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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.10.24 Wed » 『クトゥルー2000』

【承前】
 ジェイムズ・ターナーが編んだアンソロジーを紹介をしておこう。ものは Cthuluh 2000: A Lovecraftian Anthology (Arkham House, 1995) だ。ただし、当方が持っているのは、例によって99年にデル・レイから出たトレードペーパーバック版だが。

2008-7-20(Cthulhu 2000)

 表題を見ると、《クトゥルー神話》アンソロジーかと思うが、じっさいはちょっとちがう。副題にあるとおり、ラヴクラフトの精神を新世紀に伝えていこうという趣旨で編まれており、収録作品はかならずしも《クトゥルー神話》にふくまれるわけではない。というのも、ラヴクラフトは、《クトゥルー神話》ばかり書いていたわけではないからだ(たとえば、ブラック・ユーモアの秀作「死体安置所にて」などを思いだしてもらいたい)。
 したがって表題は一種のインチキだが、やはりインパクトは絶大。ターナーの商売人としての才覚をよく表している。

 特徴は、ラヴクラフトの作品や《クトゥルー神話》がポップ・カルチャーの一部となっている現状を踏まえ、そのイメージや用語を借りて独自の作風を追求している作品、逆に神話用語はいっさい使わないのにラヴクラフトの後継者ぶりを発揮している作品を選んでいること。同じように、ラヴクラフト/《クトゥルー神話》の新世代作家を網羅しながら、ラヴクラフトの完全コピーに喜びをおぼえている同人誌レヴェルの作品をずらりと並べたロバート・M・プライス編の The New Lovecraft Circle (1996) とは好対照である。

 収録作品はつぎのとおり――

1 荒地  F・ポール・ウィルスン
2 Pickmans' Modem  ローレンス・ワット=エヴァンズ
3 シャフト・ナンバー247  ベイジル・カッパー
4 彼の口はニガヨモギの味がする  ポピー・Z・ブライト
5 The Adder  フレッド・チャペル
6 Fat Face  マイクル・シェイ
7 大物  キム・ニューマン
8 “I Had Vacantly Crumpled It into My Poket...But by God, Eliot, It Was a Photograph from Life!”  ジョアンナ・ラス
9 ラヴクラフト邸探訪記  ゲイアン・ウィルスン
10 考えられないもの  ブルース・スターリング
11 角笛を持つ影  T・E・D・クライン
12 Love's Eldritch Ichor  エスター・M・フリーズナー
13 道化師の最後の祭り  トマス・リゴッティ
14 The Shadow on the Doorstep  ジェイムズ・P・ブレイロック
15 黄泉の妖神  ジーン・ウルフ
16 パイン・デューンズの顔  ラムジー・キャンベル
17 大理石の上で  ハーラン・エリスン
18 北斎の富嶽二十四景  ロジャー・ゼラズニイ 

 ラス、スターリング、ブレイロックなど、ターナーの肝いりでアーカム・ハウスから本を出した作家をはじめとして、SF畑の人材が目立つ。彼らの作品は、守旧派からは総すかんを食いそうなものが多く、ターナーの面目躍如である。
 ちなみに1,9,15は、やはりラヴクラフト・トリビュートを意図してロバート・E・ワインバーグ&マーティン・H・グリーンバーグが編んだオリジナル・アンソロジー『ラヴクラフトの遺産』(創元推理文庫)から、3,11,16はラムジー・キャンベル編による新世代作家《クトゥルー神話》オリジナル・アンソロジー『真ク・リトル・リトル神話大系 6(Ⅰ―Ⅱ)』(国書刊行会)から採られている(追記参照)。
 後者は自社本からの再録になるが、宣伝の意図や、作者に印税をまわす意図があったのだと思う。もちろん質は折り紙つきなので、はじめて読む読者のためを思えば、再録も歓迎したい。

 未訳作品に触れておきたいが、記憶がたしかなものだけについて書く。
 12はラヴクラフトの子孫(若い女性)が、「インスマウスの影」をロマンス出版社に送りつけてきたことからはじまるドタバタを描いた作品。たぶん発想の大元は Lovecraft という名前が「愛の技巧」という意味を持つことだと思う。細かいくすぐりがいっぱいで、ゲラゲラ笑いながら読める。
 5も抱腹絶倒のパロディ。『ネクロノミコン』という書物は、ほかの本と接触させると、そのエネルギー/美質を吸い取り、内容を劣化させる性質があった、という発想で書かれている。ミルトンの詩が、どんどん劣悪になっていく過程がおかしい。
 2は題名がすべてを語っているショートショート。
 8のおかしな表題は、ラヴクラフトの「ピックマンのモデル」に出てくる台詞から。そのイメージを借りて、現代人の孤独を描いたみごとな作品である。
 14は、神話用語はいっさい出てこないながら、ラヴクラフトの「インスマウスの影」を強く想起させる技巧的な作品。

 ちなみに18は拙訳が小川隆・山岸真編『80年代SF傑作選[上]』(ハヤカワ文庫SF)におさめられている。作品自体はサイバーパンク風味の電脳ものだが、途中で冗談のように《クトゥルー神話》のモチーフが使われており、訳しながらニヤニヤしたものである。《クトゥルー神話》がポップ・カルチャーのイコンとなっていることを如実に示す作品といえよう。(2008年7月20日)

【追記】
 同書はのちに新装版が出た。『新編 真ク・リトル・リトル神話大系』の第6巻と第7巻(ともに国書刊行会、2009)である。


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