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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.07.23 Mon » 「陰気の山脈にて」のこと

 《ザ・ベスト・オブ・アーサー・C・クラーク》を編むことになって、クラークの中短篇すべてに目を通すことにしたのだが、デビュー以前にファンジンに発表した7篇のうち1篇が手元になかった。そこであわてて問題の作品が収録されているアンソロジーを注文した。
 ロバート・M・プライスが編んだ The Antarktos Cycle (1999) という本で、このなかに “At the Mountains of Murkiness: or, From Lovecraft to Leacock” というクラークの短篇がはいっているのだ。もともとは〈サテライト〉というファンジンの第3巻第4号(1940年)に発表されたものだそうだ。

 勘のいい方ならおわかりのように、これはH・P・ラヴクラフトの代表作のひとつ「狂気の山脈にて」“At the Mountains of Madness” (1936) のパロディ。副題に名前が出ているリーコックは、カナダのユーモリスなので、どんな作品かはだいたい想像がつく。
 クラークとラヴクラフトというとピンとこないかもしれないが、クラークがロード・ダンセイニの心酔者だったことを思えば意外ではない。幻想の宇宙年代記志向という点で共通しているし、じっさい、『銀河帝国の崩壊』あるいは『都市と星』に出てくる〈狂った精神〉のくだりは、クトゥルー神話めいたところがある。
 それで思いだしたが、若いころのクラークは、SF誌〈アスタウンディング〉の熱心な読者だったので、「狂気の山脈にて」も「時間からの影」も初出時にリアルタイムで読んで感銘を受けているのだ。

 で、この作品だが、原典にならって、南極探検隊が遭遇する異常な事件を描いている。パロディの常道で、原典のストーリーや文体を巧みに模倣しながら、おどろおどろしい雰囲気とは落差の大きい滑稽な言葉を放りこむという書法。ファン・ライティングの鑑のような作品だ。

 原文を見てほしいので、さわりを引用しておく――

That we fled the wrong way was, under the circumstances, nobody's fault. So great had the shock been that we had completely lost our sense of direction, and before we realized what had happend we suddenly found ourselves confronted by the Thing from which we had been trying to escape.
I cannot describe it: featureless, amorphous, and utterly evil, it lay across our path, seeming to watch us balefully, For a Moment we stood there in paralyzed fright, unable to move a muscle. Then, out of nothingness, echoed a mournful voice.
“Hello, where did you come from?”

 最後にいかにも英国人というギャグがあって、大いに笑わせてもらった。探検隊は、怪物がお茶を淹れている隙に逃げだすのだが、出口直前で追いつかれてしまう。すると息を切らせて突進してきた怪物がいうのだ――「コンデンスト・ミルクしかないんだが――かまわないかな?」(2009年7月29日)

【追記その1】
 この作品は、のちに竹岡啓氏によって「陰気な山脈にて」として訳出され、コミックス版『狂気の山脈』(PHP研究所、2010)に収録された。

【追記その2】
 掲題では「陰気の山脈にて」となっている作品名が、追記では「陰気な山脈にて」になっているのは不統一だという指摘をいただいた。これは意図的なものである。
 原題は「狂気の山脈にて」のもじりなので、掲題はそれにならっている。しかし、追記に登場するのは、じっさいの訳題なので、こう書くしかない。
 混乱を招くもとだとわかったが、この日記を書いたほうが早いし、原題が駄洒落である点を強調したいので、無理に統一する必要はないと判断した。

 念のために書いておくが、「狂気の山脈にて」のほかに「狂気山脈」、「狂気の山にて」という訳題も存在したが、いちばんポピュラーだと思われた「狂気の山脈にて」にならったのだった。「狂気の山脈」という訳題は、この日記を書いた時点では存在しなかった。


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