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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.08.31 Fri » ニッツィン・ダイアリスのこと

【承前】
 ニッツィン・ダイアリスという作家について、これまでわが国にはつぎのように伝えられていた――
  
 生まれは1897年。英国人の船長を父に、メキシコ人の女性を母に持つ。若いころ世界を放浪し、中国のオカルト結社に加わったり、チベットに潜入したり、ハイチでヴードゥーの儀式をのぞいたりした。晩年はメリーランド州の電気も水道も引かれてない掘っ建て小屋で暮らした。

 波瀾万丈の人生だが、最後の部分をのぞけば、事実とは異なるらしい。サム・モスコウィッツが調べたところによると、1880年6月4日、アリゾナ州ピーマ郡生まれ。母親は先住民の血を引いており、南米出身。父親はピーマ郡生まれのアメリカ人だというのだ。
 とすると、冒険小説の主人公めいた経歴も鵜呑みにはできなくなる。

 じつは、ダイアリスに関する情報源は、実質的にひとつしかなかった。ウィリス・コノヴァー・ジュニアというファンの証言である。彼は十代のころ、〈ウィアード・テールズ〉に載ったダイアリスの小説を読んでファンになり、住所が近かったこともあって、たびたびダイアリスのもとを訪ねた。そして作家から聞かされた身の上話を世に広めたのだった。

 つまり、その身の上話は、年若い友人を楽しませるために作家の吹いたホラであった公算が大きいのだ。

 ところで、モスコウィッツの取材に応えて、コノヴァー・ジュニアは、ダイアリスがラテン・アメリカ系だったとしかいっていない。では、「英国人の船長とメキシコ人女性のあいだに生まれた」という説はどこから来たのか? 
 これも情報の出所はひとつしかない。マイク・アシュリーが著した作家名鑑 Who's Who in Horror and Fantasy Fiction (1977) における記述だ。しかし、アシュリーは情報源を明らかにしていない。

 要するに、情報源がかぎられていたため、まちがいが流布していたのである。

 さて、この話にはつづきがあって、モスコウィッツの調査結果も誤りだったことが、のちに判明した。というのも、ダイアリスの徴兵登録カードや国勢調査の記録が発見されたからだ。
 それによると、生年月日は1873年6月4日、出生地はマサチューセッツ州。父親はウェールズ移民の血を引くアメリカ人で、母親はグアテマラ出身。長じては薬剤師としてペンシルヴェニア州で永らく働いていたという。

 ちなみにニッツィン・ダイアリスは本名。正確にはミドルネームがはいって、Nictzin Wilston Dyajhis となる。
 まるで〈剣と魔法〉に出てくる魔道士のような名前だが、L・スプレイグ・ディ・キャンプによると「ニッツィン」は、アステカ文明に憧憬をいだいていた父親による命名、「ダイアリス」はウェールズの名前だという。しかし、異説もあり、これまた真偽不明。

 なお、〈ウィアード・テールズ〉に掲載された8篇以外に、3篇の存在が確認されている。

 ついでに書いておけば、ダイアリスの代表作「サファイアの女神」は、拙編のアンソロジー『不死鳥の剣――剣と魔法の物語傑作選(河出文庫、2003)に新訳(安野玲訳)を収録した。(2009年3月10日+2012年8月25日)

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