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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.08.09 Thu » 『火星探査機』

【前書き】
 日本時間6日午後2時32分、NASAの無人探査機キュリオシティが火星着陸に成功した。このキュリオシティは、全長3メートル、重量約900キロと過去最大の探査機である。大活躍したスピリットとオポチュニティ以上の成果をあげてくれるだろう。この快挙を祝って、以下の日記を公開する。


 宇宙開発をテーマにしたSFアンソロジーを編もうと思っている、と前に書いた。その話が正式に決まりそうなのだが、なんと刊行は7月を予定しているとのこと。断っておくが、来年ではなく今年の7月である。担当は雑誌の編集が本業なので、文庫本も雑誌の感覚で作るということなのか。
 ちょうどいま7月に出る予定のべつの本のゲラを見ているところ。なんにせよ、急に忙しくなったことはまちがいない。これから綱わたりがつづきそうだ。果たして無事にわたり切れるだろうか(追記1参照)。

 その関係で読んだ本を紹介しておこう。ピーター・クラウザー編の Mars Probes (DAW, 2002) である。

2010-4-18(Mars Probes)

 題名どおり、火星をテーマにした書き下ろし作品を集めたアンソロジー。以前この日記で紹介した Moon Shots (1999) につづくものということになる(追記2参照)。
 イギリスの高名な天文学者で、クラークの親友としても知られるパトリック・ムーアの序文、レイ・ブラッドベリの旧作「恋心」の再録のあと16人の作家による15の新作がおさめられている。

 例によって日本で本が出ている作家だけあげると――

アレステア・レナルズ、マイク・レズニック(&M・シェイン・ベル)、ジェイムズ・ラヴグローヴ(ジェイ・エイモリーの別名義)、イアン・マクドナルド、スティーヴン・バクスター、ジーン・ウルフ、ポール・マコーリー、ブライアン・オールディス、パトリック・オリアリー、マイクル・ムアコック

 かなり豪華な顔ぶれで、前作同様イギリス作家が多いのが特徴。

 もっとも、表紙やパトリック・ムーアの序文から想像されるようなハードな宇宙SFはすくなく、人類初の有人火星探査にまつわる秘話をジャーナリスティックな手法で綴ったアレン・スティールの “A Walk across Mars” くらい。ただし、これも改変歴史上の出来事であり、ストレートな宇宙開発ものではない。

 むしろ従来のSFに描かれてきた火星像を下敷きにした作品、いい換えれば現実の火星とは縁もゆかりもない幻想空間として火星をあつかった作品が多い。
 その最たる例が、ポール・ディ・フィリポの “A Martian Theodicy” やムアコックの “Lost Sorceress of the Silent Citadel” だろう。前者はスタンリー・G・ワインボームの古典「火星のオデッセイ」の偶像破壊的続篇、後者はリイ・ブラケットにオマージュを捧げた大時代なプラネタリー・ロマンスである。

 スコット・エルダーマンの “Mom, the Martians, And Me” のように、火星はメタファーの機能しかない作品もある。つまり、夫が若い愛人と駆け落ちしたという現実を受け入れられない女性が、「夫は火星人にさらわれた」という幻想を作りあげるのだ(最後にひとひねりあって、けっこう笑える作品だが)。

 いちばん面白かったのは、ジェイムズ・モロウの “The War of the Worldviews” という作品。いうまでもなく、題名はウェルズの『宇宙戦争』のもじりである。

 登場するのは、身長数センチのフォボス人とダイモス人。両者はもともと火星で生まれた同じ種族だが、世界観のちがいで二派に分かれ、衛星に移住して独自の進化をとげた。そして対立が激化。ついには直径1メートルの円盤に乗って地球へ飛来し、そこで戦争をはじめてニューヨークを壊滅に追いこむのである。
 
 話は戦争に巻きこまれた地球人精神科医の視点で進み、彼の患者である狂人とその仲間たちが、奇想天外な方法で地球を救うまでを描いている。ブラックユーモアたっぷりで、ちょっと筒井康隆を彷彿とさせる。作者の小説をはじめて面白いと思った。なるほど、これがモロウの本領なのか。(2010年4月18日)

【追記1】
 この本は『ワイオミング生まれの宇宙飛行士――宇宙開発SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF、2010)として無事に刊行された。

【追記2】
 前後するが、同書はつぎに紹介する。

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