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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.09.18 Tue » 『地球人の到来』

 あいかわらずリイ・ブラケットの作品を読んでいて、とうとう手もとにある中短篇を読みつくしてしまった。といっても全部で22篇なので、たいしたことはないのだが。

 今回とりあげるのは、The Coming of the Terrans (Ace, 1967) という短篇集。当方が持っているのは1976年に出た新装版で、資料によると表紙絵はオチャガヴィアという画家の手になるものらしい。なんとなく日本画の影響を感じさせる面白い画風だ。

2012-4-4(Coming)

 本書には1948年から64年にかけて発表された5篇が収録されており、そのうち「シャンダコール最期の日々」は邦訳がある。題名から想像がつくかもしれないが、いずれも火星を舞台に、入植者である地球人と火星原住民の軋轢を描いた作品である。

 面白いのは、別個に書かれた作品の頭に年号をつけ、全体を年代記風に構成していること。レイ・ブラッドベリの『火星年代記』とまったく同じコンセプトであり、背景となる火星にも共通点が多い(全土に張りめぐらされた運河、砂漠のなかのオアシス都市、滅びかけた古代文明など)が、できあがったものは、当然ながらまるっきりちがう。
 おかしな言い方になるが、ブラッドベリがどのようにSFの共通財産を利用し、どのように独自のものを付け加えたが、本書を読むことで逆説的に浮かびあがってくる。まあ、これは余談。

 ブラケットの描く火星はハードボイルドそのものであり、たいていバッド・エンディングが待っている。 
 なかでも非情なのが、“Mars Minus Bisha” という短篇。バイシャというのは、火星人の子供の名前である。
 物語は、火星遊牧民の母親が、辺境のステーションにひとりで勤務する地球人のもとへバイシャを連れてくるところからはじまる。この子は呪われた子供と宣告され、このままでは処刑されるので、医師である地球人フレーザーに託すというのだ。
 フレーザーはバイシャを引き受け、奇妙な疑似親子の生活がはじまる。平和で幸福な日々がつづくが、いつしかフレーザーは、自分がひどく疲れやすくなっており、すぐに昏睡状態におちいることに気づく……。

 どうせ邦訳は出ないだろうからネタをばらすが、バイシャは先祖返りであり、テレパシーが異常発達している。そのため周囲の人間からエネルギーを吸いとるのだ。かつてはテレパス同士がそうやっておたがいを支えていたのだが、いまでは一種の吸血鬼となってしまったわけだ。

 バイシャが生きていることが遊牧民に知られ、フレーザーとバイシャは地球人の都市めざして逃亡する。だが、砂漠のまんなかで立ち往生し、遊牧民が迫り来るなか、フレーザーは昏睡状態におちいってしまう。そばを離れるな、とバイシャにきつくいい聞かせて。
 目がさめたとき、バイシャの姿はなく、彼女の足跡が砂漠の奥へのびている。その足跡をたどると、遊牧民の足跡とぶつかり、そこには新しい墓と衣服だけがあるのだった。

 巻頭に置かれた “The Beast-Jewel of Mars” という作品も同じくらい非情。 こちらはひょっとすると邦訳が実現するかもしれないので、人間を退化させる火星人の技術をめぐる物語とだけ書いておく。表紙絵の獣人が、その退化した人間の姿である。(2012年4月4日)
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