fc2ブログ

SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

2024.02 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 » 2024.04

2012.06.09 Sat » 『国歌演奏短距離選手その他の道化芝居』

 前に書いたとおり、レイ・ブラッドベリの伝記を翻訳した。
 そのなかで著者のサム・ウェラーがブラッドベリの戯曲「国歌演奏短距離選手」について、英国統治下のアイルランドの話だと書いている。だが、原型となった小説は、1950年代のアイルランドが舞台だ。果たしてこの記述は、著者の勘違いなのか、それとも戯曲と小説とは設定がちがっているのか。
 戯曲の内容を確認する必要が生じて、急遽問題の戯曲が収録されている本をとり寄せた。それが The Anthem Sprinters and Other Antics (Dial Press, 1963) だ。

2011-1-23(Anthem 1)

 再編集本をのぞけば、ブラッドベリは戯曲集を3冊出しているが、本書はその嚆矢。ちなみに第三集は、『火の柱』として大和書房から伊藤典夫訳が出たことがある。

 本書は160ページほどの大判ペーパーバックで、ブラッドベリが1953年の9月から翌年4月までアイルランドに滞在したときの経験から生まれた戯曲4本をおさめている。そのうちの3篇、つまり「月曜日の大椿事」、「四旬節の最初の夜」、表題作は小説の戯曲化。残る “A Clear View of an Irish Mist” が、舞台用の書き下ろしだ。

 いずれも滑稽味の強い一幕劇だが、戯曲としての出来はあまりよくないのではないか。というのも、ト書きが多すぎ、しかもそのト書きが小説的すぎるのだ。
 たとえば、酒場でワイワイやっていたところ、新来者が不用意な発言をして、沈黙が落ちるくだり――

「あたかもギロチンの大きな刃が落ちたかのよう。沈黙があたりを切り裂く。青年はたちまち申しわけなく思う。空中で停止するかのように、ダーツの矢は墜落する。ピアノがピタリと鳴りやむ。ハーモニカの音が途切れる。踊っていた者たちは、急によろける。だれもまだ青年に目を向けていない。ひょっとしたら、このよそ者が悔恨を荷造りして、立ち去るのを待っているだけかもしれない……」

 ブラッドベリらしいといえばブラッドベリらしいが、とても戯曲のト書きとは思えない。これを舞台で再現するのに、演出家と役者は苦労するだろう。
 『火の柱』を読むと、だいぶト書きが減っているので、ブラッドベリも試行錯誤をしていたのがよくわかる。

 ところで、問題の「国歌演奏短距離選手」だが、やはり1950年代のアイルランドが舞台だった。いちばん速い選手はロンドンのアイルランド人。なぜなら、イギリス国歌を聴きたくないから、という(小説にはない)台詞があるので、ウェラーは勘違いしたのかもしれない。
 ともあれ疑問氷解で、すっきりしたのであった。(2011年1月23日)

スポンサーサイト