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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.06.21 Thu » 『レイ・ブラッドベリになる』

 ブラッドベリの訃報に接して、昨年の秋から積んであったブラッドベリに関する研究書を読んだ。ジョナサン・R・エラーの Becoming Ray Bradbury (University of Illinois Press, 2011) である。

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 著者のエラーは高名なブラッドベリ学者で、すでにウィリアム・F・トゥーポンスと共著で Ray Bradbury: The Life of Fiction (2004) という大部の研究書を著している。

 表題から想像できるように、幼少期の読書体験から説き起こし、最初の長篇『華氏451度』を完成させるまでの足跡を丹念にたどった労作。作家を志してから一流と認められるまでの過程が、膨大なインタヴューや書簡を基に実証的に明かされている(そのため、ブラッドベリの記憶がいかに当てにならないかが証明される)。

 ある意味でサム・ウェラーの『ブラッドベリ年代記』を補完する内容で、あちらでは触れられていないエピソードが満載。とりわけ、商業誌デビューを果たした1941年以降、ブラッドベリがなにを読み、なにを考えていたかについての研究は貴重である。ブラッドベリがパルプ小説をほとんど読まなくなり、古典やら、同時代の純文学やら、思想書やらを貪り読んで、自分の世界をどんどん広げていくようすがよくわかる。

 通読して印象に残ったのは、華々しい成功の陰に隠れて見えにくくなっているものの、ブラッドベリの前半生は挫折の連続であったという点。
 作家として芽が出るまではもちろん、パルプ雑誌の常連となってからも没を食らってばかりだし、スリック雑誌に進出すれば、「変わっている」という理由で没を食らう。短篇小説作家としての名声を確立したあとは、長篇が書けないというプレッシャーに苦しめられる。
 それでもブラッドベリが成功したのは、周囲の人々にささえられたのと、本人が腐らず、あきらめずに努力をつづけたからだろう。当たり前のことだが、この当たり前のことをできる人間はかぎられているのだ。

 学術書なので、細かい点に拘泥しすぎる嫌いがあり、スラスラ読める本ではないが、ゴシップ的な観点からも興味深い。たとえば師匠のヘンリー・カットナーが、「作家としてオーガスト・ダーレスの轍は踏むな」とブラッドベリに忠告していたとか、イギリスでブラッドベリのオリジナル・ストーリーにマーヴィン・ピークが絵をつけた本が出ていたかもしれないなど。
 しかし、もっとも驚いたのはつぎのエピソードだ。

 ブラッドベリがハリウッドに進出を図っていた1951年。20世紀フォックスのプロデューサーに、あるSF短篇の脚色を頼まれた。その作品は、なんとジャック・ヴァンスの“Hard-Luck Diggings”。これは宇宙探偵《マグナス・リドルフ》シリーズの第1作だが、書きとばしの凡作である。

 その質の低さに困ったブラッドベリは、自作「長雨」の要素をヴァンスの短篇に混ぜこんで脚色したが、あえなく没になったという。(2012年6月14日)



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