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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.04.17 Wed » 『日本SFの世界』

 わが国でも偉大なSF編集者の追悼企画アンソロジーが出ている。福島正実編『日本SFの世界』(角川書店、奥付昭和52年5月30日)である。

2009-2-13

 福島正実編となっているが、追悼されているのはその福島正実。いったいどういうことかというと、当時の日本SF大隆盛を受けて出版社が日本SFを概観できるようなアンソロジーを企画し、福島正実がその選にあたったのだが、氏が前年4月に急逝したため、追悼企画となったらしい。カヴァー袖より引く――
「氏の業績と人柄を偲んで有志が集い、氏が生前準備を進めていたSFアンソロジー編集を引き継ぐことになった。現在第一線で活躍中の人々の代表作21編を選び、独特のイマジネーションによって出発した日本SFの原点をとらえられるよう意図している」

 福島正実といえば周知のとおり〈SFマガジン〉の初代編集長だが、1969年にその職を辞している。そこで福島が在職中に〈SFマガジン〉に発表された作品と、それ以外の作品を分けて収録作をならべる――

〈SFマガジン〉掲載
「完全映画{トータル・スコープ}」安部公房、「ゆたかな眠りを」生島治郎、「解けない方程式」石原藤夫、「夢判断」久野四郎、「緑の時代」河野典生、「易仙逃里記」小松左京、「ブルドッグ」筒井康隆、「畸形の機械」都筑道夫、「改体者」豊田有恒、「ジンクス」半村良、「革命のとき」平井和正、「分荼離迦」福島正実、「壁の穴」星新一、「時間と泥」眉村卓、「落陽二二一七年」光瀬龍、「地球エゴイズム」山田好夫

それ以外
「ヴァルプルギスの夜」荒巻義雄(NULL)、「逢いびき」石川喬司(新刊ニュース)、「ムーン・バギー」高齋正(メンズクラブ)、「ある吸血鬼の死」田中光二(別冊問題小説)、「花一輪」矢野徹(問題小説)

 巻末に各人と故人の長男、加藤喬が故人との思い出をつづった文章を寄せている。
  
 下世話な意味で興味深いのは、高齋正のつぎの文章――「福島さんと私の間には、編集者と作家という関係はなかった。いや、正確には一度だけあったと言うべきだろう。ある作品――気に入っていた短篇――を『SFマガジン』に持込み、福島編集長に没にされたことがある。気に入っていた作品だけに、私としても作家としての意地があり、福島さんが編集長だった間は、『SFマガジン』に原稿を二度と持込まなかった。もちろん、福島さんから注文もこなかった」

 日本SF界の先達、今日泊亜蘭や柴野拓美と福島との確執はいまや有名だが、高齋正とのあいだにも似たような関係があったわけだ。

 目を惹くのは、生島、久野、都筑といった名前。現在の視点からは(SFとしては)傍流の作家である。福島としては戦友という意識があったのだろうか。

 さらにいえば、山田好夫の「地球エゴイズム」がはいっているのも興味深い。いわずと知れた第一回SFコンテストの佳作第一席だが、作者はこれ1作で沈黙してしまった。久野四郎ともども、この時点では筆を折った人である。いったいどういう意図があったのだろう。

 ちなみに、福島は69年に石川喬司と共編で同じ趣旨のアンソロジー『世界SF全集35 日本のSF・現代篇』(早川書房)を上梓しており、「落陽二二一七年」、「ブルドッグ」、「逢いびき」が重複している。
 いっぽう山田、荒巻、高齋、田中はこちらにだけ登場している。田中光二の活動と福島の編集者時代はまったく時期が重なっていないが、同人誌時代とはいえ時期の重なる荒巻義雄についてはどう考えていたのだろう。どこにも証言が残っていないのが残念だ。

蛇足
 高齋正の姓の表記だが、本書では「高斎」となっている。だが、当方は日本SF作家クラブの名簿に依拠して「高齋」とするようにしているので、ここでもそうした。(2009年2月13日)
 
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