FC2ブログ

SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

2018.11 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 » 2019.01

--.--.-- -- » スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013.07.14 Sun » 『ギャラソームの戦士』解説

 マイクル・ムアコックの新版《ブラス城年代記》第二巻『ギャラソームの戦士』(創元推理文庫)が届いた。
 本書には堺三保氏が新しく解説を寄せていて、これが充実した内容。近年のムアコック作品における特徴を概説し、それを作品史のなかに位置づけたもので、非常に啓発的である。一読の価値があるので、旧版をお持ちのかたも是非目を通されたい。

 とはいえ、些細な瑕疵もあるので、ちょっとそのことを書いておく。
 まず二箇所出てくる《フォン・ベック》シリーズ第一作の表題だが、『墜ちた天使』ではなく、『堕ちた天使』が正しい。まあ、こういうケアレス・ミスは当方もしょっちゅうやるので非難できる筋合いではないが、この種のまちがいは、だれかが指摘しないと永久にくり返されるので、注意をうながしておく。

 つぎに未訳の《第二エーテル》シリーズについて、「現実を操作しようと暗躍する《混沌》の技術者たちと戦い、その果てには堕天使ルシファーと対決する」とあるが、この記述は誤りとまではいえないにしても、誤解を招く。というのも、このシリーズにおける敵(あるいは悪役)は《混沌》ではなく、もっぱら《法》の側だからだ。

 ムアコックによれば、《法》は人間や社会にとって必要なものだが、行きすぎると警察国家や超管理社会を生みだし、人間の自由や創造性を圧殺する。
 いっぽう《混沌》は創造性の源泉だが、行きすぎればアナーキズムやテロリズムを生みだし、人間にとって害悪となる。
 したがって、両者のバランスをどうとるかが問題で、これがムアコックが一貫して追及しているテーマである。

 《第二エーテル》シリーズは、90年代のムアコックがこの問題に取り組んだ産物だが、その結果はあまり芳しいものとはいえなかった。すくなくとも、当方はこのシリーズに失望して、ムアコックの作品を追いかけなくなった。
 すでに長くなっているので、この点については項をあらためる。これから本を引っぱりだしてくるので、つづきは明日にでも。(2007年6月7日)

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。