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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.07.28 Sat » 『オデッセイ』

【前書き】
 以下は2011年3月19日に記したものである。誤解なきように。


【承前】
 本日はアーサー・C・クラークの3回忌だ。この日までにと思って、ジョージ・ゼブロウスキーによるクラーク・インタヴューを読んだ。
 さほど目新しい内容はなかったが、クラークが尊敬する作家としてジョン・キア・クロスの名前をあげているのが意外だった。そう、「義眼」のジョン・K・クロスだ。
 ジョン・ウィンダムについてはこういっている――「ジョンはたいへんな好人物だったが、不幸にして小説家としては致命的な欠点があった。彼には不労所得があったんだ。もしなかったら、もっとたくさん書いていたにちがいない」

 じつは本文よりも、ゼブロウスキーの序文のほうが面白かった。とりわけクラークにはじめて会ったときのことを回想した部分。
 ときは1961年10月初旬、ところはニューヨーク・コロシアム。ここでアメリカ・ロケット協会の集会が開かれていたのだ。当時ハイスクールの生徒だったゼブロウスキーは、会場の一角で聞き覚えのある名前を耳する。ある宇宙船の概念図を指さして、だれかが「それはクラークの月着陸船だよ」といったのだ。その声はつづけていった――「ほら、クラーク本人がそこにいる」
「どこに?」とゼブロウスキーがたずねると、「すぐそこ、きみの隣」という答え。信じられない思いで首をめぐらすと、砂色の髪をした紳士が、身をかがめて月着離船の絵を熱心に見ていた。たしかに、『都市と星』のカヴァー裏に載っていた写真の人物だ!
 興奮したゼブロウスキーは、自己紹介してクラークのファンであることを告げ、持っていた協会の機関誌にサインしてもらう。するとクラークが、今晩のパーティーに来ないかと誘ってくれた。
 天にも昇る心持ちで会場へ行くと、ドアの前でクラークが待っていて、会場内でウィリー・レイとヴェルナー・フォン・ブラウンを紹介してくれる。フォン・ブラウンに「きみはなにになりたいの?」と訊かれたゼブロウスキーは「作家です」とおずおずと答える。すると、フォン・ブラウンは「よし、がんばれ」といってくれる。感激のあまり、ゼブロウスキーはフォン・ブラウンのサインをもらうのを忘れたという。

 あー、書いていてうらやましくなる。

 さて、クラークの本格的な伝記といえばニール・マカリアーの Odyssey: The Authorised Biography of ARTHUR C. CLARKE (Gollancz, 1992) がある。ハードカヴァー400ページあまりの大冊で、1990年くらいまでのクラークの人生を丹念に追っている。ブラッドベリの伝記もそうだが、作家になるまでの話がめっぽう面白いので、これが未訳なのは残念というほかない。

2011-3-19(Odyssey)

 著者は航空宇宙関係のライターのようだが、よく知らない。ご存じの方はご教示ください。

 内容については、牧眞司氏が本書を基に詳細な年譜を作っているので、そちらに当たってもらいたい。拙編のクラーク傑作集〈ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク〉全3巻(ハヤカワ文庫SF)に分載されているので、ぜひお読みください。

 と、これで終わるとただの宣伝になるので、ひとつだけエピソードを紹介。

 19歳から20歳のころ、クラークはロンドンにいて、宇宙飛行の実現に情熱をかたむける者の集まり〈英国惑星間協会〉のメンバーとして活躍するいっぽう、SFファンの集まりにも欠かさず顔をだしていた。〈英国惑星間協会〉の会合は、あるパブで隔週の木曜日に開かれていた。なぜ毎週でないかというと、そのあいだの木曜日にSFファンが同じパブで会合を開いていたからだ。ちなみに、両者のメンバーは80パーセントが重複していたそうだ。(2011年3月19日)


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