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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.08.19 Sun » 『民謡歌唱者ジョン』

 せっかくだから《シルヴァー・ジョン》シリーズについて触れておこう。といっても、このシリーズについては、〈幻想文学〉53号(1998)に詳しく紹介したことがあるので、その文章を大幅に流用する。手抜きもいいところだが、まあ、前に読んだことのある人はすくないだろうから、大目に見ていただきたい。
 
 昨日も書いたとおり、これはジョンという名前の風来坊が、銀の弦を張ったギターをかかえて、アメリカ南東部のアパラチア山地一帯をさすらい、行く先々で出会った怪異を綴ったもの。地方色豊かな怪奇小説として高く評価されている。

 ジョンは中世の吟遊詩人の現代アメリカ版だが、リュートをギターに持ちかえたように、対決する相手も先住民起源の妖怪や、ピューリタン信仰のゆがみが生みだした魔物となった。その意味でこのシリーズは、まさにアメリカという風土が生みだした幻想文学なのだ。

 作者のウェルマンは、わが国ではもっぱら〈ウィアード・テールズ〉派の怪奇小説作家として知られているが、第二次大戦後はノース・カロライナ州に居をかまえ、南北戦争や地方史に材をとった著作に取り組むいっぽう、同州西部の山間地に足繁くかよって、民間伝承やバラッド(伝承音楽)の採取に努めた。その成果の一端が、《シルヴァー・ジョン》シリーズである。
 
 さいわい連作短篇集『悪魔なんかこわくない』(1963。邦訳は国書刊行会)が日本語で読めるが、これは51年から58年にかけて発表された11篇をまとめ、配列を変えたうえで、あいだをつなぐ文章を書き足して長篇仕立てにしたもの。作者は晩年を迎えた79年にシリーズを再開させ、86年に82歳で亡くなるまでに、長篇5作と短篇6作を書きあげた。
 このうち短篇のほうは、前記『悪魔なんかこわくない』所収の作品とあわせて再編集され、短篇集 John the Balladeer (Baen, 1988) となった。

2007-9-7(John)

 ちなみに新作短篇のうち1篇は邦訳がある。カービー・マッコーリー編のオリジナル・アンソロジー『闇の展覧会』(1980。邦訳はハヤカワ文庫NV)に発表された「昼、梟の鳴くところ」である。

 ところで、シリーズ再開の裏には、カール・エドワード・ワグナーとデイヴィッド・ドレイクというふたりの若い作家の励ましがあったと思われる。
 このふたりはウェルマンと同じノース・カロライナ州チャペル・ヒルに在住で、チャペル・ヒル・ギャングと異名をとるほど親しくしていた。もちろん、ふたりともウェルマンの大ファンで、カーコサというアマチュア出版社を興し、ウェルマンの短篇集を豪華本で2冊作ったほど。若いふたりに励まされ、老作家はやる気を出したと思われるのだ(ワグナーは、同シリーズが72年に映画化されたことが直接のきっかけだといっているが、これは謙遜だろう)。

 そういうわけで、作者の死後編まれた本書には、ドレイクが前書きを、ワグナーが序文を寄せている。編集にあたったのもワグナーで、ワグナーらしいオリジナルにこだわった編集がなされている。

 というのも、『悪魔なんかこわくない』収録時に改稿されたものを雑誌掲載ヴァージョンにもどし、発表順に並べかえたうえで、つなぎの部分を雑誌掲載分と単行本初出分の2部にまとめて収録。そして新作を加えているからだ。
 ウェルマンは長篇仕立てのために改稿したことを悔やんでいたらしく、故人の意思を尊重する形で編まれているといえる。まさに故人への敬意に満ちた本なのだ。こういう本は持っているだけでうれしいのである。(2007年9月7日)

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