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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.04.29 Mon » 「すべては去りぬ、すべては終わりぬ」

【前書き】
 以下は2009年3月24日に書いた記事である。誤解なきように。


 《新訂版コナン全集》第5巻「真紅の城砦」(創元推理文庫)が無事に発売になった。今回の解説には、ハワードの自殺について従来とはちがう解釈を記したので、どう受けとられるかが楽しみだ。

 紙幅がなくて、その解説に書けなかった話。

 ハワードが自殺したあと、その財布から二行詩をタイプした紙片が見つかった。これまでは「タイプライターに挟まっていた」と伝えられていたのだが、これは誤り。死亡記事を書いた地元新聞の記者が、これを辞世の句と判断し、なかば意図的に誤報したのだ。
 このことは解説に書いたが、今回は問題の詩について。こういう詩である――

All fled, all done, so lift me on the pyre;
The feast is over and the lamps expire.

 これまでこの二行詩は、英国の詩人アーネスト・ダウスンの詩をパラフレーズしたものだといわれていた。いいだしっぺはL・スプレイグ・ディ・キャンプで、みなこれを鵜呑みにしていたのである。

 ディ・キャンプが典拠としてあげたのは、ダウスンの“Non sum qualis eram bonae sub regno Cyrarae” という詩。長文なので問題の個所だけ引用すると――

I cried for madder music and for stronger wine.
But when the feast is finished and lamps expire,
Then falls my shadow, Cyana! the night is thine:

 当たらずも遠からずという感じ。すくなくともディ・キャンプは、出典を見つけたと確信した。
 ところが、後年ラスティ・バークというハワード学者が、はるかに近い詩を見つけたのである。
 こちらはヴィオラ・ガーヴィンという米国の無名詩人の“The House of Ceaser”という詩で、問題の個所を引用すると――

All done, all fled, and now we faint and tire--
The Feast is over and the lamps expire!

 細かいちがいはあるが、状況証拠から見て、これが引用元と見てまちがいない。
 というのも、バークはハワードの詩について調査している過程で、ハワードが読んだと思われる詩集を発見したからだ。ロバート・フロシンガム編の Songs of Advenure (1926) がそれで、まずべつの詩の出典を見つけ、ひょっとしたらと思って同書を精読するうちに、ほかの出典にもぶつかった。そのひとつがガーヴィンの詩であったというのだ。 

 細部がちがっているのは、メモをとらずに暗記したからだろう。ハワードは記憶力がすばらしかったそうだが、さすがに完璧とはいかなかったようだ。
 もちろん、意図的に変えた可能性も残されている。いずれにしろ、もはや確かめようのないのが残念だ。(2009年3月24日)
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