画されたのが、The Howard Collector (Ace, 1979) だ。編者はもちろんグレン・ロード。

2006-2-10(The Howard Collector)

 内容は三部に分かれており、第一部はハワードの作品(詩、習作、没原稿、断片、手紙)、第二部はハワードゆかりの人たちの随想や手紙、第三部はハワード研究エッセイという構成になっている。

 重要なのは第二部で、ハワードの父親がH・P・ラヴクラフトに息子の死を報告した手紙など、第一級の資料が満載。こんどの創元版の基礎資料として存分に活用させてもらうつもり。

 ところで、ロードはディ・キャンプ一派とは一線を画しており、ハワードのオリジナル原稿を世に出すことに腐心している。こういう人がいてくれて、ほんとうに良かった。(2006年2月10日)

【追記】
 本書からE・ホフマン・プライスの回顧録、「ロバート・アーヴィン・ハワード」を訳出し、《新訂版コナン全集》第4巻『黒河を越えて』(創元推理文庫、2007)に収録した。
 さらにハワードの父親、I・M・ハワードが息子の死をH・P・ラヴクラフトに伝えた手紙と、上記の回顧録を読んでプライスに出した手紙を第6巻に収録する。


2012.07.04 Wed » 『コナンの世界とロバート・E・ハワード』

 たまには読んでつまらなかった本の話をしよう。ダレル・シュワイツァーの Conan's World and Robert E. Howard (Borgo Press, 1978) である。

2006-2-9(Conan's World)

 著者はアメリカの作家・評論家・編集者。1970年代から活動しているが、ずっと二流にとどまっている。それも仕方がないだろう。熱意はたっぷりあるが、才能は足りないタイプなので。この人の仕事は、着眼点がよくても、出来あがったものは常に物足りない。

 もちろん本書も例外ではない。これは《ミルフォード・シリーズ》という作家研究叢書の1冊。本文64ページのパンフレットで、《コナン》シリーズについて概説している。
 だが、新事実の掘り起こしもなければ、鋭い洞察もなく、取り柄は作品を丹念に読んでいることだけ。正直いって、ファンジン・レヴェルである。
 著者は《コナン》シリーズの執筆順を推定しているのだが、ルネ&バークが明らかにした結果とは大ちがい。とことん凡庸な人なのであった。

 《コナン》シリーズの校訂をすることになって、10年以上も放っておいた本を読んでみたが、得るところはすくなかった。唯一の収穫は、「氷神の娘」が「象の塔」よりコナン年代記的には先行するのではないかと疑問を呈しているところ。これは当方の見解と一致するので、すこしだけ勇気づけられた。(2006年2月9日)


2012.07.03 Tue » バークリー版コナン

 ミレニアム版コナンの巻頭には、「カール・エドワード・ワグナーの思い出に捧ぐ」という献辞が載っている。理由は「ハワードの書いた《コナン》ものだけを集める」という試みを最初にはじめたのがワグナーだから。
 その試みが1977年に出たバークリー版コナン全集である。

 残念ながら、版権のトラブルで3冊しか出なかったが、これはすばらしい本であった。ハードカヴァー版とペーパーバック版があるが、当方が持っているのは例によって後者。

第1巻 The Hour of the Dragon (1977)

2006-2-7(Hour of Dragon)


第2巻 The People of the Black Circle (1977)

2006-2-7(People).jpg


3巻 Red Nails (1977)

2006-2-7(Red Nails)


 その編集方針はつぎの通り――

1 本文は〈ウィアード・テールズ〉掲載のテクストから起こす。
2 〈ウィアード・テールズ〉掲載時のイラストを数葉復刻する。
3 発表順に作品を並べる。

 このほか目立った特徴としては、ワグナーが読み応えのある解説を全巻に寄せていること、ケン・ケリーのカラー・イラストが折り込みポスターになっていることがあげられる。
 
 ハワードのオリジナル原稿が公開されていなかった時点では、可能なかぎりオリジナルに忠実にという編集方針である。
 
 ハワードを食い物にする連中が権利を押さえたせいで、この試みが中絶したのは、かえすがえすも残念。おかげで「純正ハワード印のコナン全集」が実現するまで、その後23年も待たねばならなかったのだ。
 
 ワグナーは、この後も「ディ・キャンプの手がはいってないオリジナル・コナン」を世に出すことに執念を見せ、80年代に編んだヒロイック・ファンタシー・アンソロジーに3つのテクストを収録した(追記1参照)。(2006年2月7日)

【追記1】
 具体的には「黒い異邦人」、“The Frost King's Daughter”、「氷神の娘」の3篇。

【追記2】
 参考までに収録作を書いておく。

第1巻 The Hour of the Dragon
「龍の刻」

第2巻 The People of the Bkack Circle
「鋼鉄の悪魔」、「黒い予言者」、「魔女誕生」、「古代王国の秘宝」

第3巻 Red Nails
〈小説〉「黒河を越えて」、「ザムボウラの影」、「血の爪」
〈資料〉「ハイボリア時代」


2012.07.02 Mon » 『コナン年代記』全2巻

【承前】
 コナン・シリーズをどういう順番で並べるかは重要な問題だ。昨日も書いたように、ハワードの意図を尊重するなら、執筆順がベストだろう。
 しかし、そうすると中年の王として登場したコナンが、次作では若い盗賊となっていたりと、読者が混乱する恐れがある。げんに雑誌初出時には、「これはコナンという同じ名前のべつの人間の話」と思っていた読者が多かったらしい。

 考えてみると、たいていの読者は痛快な〈剣と魔法〉の物語を読みたいのであって、ハワードの作家的成長を研究したいわけではない。とすれば、マニア的なこだわりは「ハワードの書いた分だけを集め、未完成作品は断片や梗概のままおさめる」というところまでにして、作品を並べる順番は作中の年代順にするほうが読者のためだろう。じつをいえば、それは版元の意向でもある。
 というわけで、こんどの創元版コナン全集は「コナン一代記」として出る運びとなったのである。

 じつは、上記とまったく同じ考えかたで編纂されたコナン全集がある。イギリスのミレニアムから出ている The Conan Chronicles Volume1:The People of the Black Circle (2000) と Volume 2:The Hour of the Dragon (2001) がそれだ(追記参照)。

2006-2-6(Chronicles 1)2006-2-6(Chronicles 2)

 ちなみに、スティーヴン・ジョーンズの肝いりで出ている《ファンタシー・マスターワークス》叢書のうちの2冊。ジョーンズは、この2冊の巻末に力のこもった解説を寄せている。
 さらに余談だが、ジョーンズは当方がもっとも信頼する編集者のひとり。この2冊をふくめて、本を買うたびにジョーンズの名前がクレジットされていて驚いたことがある。よっぽど当方と趣味が合うらしい。そのあたりの話はまたべつの折りに。

 さて、この全集では「ハワードが書いたとおりの形で作品を収録する」という方針がつらぬかれている。つまり〈ウィアード・テールズ〉掲載分は雑誌から本文を起こし、死後発表分は先人の努力で世に出た「ディ・キャンプらの手が加わっていないオリジナル原稿」をテクストとして採用しているのだ。したがって、完成した作品のあいだに未完成原稿や梗概が混じる構成になっている(そのため、ちょっと違和感がある)。もちろん、ハワードが書いたコナン関連の文章も収録されている。

 オリジナル原稿への忠実度という点ではワンダリング・スター/デル・レイ版に一歩ゆずるものも、これだけでも快挙である。なにしろハワードのオリジナル・テクストが一堂に集まるのは史上初。しかも、大判ペーパーバック2冊のお徳用パックなので、非常に値段が安い。普及版としては非の打ち所がない出来であり、正直いって、これがあれば他の版は要らないくらいである。

 もっとも、当方とジョーンズのあいだには、考え方の相違がいくつかあって、新しい創元版とミレニアム版はまったく同じ内容というわけではない。そのあたりのことを書きはじめると長くなるので、つづきは新しい創元版コナン全集の解題で。(2006年2月6日)

【追記】
 その後、このミレニアム版を合本にしたハードカヴァーが出た。The Complete Chronicles of Conan (Gollancz, 2006) がそれである。 


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