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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2012.08.25 Sat » 『剛勇の谺』

【承前】
 ディ・キャンプが改竄した「トラニコスの宝」が流布したせいで、ハワードの「黒い異邦人」は長いこと陽の目を見なかった。ようやく公開されたのは、カール・エドワード・ワグナー編のヒロイック・ファンタシー・アンソロジー Echoes of Valor (Tor, 1987) に収録されたときである。
 これはペーパーバック・オリジナルで出た本で、表紙絵はケン・ケリー。その「黒い異邦人」を題材にしている。

2009-2-26

 前に書いたことがあるが、編者のワグナーはこの10年前にバークリー版コナン全集の編纂にあたり、テキストは初出の雑誌から起こして、誤植の訂正以外は一字一句変えないという方針をとった。要するに、ディ・キャンプの手のはいったヴァージョンは排除するという方針だ。
 ところが、ディ・キャンプ一派が著作権を盾に横槍を入れ、この全集は3巻でぽしゃってしまった。
 志なかばで挫折したワグナーは、その後もハワードのオリジナル・ヴァージョンを世に出すことに執念を見せた。その第一弾がこのアンソロジーである。解説にディ・キャンプの名前がいっさい出てこないのが興味深い。たぶん蛇蝎のごとく嫌っていたのだろう。

 ワグナーはコレクターであり、マニアックな原典主義者なのだが、その面を活かしたのがこのアンソロジーだ。目次を書き写すと――

「黒い異邦人」ロバート・E・ハワード 《コナン》
「魔道士の仕掛け」フリッツ・ライバー 《ファファード&グレイ・マウザー》
Wet Magic ヘンリー・カットナー

 ライバーの作品のどこがマニアックだ、と思われるかもしれないが、これも流布ヴァージョンではなく、初出ヴァージョンを採っている。
 というのも、この作品はシリーズの最初期に書かれたのだが、どこにも売れ口がなく、けっきょく著者の第一短篇集 Night's Black Agents (1947) に発表されたという経緯がある。しかし、同書がすぐに稀覯本となったため、このヴァージョンを読んだことのある人間は非常にすくなかったのである。
 なにしろ、ネーウォンの設定が固まってなかったころに書かれた作品なので、舞台はセレウコス朝のシリア。したがって、流布ヴァージョンには、二剣士がネーウォンからわれわれの世界へ転移してくる件が書き加えられている。その点が大きくちがうのだ。

 カットナーの作品は〈アンノウン・ワールズ〉1943年2月号に掲載されたきり、永らく再録の機会に恵まれなかった珍品。T・H・ホワイトの『永遠の王』の影響が色濃いアーサー王ものである。
 題名の「濡れた魔術」は、人間を水中で生きられるようにする魔術のこと。アーサー王が死んだあと、モーガン・ル・フェイが魔術で水中に所領を作り、そこで地上と変わらぬ生活を営んでいる。そこへ現代人(第二次大戦中、ウェールズ上空で敵機に撃墜されたパイロット)がまぎれこみ、美女ヴィヴィアンに惑わされ……という展開。主人公の名前がアーサー・ウッドリーと書けば、結末は予想がつくだろう。
 ユーモラスにはじまった話が、結末近くで苦いものに変わる。そこが水と油で、作者に計算ちがいがあったようだ。(2009年2月26日)

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