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SFスキャナー・ダークリー

英米のSFや怪奇幻想文学の紹介。

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2013.05.17 Fri » 『ホンドー』

 ある事情で猛烈にウェスタン(西部小説)のことを書きたくなった。唐突だが、お許し願いたい。

 子供のころ、TVの洋画劇場で西部劇を見て育った世代なので、映画のほうには慣れ親しんでいたが、小説のほうにはまったく興味がなかった。それが大きく変わったのは、第一期〈奇想天外〉に連載されていた小野耕世のエッセイ「KOSEIに残らない話」の第7回「最後のモヒカン族」を読んだとき。同誌1974年10月号に載ったものだが、リアルタイムではなく、数年後に古本屋で買って読んだ。

 このエッセイでは、西部小説の魅力は風景描写だという説が展開されている。これが刷りこみになっていて、当方はいまでもそう信じているのだが、ともかくこのエッセイを読んで小説としてのウェスタンに興味を持ち、いろいろと読みあさるようになった。ハヤカワNV文庫(当時はそういう名称だった)で出ていた『シェーン』やら、アンソロジー『駅馬車』やらを読んだのは懐かしい思い出だ。

 さて、上記エッセイではルイス・ラムーアの『ホンドー』という小説がくわしく紹介されていて、これが恐ろしく魅力的だった。ぜひ読みたいと思ったが、1954年に出た本なので、そう簡単に見つかるはずもなく、ずっと幻のままだった。

 1984年に中央公論社が、なにをトチ狂ったか片岡義男監修で《PAPERBACK WESTERN 》という叢書を立ちあげ、そこに新訳がはいったので、『ホンドー』の物語を読むことはできたが、やっぱり上記エッセイで紹介されていた本が読みたい。そう思っているうちに幾星霜、とうとう問題の本にめぐりあえたのだった。

 それがルイス・ラムア作、木下了子訳の『ホンドー』(昭和29年8月30日発行、雄鶏社)だ。

2011-6-29 (Hondo)


 映画の原作を中心に海外娯楽小説の翻訳を出していた《おんどり・ぽけつと・ぶつく》という叢書の一冊。ハヤカワのポケミスに似た造りの新書である。ジョン・ウェイン主演で映画になり、日本でも公開されたので、それを当てこんでの出版らしい。表紙絵を見れば一目瞭然だろう。

 とにかく文章が恰好いい。冒頭部を引くと――

「太陽は照りつけている。まぶしそうに目をしかめながら、煙草をくわえた。煙草の味はうまかつた。陽と雨と汗が浸みこんだシャツは、古ぼけた甘酸つぱい臭がした。ジンズの色はとつくに褪せてしまつて、そのまま沙漠の中にとけこんでしまうような、あいまいな色合になつていた」

 物語のほうは、アパッチ族の襲来におびえる開拓地で、斥候の主人公と、女手ひとつで牧場と息子を守っているヒロインが出会って淡い慕情が芽生えるという典型的なもの。ただし、アパッチ族は単純な悪者ではなく、白人に協定を裏切られたため、自衛のために闘っているということになっているあたりが、名作の名作たる所以だろう。

蛇足
 片岡義男といえば、ビリー・ザ・キッドの肖像を描いた長篇小説『友よ、また逢おう』の作者である。〈野性時代〉1974年6月号に一挙掲載され、その後、角川書店からハードカヴァーで刊行された(文庫化もされた)。世界に誇れる和製ウェスタンの傑作だ。
 2002年に逢坂剛の『アリゾナ無宿』(新潮社)が出たとき、日本初のウェスタン小説などといっている連中がいて、呆れるやら、悲しいやらだった。(2011年6月29日)

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